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朝日新聞記者の将棋の日々

2019.10.19 更新 ツイート

将棋界の革命児・藤井猛九段――羽生善治九段との戦いで見せた「藤井システム」の美学村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者)

6月12日、順位戦開幕局の対局開始を静かに待つ藤井猛九段。(村瀬信也 撮影)

「きたああああああああああ」
「おおおおおおおおおおおお」

対局開始直後の6手目、後手の藤井猛九段が軽やかな手つきで飛車を4二のマス目に収めた。戦型が四間飛車と確定し、ニコニコ生放送の画面が歓喜の声で埋め尽くされる。解説の中川大輔八段は、「すごいね。コメントで盤が見えないね」と声を上げた。

 

9月3日。東京・将棋会館で行われた叡王戦の九段予選で、藤井と羽生善治九段が顔を合わせた。同い年の両者はタイトル戦を5度戦っているが、公式戦での対戦は2012年の王位戦七番勝負以降はなかった。7年ぶりの対戦は、ファンがネットで動画中継を楽しめる晴れ舞台で実現した。

四間飛車は、かつて振り飛車の中で最も流行した戦法で、現在もアマチュアの間では人気が高い。堅固な陣形である居飛車穴熊(イビアナ)の駒組みを羽生が進めるにつれ、ボルテージはさらに高まった。藤井が、代名詞とも言える「藤井システム」を発動させたからだ。藤井の仕掛けを機に、妥協を許さない激しい攻め合いに突入。終盤、自分の玉の受けがなくなった羽生は藤井の玉に王手をかけ続ける。だが、あと一歩及ばない。102手で勝負を制したのは藤井だった。

羽生は当代随一の人気棋士だが、この日は藤井への声援も劣らなかった。本戦進出が決まる段階ではなかったが、感想戦の後に急きょインタビューが行われた。「おめでとう」「最高でした」。藤井が画面に映し出されると、画面が祝福の言葉で覆われた。

公式戦では7年ぶりの藤井vs羽生戦とあって、多くのファンが見守った。(村瀬信也 撮影)

藤井システムは、長年振り飛車党が手を焼いていたイビアナを攻略するために20代の藤井が考案した。「居玉は避けよ」「玉飛接近すべからず」といった数々のセオリーに反する型破りな戦法で、2000年代初頭はプロアマ問わず大流行。独創性を認められ、升田幸三賞も受賞した。

だが、居飛車側の研究が進み、風向きが変わる。藤井システムが下火になるにつれ、竜王3連覇の実績を持つ藤井自身の成績も振るわなくなっていった。順位戦は、名人挑戦権を争うA級からB級1組、B級2組へと降級。3年前に銀河戦で優勝を果たしてはいるが、ひのき舞台からはしばらく遠ざかっている。

それでも、藤井の人気は絶大だ。ネット中継やSNSが普及したせいか、今回のような対局や解説の際の反響を見ると、以前より存在感を増しているのではないかとさえ感じられる。多くのファンの期待を背負う藤井は、49歳になった自分の将棋を、棋士としての立ち位置をどう捉えているのだろう。

 

10月2日。藤井はB級2組順位戦で、昇級を争う橋本崇載八段と対戦した。十八番の四間飛車を採用し、踏み込みのいい指し回しで勝利をつかんだ。対局室を出た藤井に感想を求めると、いつもの低いトーンの声で一局を振り返ってくれた。

「相手が引き角にするとは夢にも思わなかった。自分の飛車の動きの手損と、相手の陣形のマイナスとの比較が難しかった。序盤は苦労が絶えないですね」

言葉そのものは控えめだったが、その語り口には白星を手にした安堵感がにじんでいた。

藤井は藤井システム以外にも、「藤井矢倉」や「角交換振り飛車」という独自戦術を開拓し、結果を出すと共に定跡の進歩にも貢献してきた。そうした時期を経て、最近はこれまで指さなかった戦法も採り入れて試行錯誤しているように見える。序盤戦術の研究に、どのような姿勢で取り組んでいるのだろうか。その点を問うと、「これ以上、編み出すのはもういいかな」と苦笑いしつつ、こう答えた。

「前は新しい手を100%成功させようという期待を込めて指していて、うまくいかないと落ち込んでいた。完璧を求めすぎていたんですよ。最近は、やってみようと思ってやってみたら、偶然うまくいくことがある。研究段階では自信がなくてやらない、という手がたくさんあるんですよね」

そして、前月の羽生との戦いについて語り始めた。

「羽生さんとはしばらく当たっていなくて、冗談で『引退するまでに1回指したいな』と言っていました。勝てるとは思っていなかったですよ。最近は1勝10敗ペースで、散々痛めつけられている。でも、負けてばっかりだから、『藤井システムでもやろうか』となるわけです。ファンが見る叡王戦だし、羽生さんとだし、後手番の時に試したい手があったからやってみよう、と。まさか勝つとはね」

羽生戦では自ら考案した「藤井システム」を採用し、ファンを沸かせた。(村瀬信也 撮影)

将棋ソフトの進化の影響もあり、近年は目新しい戦術が次々と登場している。しかし、藤井システムのように、将棋の常識を根底から覆すようなものは多くない。藤井自身、そのような新戦術を創案するのはもう難しいのかもしれない。でも、愛着のある藤井システムを見つめ直し、少しずつ進化させることはできる――。肩の力がほど良く抜けた「職人」は、今後どんな将棋を指すのだろうか。

藤井は9月、順位戦の昼食休憩にタピオカミルクティーを注文したことでも話題になった。聞けば、「アイスコーヒーを注文しようとしたら、タピオカミルクティーが目に入ったので頼んでみた」のだという。そして、こう明かした。

「昨日も、散歩している時にのどが渇いたから、タピオカを買ったんですよ。『タピオカは黒星っぽい』という人もいたけど、昨日飲んで、今日は勝てた。まあ、いいんじゃない」

藤井は順位戦を、4勝1敗の2番手グループで折り返した。今年度の成績は11勝4敗で、勝率は7割を超える。黒星をはるかに上回る白星を積み重ねている。

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