
人気怪談系YouTuberナナフシギが、子どもたちに届けたい、実話怪談をセレクト!
児童向け怪談集『5分怪談』から、夏にピッタリな怖い話をお届けします。
油断していると、大人でも眠れなくなるかも……?
* * *
おとちゃん
家に帰ってくるなり、私は愛用している日記帳を開いてペンをにぎった。
『あの小学校での教育実習も今日で終わり。クラスの子たちはみんな、やさしくていい子だったけど……できればあそこ以外の場所で働きたいかな』
そこまで描いて、私は筆をおく。頭の中では、実習初日のことを思い出していた。
* * *
大学で先生になるための勉強をしている私は、教育実習で小学校をおとずれていた。
「これから2週間、みんなと一緒にお勉強をさせてもらいます。よろしくお願いします」
あいさつをすると、2年2組のみんなは拍手でむかえてくれる。担任の河村先生の性格に似て、やさしい子の多いクラスだった。
「先生、遊ぼう!」
20分休みの時間になると、クラスのみんなは私を運動場へ連れていく。河村先生からも「授業の準備がないときは一緒に遊んで大丈夫」と言われていたので、私はみんなにまじってケイドロをすることにした。
「先生ドロボウね」
「えー、先生はケイサツだよ!」
クラスのリーダー的存在の長野くんと真鍋くんが言い争いをはじめる。片方ずつ腕を引っぱられて、体が悲鳴をあげた。
「先生の腕取れちゃうからさ、じゃんけんで決めよ。長野くんが勝ったらドロボウ、真鍋くんが勝ったらケイサツになるよ」
私が言うと2人は引っぱるのをやめて、すんなりじゃんけんでチーム分けをしてくれる。
(素直でいい子たちだなぁ)
そう思っていると、左腕にずっしりと、誰かが抱き着いてきた。
「先生、今何してるの?」
おかっぱ頭の女の子が私の顔をのぞきこんでくる。どこのクラスの子だろう。女の子の名札を見ると、1年1組と書いてあった。
「先生はみんなとケイドロをして遊んでるんだよ。お名前はなんていうの?」
「おとちゃん。おともいっしょに遊びたいな」
「いいよ、みんなで遊ぼうよ」
私が答えると、その日からおとちゃんは20分休みのたびにあらわれるようになった。べったりなついてしまって、私の左腕によくしがみついてくる。はずかしがり屋なのか、ほかの子とは話そうとしなかったけど、遊んでいるときは楽しそうだった。
(学年はちがうけど、仲良くできてるならいっか)
そう考えて、一緒にケイサツの男の子から逃げる。
20分休みが終わると、おとちゃんは教室へもどっていった。
ある日。授業の準備があって、20分休みに遊びに行けない日があった。
「遊ぼうよー」と言ってくれる2年2組のみんなにあやまって、職員室へもどる。
すると、職員室の入り口でおとちゃんが待っていた。
「先生、遊ぼうよ」
いつものとおり左腕にしがみついてきて、おとちゃんは言う。
「ごめんね。先生、今日は遊べないんだ」
私が言うと、おとちゃんの表情は急に暗くなった。
「おとを一人で遊ばせないでよ」
小学1年生とは思えない低い声で、おとちゃんは言う。普段はあんなにニコニコしているのに、今のおとちゃんは目に光がなくて、どこか不気味だった。
「おと、あの鉄棒のところで待ってるから」
「でも行けないって……」
「待ってるから!」
「……わかった。でも、チャイムが鳴ったらちゃんと教室にもどるんだよ」
「うん!」
おとちゃんはうなずくと、昇降口のほうに行ってしまう。
私も急いで準備を終わらせようとしたけど、やっぱり無理で。結局、おとちゃんとの約束を守ることはできなかった。
次の日から、おとちゃんは姿をあらわさなくなった。
代わりに、ケイドロ中にやたらとみんなが転ぶようになったり、階段から足をふみ外して落ちてしまったりと、生徒たちにケガがふえていく。
しかも、ケガをした生徒はみんな口をそろえてこう言うのだ。
「誰かが足を引っかけてきた」
「誰かに背中をおされた」
「誰かに引っぱられたんだ」
あまりにも同じことを言う生徒が多いものだから、だんだん気味が悪くなってくる。
数日もすると、2年2組のほとんどの生徒がひざや腕に絆創膏をはるようになってしまって、担任の河村先生も困惑していた。
(一体、なにが起きているの?)
