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朝日新聞記者の将棋の日々

2020.02.04 更新 ツイート

驚異的な強さの秘訣――渡辺明三冠「絶対に負けられない」名人戦の舞台へ村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者)

A級順位戦8回戦・渡辺―糸谷戦の感想戦。すでに名人挑戦を決めている渡辺三冠が勝ちきった。(村瀬信也撮影)

「好調の秘訣は何ですか?」

1月14日に東京・渋谷のホテルで開かれた、豊島将之竜王の就位式。ランキング戦の各組優勝者がそろったトークショーで、1組優勝の渡辺明三冠に司会者からそんな質問が投げかけられた。

渡辺は少し考えた後、口を開いた。

「実力ですかね」

率直な回答に、場内はドッと沸いた。

 
竜王就位式で1組優勝のメダルを授与される渡辺三冠。(村瀬信也撮影)

最近の渡辺の勝ちっぷりは驚異的だ。タイトルを次々と手にして三冠になり、順位戦はB級1組で12戦全勝を達成。名人挑戦権を争うA級でも無敗のまま首位を走る。この強さは、まさに実力によるものと言うほかない。

ただ、当の本人は、自らの答え方を「悪く受け取る人がいる」と感じたのかもしれない。王将戦と棋王戦の防衛戦について問われた時の答えは、「どちらか勝てれば」と控えめだった。急に遠慮がちになるその様子が、ちょっとおかしかった。

竜王11期などの実績を積み重ね、将棋界を代表する棋士の1人となった渡辺だが、2年ほど前までは竜王のタイトルを失い、A級順位戦から陥落するなど不調のどん底にいた。

将棋ソフトの影響を受け、序盤から積極的に先攻する戦術が流行。陣形の堅さを重視する従来の価値観が時代遅れになっていた。それを自覚した渡辺は新しい潮流への適応に成功し、復活を果たす。2018年度の勝率は、ちょうど8割でキャリアハイだった。

戦いに備えて陣形を築く序盤、敵陣に攻め込む中盤、相手の玉将を仕留める終盤。将棋の対局は、大まかに分けるとその流れで推移する。中でも勝負どころと言えるのが、中盤から終盤にかけての攻防だ。プロの将棋では、ここで優位に立った側がそのまま押し切ることが多い。膨大な数の手の組み合わせの中から、いかにして「正解」を導き出すか。棋士たちは日々、将棋盤の前で苦心している。

渡辺は、そうした場面での力が卓越している。互角と思える中盤戦で、他の棋士たちがうなるような明解な手順を見つけ出し、勝利に結びつける。最近は、そうした戦いぶりにさらに磨きがかかってきた印象を受ける。

「好スタートを切って好位置につけ、勝負どころの4コーナーで一気に突き放す」。渡辺の趣味である競馬に例えれば、そんなイメージかもしれない。

この勢いは、いつまで続くのだろうか。戦術のトレンドがまた変わった時か、新しい勢力が台頭した時か。いずれにせよ、円熟期にある渡辺がさらに活躍するか否かが、今後の将棋界の勢力図に大きな影響を与えることは間違いない。

 

1月29日。渡辺は東京・将棋会館で、A級順位戦8回戦の糸谷哲郎八段戦に臨んだ。既に名人挑戦は決めており、自身にとっては言わば消化試合の一戦である。

A級独走の8連勝を飾り、圧倒的な強さを見せた渡辺三冠。(村瀬信也撮影)

降級の恐れがある糸谷の作戦は阪田流向かい飛車。力戦に持ち込んだ糸谷がうまく主導権をつかんだように思えたが、局面が進んでみると、優位に立っていたのは渡辺だった。午後9時44分、糸谷が投了。渡辺は今期A級で無敗の8連勝を果たし、前期B級1組の星も含めて順位戦20連勝となった。

感想戦の後、インタビューに応じる渡辺の表情には、余裕の色がうかがえた。

「A級で8勝したのは初めて。過去よりいい成績が取れたかな」
淡々としているが、口調には満足感がにじむ。

既に挑戦を決めた状況で迎えた本局に、どんな心境で臨んだのだろうか。その問いに対する答えは、実に含蓄のあるものだった。

「(今期順位戦の)今までの将棋とは、全く別の将棋ですよね。将棋って、勝たなきゃいけないからこそ、怖さとかもあるわけで。勝たなくてもいい将棋は怖さがないんです」

「ただ、負けるリスクがあると、踏み込みが甘くなるところもある。消化試合とそうでない対局とでは、同じ棋譜になりません。戦型選択一つとっても、全然別なんです」

糸谷戦の感想戦後のインタビューでは、独特の勝負哲学を語った。(村瀬信也撮影)

将棋界には「米長哲学」という言葉がある。故・米長邦雄永世棋聖が広めた考え方で、「自分にとっては消化試合でも、相手にとって重要な対局は全力を尽くす」というものだ。

渡辺の言葉は、それに反しているように思える。しかし裏を返せば、ここぞという勝負に、よりシビアに向き合っているという姿勢の表れなのだろう。傍目にはあっさりと白星を手にしているように見えても、その陰には常人には計り知れない「恐怖との戦い」がある。

15歳でプロ入りを果たしてから20年。節目の年に、渡辺は初めて名人戦七番勝負の舞台に立つ。昨年、初めて名人を獲得した豊島にとっても初防衛が懸かる大勝負となる。「絶対に負けられない」戦いの幕は4月8日に上がる。

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