
Xのフォロワーは90万人超、歌舞伎町での人間模様を描いた小説『飛鳥クリニックは今日も雨』(扶桑社)が大人気のZ李。今度はショートショートで、繁華街で起こる数々の不思議な事件を描く!
規制されればすぐに、構造を少しだけ変えた「新しい成分」が現れる、合成大麻の世界。最近では、SNSを使った売買も増えているといいます。
今回は、そんな世界に足を踏み入れた、ある若者が主人公です。
* * *
手押し魔神BOO
先週違法になったばかりの合成大麻のリキッドをたくさんもらった。
どうせ違法になっちまったんだから、“本物”って言って売っちまえってさ。去年からヤクザを始めた先輩の浜田くんにもらったんだ。
もう「浜田くん」じゃなくて「兄貴」って呼べって言われてるけど、兄貴呼びしたら舎弟にされることは分かりきってるから、浜田くん呼びは崩さない。
というより、こちらからはなるべく呼びかけないようにしている。
どうしても声をかけないといけない時も、「あの」ともじもじして「どうしたんだ」と言われるのを待っている。
ペンに詰めて1万円で売って、出来高でいいから毎週半分持ってこいって。
でもこれ、本物と比べるとちょっと味が違うんだよなあ。なんか薬っぽいっつうかなんつうか。テルペンってやつがあれなのかな? よく分からねえけど。
「優一、飛ばし持ってきたよ。データ通信専用のやつだけど、LINEとかは出来るべ」
西早稲田のアパートに康太がやって来た。打ち子のバイトをやってた時に知り合ってから、もう3年になる。
「うーん、どうすんだこれ? やっぱSNSとか使って売る?」
そんな浅い考えで、俺たちはXに“手押し魔神BOO”というアカウントを作った。
プロフィールには「安心と飛びをあなたに」「都内即日」「DM only」。アイコンはクソコラのドラえもんがブリってるやつを設定した。
初日も2日目も、いくら宣伝しても、いいねもつかなければDMなんか一切来なかったけれど、3日目に康太がぶっ飛びすぎて、ゲームのコントローラーを持ったまま、あぐらをかいて寝ている動画がそこそこ伸びた。
「飛びすぎ! こいつスト6やりながら寝たんだけど!」ってテキストを入れた動画だった。
人生初バズがこんなんでよかったのかよってちょっと思ったけど。
「これ本物ですか?」ってDMが来て、適当に「ガチです。初回割アリ」って返したら、渋谷の文化村通りで会うことになって、5本買ってもらった。
そこからはとんとん拍子に注文が入るようになり、「ニセモンじゃねえか」のクレームはシカト、まとめて注文をくれたら割引といった具合で対応してたけど、送りの場合の後払い飛びが頻発した。
待ち合わせのバックれも増えてきて、俺と康太は頭を抱えていた。
いい感じに儲かると思って、浜田くんに75万持ってった時に、もう500本分預かってきちゃったからな。
ペンに詰め替える器具的なのも買っちゃったし、これ以上のバックれはまずい。
そう思ってた頃に、不思議なヤツからDMが来るようになったんだ。
最初は冷やかしかと思った。
そのアカウント、フォローもフォロワーもゼロだからね。
まあ、まともな品物買うわけじゃないから、捨て垢は当たり前だとしてもだ。
投稿もなし、鍵垢、アイコンは真っ黒な円。
生活感的なものを一切感じない。
「お前がいま売ってること、バレてるよ」
「でも、捕まるのはまだ先。最初に捕まるのは、買った方」
「売ったお前は、次の仕入れが終わったところで動かれる」
最初はもちろん、信じちゃいなかった。
でも、このDMが、近い未来の“出来事”を正確に予告してきたんだよね。
「三鷹で買った女、明日のニュースに出るよ。児童虐待」
本当にあの女がニュースに出た。ホストの彼氏と一緒になって、自分の子供に暴行を加えていたとか。
「中野坂上の客は来ないよ。22時18分に人違いで声をかけられる」
22時待ち合わせで18分も待ちぼうけしたあげく、大学生みたいな男が声をかけてきて、顔を見ると気まずそうにどっかへ行った。
「池袋の私書箱に送った取引で揉めるぜ?」
届いてないとクレームを入れられて、アンチ垢まで作られて大変だった。
「業務提携を持ちかけてきたやつとは会うな」
卸希望のやつとの待ち合わせで、わざと時間を遅らせてチラ見しに行ったら、駐車場に砂鉄グローブしてるやつが3人いた。
明らかに“普通の人間”じゃなかった。
康太が言った。
「なあ、お前、このDMのやつ、誰だと思う?」
「……未来の誰かじゃねえか?」
「は? お前アホか?」
「だって、全部当たってんだよ。怖くね?」
冗談のつもりだった。でもその夜、DMが来た。
「未来から来た、って言ったら信じるか?」
「こっちの世界じゃ、お前はこのあとすぐに実刑を食らう。でも今回のバイが成立しなけりゃ、未来はズレる。だから俺は来た。こっちでは俺も半グレ扱いだ。でも、お前の未来が変われば、俺の生きてた未来も変わるから」
意味がわからなかった。でも、そいつが指定した“売らない方がいい客”を避けた週だけ、トラブルがなかった。
で、俺は調子に乗った。信用しすぎた。
そいつが「この取引は安全」って言った仕入れがあった。
ここが分岐点になると。この相手グループが太客になり、かなりの金が俺と康太に入ることになると。
すごい量のオーダーをもらったから、浜田くんに速攻電話して在庫を全部もらってきた。
ペンに詰め替えると850本分。
約束された未来に夢を膨らませながら夜通し混入作業をして、疲れ果てて眠っていた朝、俺と康太は中野のマンションの一室で、ガサ入れにあった。おとり捜査だった。
捕まる瞬間、DMが来た。
「これで、こっちの未来が消える。ありがとうな」
夜通し作業のご褒美に鬼吸いしてたから、この意味不明なメッセージにはかなり飛ばされた。
いま? 保釈中。
浜田くんにはLINEも繋がらない。
康太は実家に戻ったらしい。
俺の世界はどうなったか? それはこれからだ。
あのXのアカウントは消えた。
でも、手押し魔神BOOのDMは、いまだにログインして読める。
もし本当にあいつの未来がプラス方向に変わったのなら、俺は人助けをしたのかな。
「結局お前、誰なんだよ」
試しに送ってみると、しばらくして通知が届いた。
ふざけてやがるけど、たぶん感謝の気持ちなのだろうか?
それとも、おちょくってる?
“未来の半グレ”からは、ハートマークだけが送られてきていた。
Photograph:TOYOFILM @toyofilm
君が面会に来たあとで

Z李、初のショートショート連載。立ちんぼから裏スロ店員、ホームレスにキャバ嬢ホスト、公務員からヤクザ、客引きのナイジェリア人からゴミ置き場から飛び出したネズミまで……。繁華街で蠢く人々の日常を多彩なタッチで描く、東京拘置所差し入れ本ランキング上位確定の暇つぶし短編集、高設定イベント開催中。