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古典にすべてが書かれている。

2020.03.17 更新 ツイート

新型コロナの予言に満ちた小説『ペスト』が示す感染症の終わり坂口孝則

今回取り上げる古典:『ペスト』(アルベール・カミュ)

伝染病に翻弄される人々を描く『ペスト』

新型コロナウィルスが世界各地に広がり、深刻な影響を及ぼしている。人間はウィルス感染症とつねに闘ってきた。今回も、どれだけの犠牲が払われるかはわからないものの、いつかは終息するはずだ。しかし、終息といっても、その渦中にいる私たちにとっては、その「いつか」こそが重要なのに、わからない。だからこそ未来が見えなくなり、さらに、恐懼(きょうく)するしかない。

ところで、現在、全世界で自宅待機が命じられるなか、出版社では電子書籍が好調だという。ひとびとは、家にいて時間を持て余すしかなく、そうすると、映画か読書が注目される。そこで、一つ紹介したい本がある。

それは『異邦人』でも有名なアルベート・カミュの『ペスト』だ。不条理の哲学で有名なカミュの作品は、いまだに輝きが衰えることはないが、そのなかでもとくに『ペスト』は、新型コロナウィルス拡大の現在においていろいろな示唆に富んでいる。カミュという偉大なる作家が、ペストという伝染病をモチーフに、それに翻弄されるひとびとの心理や変化、人間性というものにいたるまでを予言した作品と映るからだ。

 

官僚たちの初期反応は2020年と同じ

この作品はアルジェリアの要港で起きる物語だ。平凡な街に変化が訪れるのは、ある医師が死んだ鼠に気づくところからはじまる。そして、その鼠の死骸は街のいたるところで発見され、異常なほどに膨れ上がっていく。行政は、幾百もの死骸を焼却するが、その終わりがない。

そのうち、医師のもとには、おかしな症状を見せる患者が急増していく。高熱で頸部のリンパ腺が腫脹し、脇腹に斑点ができ、もがき苦しむ患者たちだ。そして、彼らは、次々と死亡していく。ペストが街を蝕もうとしていた。

<天災というものは、事実、ざらにあることであるが、しかし、そいつがこっちの頭上に降りかかってきたときは、容易に天災とは信じられない。この世には、戦争と同じくらいの数のペストがあった。しかも、ペストや戦争がやってきたとき、人々はいつも同じくらい無用意な状態にあった>

カミュの描く官僚たちの、初期段階での反応が興味深い。

<「いかにも、市民が不安になっていることは事実だ」と(中略)「それに、おしゃべりってやつが万事大袈裟にしちまうんでね。知事はこういわれたよ――『まあ、早いとこすますとしましょうや。ただし目立たないようにね』って。もっとも、知事は結局空騒ぎだと確信しておられるんだがね」>

『ペスト』でも描かれていた、錯乱した患者が街に飛び出すくシーン

この小説には医療崩壊に至るさまも書かれているが、そこはあえて省略し、私は人間の心理的な記述に注目したい。小説では、舞台の街が閉鎖される。家族や愛する者たちとの別離。文通もできない状態。その環境は行政に向くことになる。

<彼らの最初の反応は、たとえば、施政当局に罪を着せることであった>。

そして、日々のようにペストによる死者数が発表されるようになったが、

<市中で誰一人、ふだんのときには毎週何名ぐらいの人が死んでいるものなのか、知っているものはなかった>。

さらに、事態の深刻さに人々が気づいたあとのエピソードも興味深い。

<あるカフェが「純良な酒は黴菌を殺す」というビラを掲げたので、アルコールは伝染病を予防するという、そうでなくても公衆にとって自然な考え方が、一般の意見のなかで強まってきた>。

<また別のところでは、ハッカのドロップが薬屋から姿を消してしまったが、それは多くの人々が、不測の感染を予防するために、それをしゃぶるようになったからである>。

これは2020年の出来事だろうか。

また、このような記述があるのには、驚かざるを得ない。

<ある朝一人の男がペストの兆候を示し、そして病の錯乱状態のなかで戸外へとび出し、いきなり出会った一人の女にとびかかり、おれはペストにかかったとわめきながらその女を抱きしめた>。

これは2020年の出来事だろうか。

また、現在では、新型コロナウィルスのPCR検査による。偽陰性(陰性ではないのに陰性とされること)や偽陽性(陽性ではないのに陽性とされること)の問題がある。検査を抑えたい医療関係者。しかし、検査をしてほしい、という一般人。この小説にも、医療従事者と一般人が見解で対立するシーンがある。一般人が街を抜け出し恋人に会いたいと懇願する箇所だ。

