
バスはアントワープの街に到着した。
まだ肌寒い2025年、初夏のベルギー。見えてきたのは、あの教会。あの、というのは、アニメ「フランダースの犬」で主人公ネロが愛したルーベンスの絵がある、あの教会である。
ベルギー最大のゴシック建築教会、ノートルダム大聖堂。ここにルーベンスの祭壇画が4点あり、そのうちの「キリスト降架」こそ、ネロが最後に観た一枚なのだった。
絵の前に立つ。
この先、一生観られない絵なのだ、と思えば思うほど意外に集中できないもので、
「よし、観た」
自分に言い聞かせる。
見上げれば大きな深呼吸をしたくなるほど高い天井。アニメの最終回でネロとパトラッシュが昇っていったシーンそのものだった。
教会の売店でポストカードを買い、一度振り返ってから外に出る。肩の荷が下りたような清々しさだった。
ガイドさんいわく、ベルギーでは小説「フランダースの犬」はいまひとつ不評で、貧しい子どもが大人たちに見捨てられ死んでしまう結末に、「ベルギー人にあんな意地悪な人間はいない」というのが理由らしい。
その後、首都ブリュッセルへ。
20年ほど前に一度訪れたことがあるのだけれど、小便小僧は健在だった。そして、20年前にはなかったモノが近くにあった。
インベーダーの作品である。
フランスの匿名アーティスト スペース インベーダー。世界中の街角にモザイクタイルで描かれている小さな作品を発見するたびに「ヤッタ!」と心が浮き立つ。
小便小僧の斜め左上に張り付いているインベーダーは、小便小僧の真似をしているように見えた。ブリュッセルの街では他にもいくつかインベーダーの作品を発見し、
世界をしっかり観るのだゾ
と言われているようだった。
そういえば、スイスのジュネーブでも見つけたことがある。草が生い茂り一部見えなくなっている塀に。え、こんなところに? という場所で見つけるほど嬉しい。東京でもいくつか発見した。渋谷の高架下では鉄腕アトムがモザイクタイルになっていて、通るたびに写真を撮っていたのだが、すでに再開発のためなくなっていた。
ルーベンスとインベーダー。
名物の揚げたてフリッツ(フライドポテト)とチョコレート。
そんなベルギーの旅であった。
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うかうか手帖

ハレの日も、そうじゃない日も。
イラストレーターの益田ミリさんが、何気ない日常の中にささやかな幸せや発見を見つけて綴る「うかうか手帖」。