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朝日新聞記者の将棋の日々

2020.05.04 更新 ツイート

「外れたら、頭マルガリータ」エンターテイナー棋士・豊川七段の順位戦にかける思い村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者)

3月3日のC級1組順位戦10回戦で、感想戦を終えて駒を片付ける豊川七段。(村瀬信也撮影)

「2四同飛車。同飛車大学」

「大駒と小駒を交換するキリマンジャロ」

解説役の豊川孝弘七段が連発するおやじギャグに、聞き手を務める私は何度も笑いをこらえていた。

 

2019年5月16日。佐藤天彦名人と豊島将之挑戦者が相まみえた第77期名人戦七番勝負は、福岡県飯塚市で大詰めの第4局を迎えた。朝日新聞は副立会人の豊川に、紙面の記事だけでなく動画の解説役も依頼。ツボを押さえた解説の合間に飛び出すギャグは、この日も冴え渡った。

豊川の解説ぶりが広く知られるようになったのは、7、8年前に公式戦のネット中継が増えてからのことだ。ギャグを織り交ぜた独特の話術は、アマチュアへの指導対局の感想戦を和やかに行おうとするうちに磨かれたという。今や話芸と言っても良い「豊川節」の根底には、あふれるようなサービス精神がある。

「外れたら、頭マルガリータ」

16日夕方、豊川はこんなことを言い出した。佐藤が封じ手にした次の手が△4三銀だと断言し、「外れたら丸刈り」を宣言したのだ。しかし、この予想はあえなく外れてしまう。17日朝、佐藤が封じ手の△8六歩を指す時の豊川の表情は渋かった。

昨年5月の名人戦第4局では、封じ手の予想が外れて渋い表情を見せた。(村瀬信也撮影)

話はそこで終わらない。1週間後、豊川は本当に頭を丸めてしまった。「何もそこまで」と私は思ったが、「ファンに喜んでもらいたい」という気持ちの表れなのだろう。ツイッターで見る丸刈り姿の豊川は笑顔だった。

エンターテイナーのイメージが強い豊川だが、棋士としては「遅咲き」という言葉がしっくりくる地道なキャリアを積み重ねてきた。棋士養成機関「奨励会」に入ったのは高校1年の時、四段になったのは24歳の時のことだ。

名人戦につながる順位戦での歩みも目立たなかったが、40代になってから大きな飛躍を遂げる。C級1組6期目でB級2組昇級をつかむと、翌年度も8勝2敗の好成績でB級1組への仲間入りを果たしたのだ。自己最高のクラスに上り詰めたのが、一般的には下り坂に差しかかっていることの多い42歳の時だったという点に重みがある。

「30代半ばで2人目の子どもが産まれて、『このままではいけない』とギアチェンジしたんですよ。奨励会の修業時代以来の努力をしましたね」
豊川はそう振り返る。

B級1組2期目の頃、何かの話の流れで飛び出した豊川の一言を鮮明に記憶している。

「僕は世界20位なんですよ」

名人が1位だとすると、A級棋士が10人いるため、B級1組9位の豊川が「20位」というわけだ。冗談めかして発せられた言葉ではあったが、順位戦に対する豊川の思い入れの強さがにじんでいた。

今年3月3日。豊川はC級1組順位戦の最終10回戦に臨んだ。形勢が二転三転する熱戦になったが、最後は名人挑戦の経験もある森下卓九段に軍配が上がった。棋士の中で互いに唯一の同学年という間柄もあったためか、感想戦は和やかに行われた。

豊川は4年前から、下から二つ目のクラスのC級1組に在籍している。2019年度は星が伸びず、2勝8敗という成績に終わり、降級点がついた。「勝てる将棋を何番も落としている。内容が悪かったので、仕方ない」。後日に話を聞くと、潔くそう語った。

人工知能の影響で戦術が大きく変化した時代にあって、伸び盛りの若手と互角に渡り合うのは容易ではない。「向こうがライトセーバーで、こっちが木刀で戦っているような感じ。でも、若い子たちばかりが勝つのは面白くない。ひのき舞台に出るとまではいかなくても、頑張りたい」

 

豊川は東京出身だが、東日本大震災が契機となり、現在は妻の出身地である福岡に拠点を置いている。九州研修会の立ち上げに尽力し、その子どもたちの指導に当たるなど、新天地で活動の幅を広げているが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って生活がガラリと変わった。副立会人を務めるはずだった大分県宇佐市での名人戦の対局は中止になり、研修会も休会が続いている。

昨年12月、都内で開かれたイベントで指導対局をする豊川七段。(村瀬信也撮影)

「今まで当たり前だったことが、当たり前ではないと気づきました。原田泰夫先生(九段)がよく言っていましたけど、『感謝、感謝』です。日々、無事に暮らせていることに感謝です」

普段は、こちらが元気をもらえるほどと言える豊川の声も、この日はいつものような明るさがない気がした。礼を述べて電話を切る間際、豊川はこう言った。

「ジョーズに、スピルバーグに書いてくださいね」

あの解説が再び聞ける日を、私は待ち望んでいる。

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