<「証明書をひとつ書いていただけないかどうか(中略)、僕が問題の病気にかかっていないことを確認するという意味での証明書なんですがね。」(中略)「僕はその証明書を書いてあげることはできません。(中略)あなたが僕の診療室を出た瞬間から県庁に入る瞬間までの間に病毒に感染することがないとは、僕には保証できないからです(中略)。この町にはあなたのようなケースのものが何千人といるんですよ。しかしその人たちを出してやるわけにはいかないんです」>

人間はずっと変わっていないのかもしれない

ペストについて、なすすべもなくなった人びと。そこで宗教家が、信者にむかって説教をするのだが、このくだりも大変に人間の変わらぬ何かを見せてくれるようだ。

<「今日、ペストがあなたがたにかかわりをもつようになったとすれば、それはすなわち反省すべき時が来たのであります。心正しき者はそれを恐れることはありえません。(中略)あなたがたは今や罪の何ものたるかを知るのであります。(中略)皆さんを苦しめているこの災禍そのものが、皆さんを高め、道を示してくれるのであります」>

<「われわれは神を憎むか、あるいは愛するか、選ばねばならぬからである。そして、何びとが、神を憎むことをあえて選びうるであろうか?」>

東日本大震災と新型コロナウィルスを比較する向きもあるが、カミュの想像力は恐ろしいほどで、登場人物にこう語らせている。

<「まったく、こいつが地震だったらね! がっと揺れ来りゃ、もう話は済んじまう……。死んだ者と生き残った者を勘定して、それで勝負はついちまうんでさ。ところが、この病気の畜生のやり口ときたら、そいつにかかわっていない者でも、胸のなかにそいつをかかえているんだからね」>

カミュは、現代を見つめていたようだ。いや、それは正しくなく、人間というものがずっと変わっていないと教えてくれているのかもしれない。

ペストは終わった。新型コロナはどうなるか?

さきに引用した宗教家がどうなるか。これは実際の小説を読んでもらいたい。私も、多くの方がそうであるように、新型コロナウィルスの影響がいつ軽微になるのか、不安をいだいている。けっきょく、情報番組が語ることは、どこでもいっしょで、手洗いとうがいと、人混みを避けることしかない。インフルエンザも、新型コロナウィルスも、罹患するという意味では被害者だが、知らぬ間に自分が加害者になりうる可能性を有している。それがさらに不安を加速させていくのだ。できるだけのことをやっていくしかない。

<引っきりなしに自分で警戒していなければ、ちょっとうっかりした瞬間に、ほかのものの顔に息を吹きかけて、病毒をくっつけちまうようなことになる。自然なものというのは、病菌なのだ。そのほかのもの――健康とか無傷とか、なんなら清浄といってもいいが、そういうものは意志の結果で、しかもその意志は決してゆるめてはならないのだ。>

たゆまぬ市民の注意と、そして、代えがたい犠牲の重なりの中で、ゆっくりと、ゆっくりと、終結の音が聞こえてくる。死亡者は減っていき、安堵の雰囲気が広がる。市民は、鼠が元気に走り回るさまを見つける。しかし、急激に安穏とした空気が広がるわけもなく、不安もじれったいほどの速度でしか払拭されていかない。

そしてついに、街はペスト終結の宣言をおこなう。

<暗い港から、公式の祝賀の最初の花火が上がった。全市は、長いかすかな歓呼をもってそれに答えた>

この小説は現代に通じる人間心理を書く。災害に襲われながら、それが通り過ぎるとなんら教訓を引き出そうとしない「懲りない」人間たちを、突き放すでもなく、諦観するでもなく、ただただ冷静に記述していく。その冷静さが不気味なほどに読むものを恐怖させる。終結をただただ祝うものたちは、それまでの犠牲をすべて忘れている。死んでいった男女を思い返すこともない。しかし、それが皮肉なことに人間の強みであり、罪のなさであり、人間性なのだ。

さらにこの小説は、単なるハッピーエンドにもしない。街中が歓喜に包まれるかというと、そう単純なものとしても描かれない。終結を祝うものはいる。いっぽうで、大切な人間を失ったもの、なによりも、平和を喪失した人びとの欠落感とともに描かれる。
そして、小説はこのように終わる。

<おそらくはいつか、人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストが再びその鼠どもを呼びさまし、どこかの幸福な都市に彼らを死なせに差し向ける日が来るであろうことを>

私たちは新型コロナウィルスが静まったあと、なんらかの教訓を引き出すだろうか。

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坂口孝則

調達・購買コンサルタント/未来調達研究所株式会社取締役/講演家。
2001年、大阪大学経済学部卒業後、電機メーカー、自動車メーカーに勤務。原価企画、調達・購買、資材部門に従業。
製造業を中心としたコンサルティングを行う。
著書に『牛丼一杯の儲けは9円』『営業と詐欺のあいだ』『1円家電のカラクリ 0円iPhoneの正体』『仕事の速い人は150字で資料を作り3分でプレゼンする。』(小社刊)などがある。

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