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朝日新聞記者の将棋の日々

2019.04.19 更新

初タイトルを獲得した斎藤慎太郎王座、「風神と雷神」に秘めた静かな闘志村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者)

3勝2敗で中村太地七段をやぶり、王座を奪取した。(村瀬信也 撮影)
3勝2敗で中村太地七段をやぶり、王座を奪取した。(村瀬信也 撮影)

「藤井さんの解く勢いに、もしかしたらのせられたかな」

3月31日に行われた詰将棋解答選手権のチャンピオン戦。5連覇を果たした藤井聡太七段と並んで取材に応じた斎藤慎太郎王座は、準優勝という結果について問われ、はにかみながらそう答えた。

 

合計10問の詰将棋をいかに早く、正確に解けるかを競うこの大会は、毎年東京と大阪で開かれている。昨年、愛知県在住の藤井のために名古屋会場が新たに設けられた。棋士の参加が藤井1人にならないよう、大阪在住の斎藤は名古屋での参加を買って出た。

玉将を捕らえる唯一の手順を考える詰将棋。将棋の上達に欠かせないが、「芸術作品」として捉える人も多い。実際の対局では現れないような華麗な捨て駒やパズルのような手順が表現できるからだ。詰将棋の世界には創る人、解く人、鑑賞する人がいるが、そこにプロとアマの垣根はない。

斎藤も、そんな詰将棋の魅力に取りつかれた1人だ。プロ入り前にこの大会で優勝した際には、「詰将棋が好きで好きで、もう好きなんてものじゃなく、愛していると言ってもおかしくない」と語ったこともある。今回は、4連覇中の藤井と机を並べて競い合った。

 

第1ラウンド。斎藤は5問目が途中までしか解けず、50点満点中46点。49・5点の藤井には及ばなかった。だが、第2ラウンドは、90分の持ち時間を5分残して会場を退出し、50点満点を果たした。一方、藤井は、時間切れ寸前まで解答を記入するなど大苦戦。「藤井、危うし」の声も上がったが、採点の結果、優勝したのは藤井だった。時間ギリギリまで取り組んでいた第2ラウンドの点数は49点で、100点満点のところ98・5点を記録。96点の斎藤をわずかに上回った。

表彰式の後、囲み取材が行われた。斎藤は次回に向けて、「我々は詰将棋が好き。藤井さんは来年100点満点を目指すと思いますし、私もそれを目指して出たい」と抱負を述べた。同意を求めるかのように、たびたび藤井の方に顔を向ける姿は、「先輩が後輩を」ではなく、「兄が弟を」気遣っている様子に見えた。

5連覇を達成した藤井聡太七段と。(村瀬信也 撮影)
5連覇を達成した藤井聡太七段と。(村瀬信也 撮影)

「西の王子」。斎藤はしばしば、そんなキャッチコピーで紹介される。ファンが集まるイベントには引っ張りだこで、「anan」で「イケメン棋士」として取り上げられたこともある。そんな斎藤を直接取材して感じるのは、穏やかな人柄と周囲への細やかな気配りだ。東西を問わず人気が広がったのは、容姿だけでなく、こうしたキャラクターがあってこそと言える。

誰もが認める好青年は、10代の頃から将来を嘱望される存在だった。同世代の他の若手に比べて、「優勝」の2文字に縁がなかったが、昨年、ついにその時が訪れた。

 

10月31日。斎藤の姿は、山梨県甲府市の「常磐ホテル」にあった。王座戦五番勝負の最終第5局。タイトルを保持する中村太地王座にとっては初防衛、斎藤にとっては初タイトル獲得が懸かる。共に負けられない。

シリーズは、斎藤が2連勝した後、中村が2勝を返した。流れは中村に傾いたかと思われたが、最終局で実力を発揮したのは斎藤だった。中盤で優位を築き、リードを徐々に広げる。中村は逆転を狙うが、差が縮まらない。午後9時39分、中村が投了。斎藤の初戴冠が実現した。

終局直後、報道陣の取材が始まった。日頃は朗らかな斎藤も、極度の緊張のせいか、なかなか声が出ない。絞り出すような声で「最後に踏ん張れた。少し成長できたかな、と思います」と振り返った。そして、こう語った。「ここ1、2年、若いタイトルホルダー、棋戦優勝者が増えましたが、自分はなかなか届かなかったので、その点では満足しています」。ライバルたちの活躍に刺激を受けながら、研鑽を積み重ねてきた日々が忍ばれた。

王座戦第5局の決着後、対局を振り返る斎藤慎太郎王座(村瀬信也 撮影)
王座戦第5局の決着後、対局を振り返る斎藤慎太郎王座(村瀬信也 撮影)

現場で取材していた私は、その言葉の重みをかみ締める一方、頭の中では、ある疑問が未解決のままだった。「大勝負を戦い、子どもの頃からの念願をかなえたのに、なぜこんなに落ち着いているのか」。駒を持つ手つきを始め、対局中の所作には気負いが見られなかった。インタビューで質問に答える際も、言葉は詰まったものの、気持ちがたかぶっている様子はなかった。

取材と感想戦がお開きとなり、部屋を出ようとしたその時、ある物が目に留まった。玄関に置かれた斎藤の草履だった。鼻緒にあしらわれていたのは、「風神と雷神」。江戸初期に描かれた「風神雷神図」で知られる絵柄だが、鬼の顔つきは斎藤の表情とギャップがある。

 

「なぜ、『風神と雷神』を選んだのですか」

私は後日、斎藤に電話で尋ねた。斎藤は「お気づきになりましたか」と苦笑いしつつ、こう教えてくれた。

「呉服屋で和服を選んだときに、買ったんです。第5局で、泣いても笑っても終わり。勝負の前にこの絵柄を見て、気合を入れてみようと思いました」

抱いていた疑問が少し解けた気がした。

斎藤はこの秋、初めての防衛戦に臨む。次の戦いでも、きっとこの草履を履くのだろう。斎藤の表情が王子から勝負師へと変わる瞬間は、まだ誰も見たことがない。

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