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朝日新聞記者の将棋の日々

2019.10.04 更新 ツイート

「7度目の挑戦」で悲願を果たした木村一基新王位――46歳3カ月の史上最年長初タイトル村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者)

王位戦第7局の感想戦。初のタイトル防衛をかけた豊島将之王位(29歳)が投了し、木村一基九段の勝利。初タイトル獲得の最年長記録を46年ぶりに更新した。(村瀬信也 撮影)

「こんなことが、本当に起きるとは」

都内にある22階建てホテルの最上階。対局室近くの和室でパソコンに向かっていた私は、快挙達成が近くなっても、まだ戸惑いを覚えていた。仕上げるべき原稿は、なかなか進まなかった。

豊島将之王位に木村一基九段が挑戦した第60期王位戦七番勝負。9月25、26日に指された第7局は、先手の豊島が得意とする「角換わり」の戦いになった。研究熱心で知られる豊島がハイペースで手を進めるのに対し、初タイトル獲得を目指す木村は慎重な対応を強いられた。豊島のペースかと思われたが、2日目の午後に入ってみると、勝利を手にしようとしているのは木村だった。

 

両者はここまで共に3勝を挙げ、互角の戦いを繰り広げている。どちらが勝ってもおかしくない。それでも、私が冒頭のような驚きを感じたのは、木村が過去6回のタイトル戦でいずれも敗れているという事実が念頭にあったからだ。「将棋界随一の苦労人が、歴代最年長(46歳3カ月)で初タイトルを獲得」。そんな「出来過ぎた話」が、本当に実現するのだろうか。

 

私は2年前のある会のことを思い出していた。2017年11月に都内で開かれた、木村の「九段昇段祝賀会」。200人を超す将棋ファンや棋士が詰めかけ、大盛況だった。

2017年に開かれた木村一基九段(左)の九段昇段祝賀会。佐藤康光九段があいさつした。(村瀬信也 撮影)

日本将棋連盟会長の佐藤康光九段を始め、何人かがあいさつに立った。「ぜひタイトル獲得を」。そんな激励の言葉を何度か耳にしたが、正直に告白すると、「現実的には、かなり大変だろうな」と私は感じていた。

中原誠、谷川浩司、羽生善治――。今も昔も、将棋界は早熟のエリートたちが牽引してきた。多くの棋士が目標とする「タイトル獲得」を果たすのは、10代でプロ入りした一流棋士ばかりだ。さらに、近年は世代交代が急速に進んでいる。23歳でプロになり、40代半ばを迎えてもなお無冠の木村がタイトルを手にするのは、客観的に考えて難しいことのように思えた。

祝賀会は和やかに進んだ。余興の「目隠し将棋」で、木村は盟友の行方尚史八段に勝ち、会場は大きな拍手に包まれた。記念撮影に収まった来場者は、みな笑顔だった。軽妙な語り口で解説者として絶大な人気を誇り、自らの将棋には人一倍の情熱を注ぐ木村と、その木村に熱いエールを送る多くの人たち。会場で肌身に感じた一体感は、何物にも代えがたい宝物のように感じられた。

 

窓の外に広がるビル群が暗闇に包まれ始めた頃、王位戦は決着した。木村の110手目「2二飛」を見た豊島は、持ち時間を使い切るまで考え、投了。46歳の木村が快挙を、そして悲願を果たした瞬間だった。

感想戦が終わって豊島が退出し、大勢の報道陣が詰めかける中で囲み取材が始まった。木村は対局直後の緊張から解き放たれ、時折ユーモアを交えながら、落ち着いて質問に答えた。

感想戦後に行われた囲み取材で笑顔を見せる木村新王位。(村瀬信也 撮影)

「タイトルの重み」を問われると、こう語った。「縁がもうないもんだと思ってました。今回、意識することは、正直言ってありませんでした」

木村は普段から、大言壮語しない。「タイトルを取ります」といった威勢のいいことは言わない。七番勝負の開幕前に取材した時も、「勝ったらどうなる、といったことはあまり考えないようになりました。そうなったのは、(羽生に敗れた)3年前の王位戦の頃からかもしれませんね。最後のタイトル戦と思ってやってましたから。うれしいことに、それが最後ではなかったんですけど」と語っていた。諦念の境地に至った背景に、数々の挫折があったことは想像に難くない。

記者から家族への思いを問われると、めがねを外して涙を拭った。(村瀬信也 撮影)

木村は今年、順位戦でA級復帰も果たした。好調の背景には、研究時間を増やしたことがあるというが、今回、ギリギリの勝負の末に栄冠を手にできた要因は、日頃の努力だけではないだろう。胸の奥に秘めた執念か、それとも「将棋の神様」からのご褒美か――。それは、木村本人にもわからない。

ただ一つ、確かなことがある。ファンの声援が、木村を強く後押ししたということだ。「七番勝負中、ファンレターもいただいた。頑張れよ、と言っていただくのを感じた。力になったと思う」。囲み取材で木村は、支えてくれた一人一人の顔を思い浮かべるかのような表情でゆっくりと語った。

「出来過ぎ」だと思っていたストーリーは、こうして完結した。木村の「新しい物語」は、まだ始まったばかりだ。

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