

ホテルの自室に戻った高野智史四段は、胸の高鳴りをおさえながらスマートフォンを手にした。
9月26日。師匠が初タイトル獲得まで「あと1勝」に迫った王位戦七番勝負は、第7局の2日目を迎えていた。大阪で対局だった高野は、まだその結果を知らない。
画面に表示された封じ手の局面から、1手ずつ手を進めていく。師匠はタイトルを獲得できたのか――。その時、知人からラインの通知が入った。「師匠、おめでとうございます」。「木村一基王位」の誕生を知った瞬間だった。
「私も対局に勝っていたので、高揚しました。『うおー』という感じでした」
歓喜の後、迷いが生じた。祝福のメールを送りたいが、師匠に気を遣わせてしまうのではないか……。躊躇の末に「おめでとうございます」と送ると、返事が来た。「どうもありがとう。新人王戦頑張れ」。お礼と共に、自分へのエールが添えられていた。
「他の人にもメールを返したと聞いたので、本当に全員に返しているんだな、と。人柄というか、すごいなと思いました」
約1カ月後、若手の登竜門とされる新人王戦で、26歳にして初めて「優勝」の2文字を味わった高野。頂点に立った直後のインタビューで喜びと共に口にしたのは、木村への尊敬の念だった。
小学校低学年でアマ有段者になり、高学年で棋士養成機関「奨励会」に入会――。現在活躍するエリート棋士の多くは、そんな歩みを経てプロへの階段を駆け上がっている。豊島将之名人は小学3年、藤井聡太七段は小学4年で奨励会に入っており、その早熟ぶりは、当時から注目の的だった。
彼らと比べると、高野の歩みは速くはなかった。「小学5年の春で初段強ぐらい。目立った存在ではありませんでした」。子どもを主な対象としている将棋教室「ドラの穴」をさいたま市で運営している小島一宏さんは、そう回想する。
早熟ではなかったものの、教室の宿題の詰将棋をしっかり解くなど、地道な努力を重ねた。中学2年の春、研修会で好成績を挙げて奨励会への編入を決める。教室の師範を務めていた木村が師匠になった。「初めて覚えた定跡は対四間飛車の山田定跡。当時、師匠が講師を務めるNHKの将棋講座『木村一基の四間飛車破り』を見ていました。光栄でした」。高野は、そう振り返る。
入会後は順調に昇級、昇段を重ねた。だが、16歳で二段になった後、壁にぶつかる。同世代、そして年下の奨励会員たちが次々と追い抜いていく。1年、2年……。時間はどんどん過ぎていった。
そんな頃、木村のある計らいが将棋への向き合い方を変えた。
「私と同じ埼玉の黒沢怜生三段や金井恒太先生に師匠が声をかけて、研究会を開いていただきました。それまでの自分は内向的で、研究会はやっていなくて。他の方にも声をかけられて、研究会をするようになりました」
奨励会員の役目である記録係を務めた時にも、得がたい経験があった。森下卓九段―中村太地七段戦で、森下が披露した新構想に感銘を受けたのだ。
「それまで自分は、力戦でのらりくらりとやる将棋でした。この経験がきっかけで、序盤を真面目に勉強しようと思ったんです」
2013年8月、高野は三段昇段を果たす。3年9カ月ぶりの昇段。念願の四段昇段はその2年後で、木村門下からは初のプロ誕生だった。「よく勉強するし、手のかからない弟子です」。高野のプロ入りを祝した際、木村からそんな言葉が返ってきたことを覚えている。
昨年タイトルを獲得した斎藤慎太郎七段と高見泰地七段、朝日杯将棋オープン戦で優勝経験がある八代弥七段……。近年、20代半ばの俊英たちの台頭が目覚ましい。年上の世代の壁を破り、さらに飛躍するのは誰か――。競争はますます激しくなっている。
同世代が活躍する中、高野は目立った実績がなかった。だが、デビューから4年が経った今年、大きなチャンスをつかむ。新人王戦の決勝三番勝負という大舞台。相手は、3回目の優勝を狙う増田康宏六段だ。

10月9日の第1局は敗れた。早くも追い込まれたが、コツコツと培ってきた実力をここから発揮する。第2局は苦しい将棋を逆転勝ち。第3局は相手に攻められる展開になったが、辛抱強い受けが実を結んだ。98手目△3七歩成を見た増田が投了。17年前の師匠と同じ、「新人王」の称号を勝ち取った。
感想戦の後にインタビューが行われた。「実感がわかないですけど、うれしいです」。高野は、遠慮がちにそう喜びを表現しつつ、三番勝負の最中に木村から届いた、「あるメール」について語り始めた。

「1局目で負けた後、師匠から激励をいただいたんです。『1回勝つと流れが変わるから、頑張れ』と。重みが違いますよね」
木村にとって7回目のタイトル戦だった、今夏の王位戦七番勝負。開幕2連敗からの逆転劇に、ファンは喝采を送った。だが、木村のタイトル奪取に最も心を動かされ、自らの力に変えたのは、愛弟子の高野だった。
将棋の技術面でも、大きな影響を受けたという。「以前は苦しい局面になると、斬り合いに持ち込むことが多かった。でも、第2局の時は自分から手を出さず、相手に手を委ねることを心がけていた。師匠の大舞台での将棋を見たことが、刺激になりました」。師匠譲りの我慢強い指し回しで勝ち取った栄冠だった。

取材を終えた後、私は気になることがあった。「弟子の戦いぶりを、木村はどう見ていたのか」ということだ。メールで質問を送ると、「弟子を取り上げていただくこと、ありがとうございます」という書き出しと共に返信があった。
「新人王戦の2、3局を見ると、いいとは思えない局面からの辛抱が功を奏したように思いました。今までにはなかったことで、力をつけたようには感じました」
そして、こんな文章に目が留まった。
「新人王戦の際は勇気づけるために一言送りましたが、勝つとは思いませんでした。嬉しい誤算です」
勝負に対するシビアな考え方と、弟子への思いやりがにじんだ「木村流」のコメントだった。
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