頭によぎるのは、おとちゃんとの約束をやぶってしまったこと。
あの日以来、おとちゃんの姿を見ていない。お休みでもしているんだろうか。私は気になって、1年生の下駄箱を見に行った。でも、いくらさがしても「おと」という名前の生徒は見当たらない。ほかのクラスも確認したけど、どこにもおとちゃんは、存在しなかった。
(どういうこと……?)
背筋がぞくっとする。どこかから見られている気がして、私は急ぎ足で職員室にもどった。
「都市伝説?」
職員室で同じ実習生の清水さんが話しているのを聞いて、私は首をかしげた。
どうやらこの学校には、おかっぱ頭の女の子の都市伝説があるらしいのだ。
「幽霊らしいんですけどね。もし出会っても、約束さえしなきゃ大丈夫っぽいですよ」
私はおとちゃんの姿を思いうかべる。そういえば、あの子もおかっぱだった。
「もし約束しちゃったら……いや、約束をやぶったらどうなるんですか?」
「やぶるなんてとんでもない! 僕からは口がさけても言えないです」
清水さんはあわてて首をふると、話をさえぎるように職員室を出て行ってしまう。
(おとちゃんは、本当に幽霊なんだろうか? それなら、下駄箱に名前がないのも納得できる。でも、約束をやぶったらどうなってしまうんだろう?)
モヤモヤした気持ちをかかえたまま、私は休み時間をむかえることになった。
20分休み。2年2組の子たちからさそわれて、ひさしぶりにケイドロへ参加する。
運動場に行けば、おとちゃんに会える気がしたからだ。
(約束をやぶってしまった私が悪いし、ちゃんとあやまらないと)
みんなが集まっているところへ行くと、左腕にずっしりと重みを感じる。
おとちゃんだ。
私が身がまえると、おとちゃんはぴったりと体を腕にまきつけてこちらを見てきた。
「あのときね、おと、待ってたの。でも、先生は来てくれなかったでしょ。だから、おと怒ったんだよ」
低い声で言われて、ゾッとする。腕にしがみつく力がどんどん強くなっていって、今にもバランスをくずして転びそうだった。
それでも、私はおとちゃんの目をしっかり見つめてあやまる。
「ごめんね。無視するつもりはなかったの。授業の準備が終わらなくて、行けなくなっちゃったんだ。本当にごめんなさい」
頭を下げると、おとちゃんの怒った顔は少しずつ笑顔に変わっていく。
私がほっとしていると、おとちゃんは腕にしがみついたまま言った。
先生、今なにしてるの?
突然の質問に私は困惑する。
「えっと、先生はみんなとケイドロをして遊んでるんだよ」
「じゃあ、おともいっしょに遊びたいな」
地面に引きずりこもうとするように、おとちゃんは私の腕を引く。
(出会ったときと同じだ)
あのとき一緒に遊ぼうと言ったから、おとちゃんは私の前にあらわれ続けたんだろう。「約束してはいけない」という言葉を思い出して、私はおとちゃんに聞き返した。
「おとちゃんは先生のところに来る前、なにをしてたの?」
「おとは、担任の先生と遊んでたの」
「そしたら、そっちに行ってね? わたしはみんなと遊んでるから」
心苦しいけど、私は実習でこの学校にやってきただけの大学生だ。おとちゃんとずっと遊んであげることはできない。お願いをかなえてあげられないなら、約束せずにバイバイしたほうがいいと思った。
「わかった!」
そう言うと、おとちゃんは走ってどこかへ行ってしまう。
それ以来、学校でおとちゃんが声をかけてくることはなくなった。
* * *
『結局、あの子はなんだったのか。わからないけど、左腕には今も、おとちゃんがしがみついていたときの感触が残っている』
私は一度書く手を止めると、一行空けて、ふたたびペンを動かした。
『なにより不思議なのは、清水さんが言っていた都市伝説だ。これだけネットが発達した時代なのに、いくら検索してもヒットしない。そんなことありえるのだろうか』
おとちゃんの姿を思いうかべる。もしかしたら今も、学校で遊んでくれる人を、さがしているのかもしれなかった。
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