
絶大な人気を誇りながらも、2023年6月29日に解散した『BiSH』。
元メンバーのアイナ・ジ・エンドさんが書き下ろした『達者じゃなくても』の中には、解散間近の心境が綴られています。
月日がたって、ようやく書けたという仲間への想いとは――。
現在、絶賛発売中の『達者じゃなくても』から、当時の想いが綴られたエピソードを特別に公開します。
私からのプレゼント
2015年に結成したBiSH。
最初はライブに応募してくれた一人一人に電話をかけて「ライブに来てくださいね」と誘っていた。
80人キャパの小さなライブハウスから始まったBiSHは、メンバーが抜けたり増えたりして、8年続いた。
愛おしい青春だった。
色んなことを教えてもらった。
人を傷つけてしまったり人に傷つけられたり、ゆるしたり、ゆるされたり。
とてつもなく大きく心の窓を開けて生き様を曝け出すのがBiSHのライブだ。
そんなライブを一緒に作ってきてくれた清掃員の方々にも大拍手を送り続けたいです。
あなたのおかげで私たちは歌い踊れました。
振り付けを8年間させてもらえたことは私の大きな財産になった。
仕事ではなく、趣味のような気持ちでずっとやれていた。
私にとって振り付けをすることはメンバーとの唯一の本気のコミュニケーションだったから。
メンバーと話すと、いつも戯けたり素直に話をしたくても強がってしまったりしていた私だけれど、振り付けをみんなに伝えるときだけは、積もる想いをダンスを通してプレゼントさせてもらえる気がしていた。
烏滸がましいと分かりながらも、私にできる最大のBiSHへの貢献だった。
だからどんなにスケジュールがタイトでも精一杯いいものを生み出すことに努めた。
家で、変な振り付けを思いついた日には、〝あの子、笑ってくれるかな〞と、早く振り付けを教えたくてウズウズした。
一生懸命メンバーが練習する姿を鏡越しに見る時間がとても好きだった。
美しかった。みんなが頑張る姿を見て、何度も刺激を貰った。
泣きながらも覚えようとしてくれるメンバーや、全然覚えられてなかったのに次の練習までに完璧にしてくるメンバーもいて、心から尊敬していた。
本当はそれだけで充分なのに、もっと! もっと! と厳しく言ってしまうこともあった。
BiSHのラストシングル『Bye-Bye Show』では、最後の振り付けをした。
陽が耳元で囁いてきそうなほど近くに落ちて、夜が広がっていく頃、私は代々木のダンススタジオに向かっていた。
早めに到着したのでスタジオの受付の近くに座り、ノートを開いた。
フォーメーションや振り付けの内容を、殴り書きのように記してきたノートは、もう何冊目だろうか。
たまに自分でも読めないほど汚い字を書いてるので、その日も読みづらいノートを凝視していた。
「おはよう〜」
猫みたいな人がふわっとやってきた。
アユニ・Dだ。
この人はいつも声色だけで心に癒しをくれる。
アユニは珍しく私の目の前に座った。
誰かのライブを見に行っていたらしい。
顔が明るかった。いいものを見たのかな。
昔からアユニが元気で調子が良さそうなときは何故か、私の心は軽かった。
特に話すこともなく、お互い無言で過ごした。
なんだか突然寂しくなった。
無言でも一緒にいてくれる子ってあんまりいないと思う。
こんなにも家族みたいな大事な子とも、もうすぐお別れなのか。
6人が揃って、練習が始まった。
いつもより広いスタジオ。
奥行きも充分だし、横の幅だってかなりある。
みんなが両手をいっぱいに広げても、ぶつからず存分に踊れる広さ。
最初の頃は、スタジオ代の節約のために公園で練習したこともあったので、こんなふうにスタジオで毎回練習できることは当たり前じゃない。
やっぱり広いスタジオは嬉しい。
そんな振り付けの日々も、最後になる。
BiSHに贈れる、私からの最後のプレゼント。
メンバーと唯一、心で対話できる最後のチャンスだ。
そう思って意気込んでいた。
〝BiSHは誰でもセンターになれる〞
そう思って作った最後のフォーメーションを家で思いついたとき、〝ああ、私がBiSHで大事にしてきたことはこれだったんだな〞と気づいた。
誰か一人でも欠けたらBiSHではない。
BiSHはみんながセンターだ。
そんな振り付けの内容を言葉で説明しているときに鼻の奥がツーンと熱くなるのを感じた。
涙の味が喉を通った気がするけれど、ぐっと堪えて話を進める。
奥の方でチッチは涙目になっていた。
私はチッチのその素直さが昔から大好きだった。
そんな涙に引っ張られながら、私はまた涙を堪えた。
きっとこのまま泣いたら、メンバーは優しいから近寄ってきてくれるのだろう。
分かっているのに、私はやっぱり最後まで変に強がりだった。
素直になれなかった。
練習が終わる頃、珍しく日付が変わっていた。
ハシヤスメ・アツコが、「ありがとう。良い振り付けだね」とボソッと言ってくれた。
ずるい人だ。
いつも明るいし面白いハシヤスメが、こんなに真っ直ぐに言葉を放っちゃったら、その言葉のパワーは普通の人より強く響いてしまう。
解散間近の頃、ハシヤスメとよく色んな話をしたり 二人でご飯にも行ったりしていた。
私はハシヤスメが大好きだった。
だから、嬉しくなって、廊下に出て、バレないように階段で少し一人で泣いた。
いつもなら練習が終わると豪速球のようにすぐ帰宅するメンバーたちが、珍しくゆっくり着替えをしている。
ぽつりぽつり、帰宅していく。
BiSHはこういうとき、言葉をあまり発しない。
でもこの日はなんだか、みんな名残惜しいような背中をしている気がした。
私はよく、みんなが帰った後、スタジオの床に寝そべって、ひんやりしたリノリウムの床を味わいながら、天井を見つめることがあった。
みんなの汗や靴の汚れの跡を背中で感じて、ぼんやりする時間が好きだった。
この日も、天井をぼんやり見つめていたかったのに。
何故か全然帰る雰囲気のないメンバーがいた。
珍しい。リンリンだった。
私が強がっているときに、ふと側にいてくれるのはいつもリンリンだった。
色んなことを見抜かれているのかな。
さりげない愛を沢山くれるリンリンに私はちゃんと、返せているのかな。
リンリンみたいに、寂しい人の隣にふといられるような人になりたいな。
『Bye-Bye Show』を東京ドームでやる頃にはメンバーにもっと素直にありがとうを伝えられたらいいな。
強がらず、素直に笑ってみよう。
リンリンのおかげで心の中でちょっとだけ決意をした。
この日のことを、私はずっと忘れないと思う。
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達者じゃなくても

2023年6月に、惜しまれながらも解散した“楽器を持たないパンクバンド”『BiSH』。
その後、ソロ活動を本格化したアイナ・ジ・エンドは、圧倒的な表現力で、見る者、聞く者への感情を揺るがし続けています。
まさに“令和のディーバ”であるアイナが、このたび初のフォトエッセイ『達者じゃなくても』を上梓!
仲間への想い、ソロになってから抱いた覚悟、ダンスへの目覚め、初めての恋、大人になってわかったこと……何者でもなかった一人の少女時代から、アイナ・ジ・エンドを名乗り出したあとの歩みを惜しみなく綴っています。
文章・構成は本人によるもので、写真も本人の撮りおろしを多数収録。
ひとつひとつの作品から、愛しさや切なさが滲み出る本作は、まるで1つのアルバムを聴いているかのような心に染み入る1冊となっています。
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