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料理ができない!うつ病が教えてくれた家事の意味

2020.08.29 更新 ツイート

料理は億劫であり、同時に楽しいものである。 阿古真理

ここ数年は、かなり体調がよくなって元気に生活している。日付が変わって帰宅するとさすがに翌日ぐったりするし、1日遊び過ぎて一時的に目玉を動かせない状態に陥ることもあるが、休憩を取りながらなら、たいていのことがこなせる。うれしいのは、近頃午前中の外出にも耐えられるようになりつつあることだ。

元気になれたのは、よく休むこと、自然と接すること、我慢をしないよう気をつけること、しっかり食べることを心掛けてきたから。それに加え、人に支えられたことも大きいのではないか。夫が常に味方でいてくれたこと、友達ができたことはとても大きい。ここまで書く機会がなかったが、夫の親族や子どもの頃から私を知っている叔父夫婦にも支えてもらった。

 

また、世の中に「私はここにいます」と、手紙を投函するみたいな気持ちで本を出し続けてきたのが届いて、生活を回せる程度に仕事をもらえるようになった。私の原稿を買ってくれる編集者とその人が働く会社のおかげで暮らしていける。

公私ともに誰かが私を必要としてくれている、と実感できることは何よりの支えだ。孤独で手応えのない時期があったからこそ、自分という存在感を形づくっているのは、周りの人たちだと実感する。人間は社会の中に居場所を得てこそ、生きる手応えを感じられるのではないだろうか。

たまにそういう話を夫に「ありがたいなと思うねん」と言うと、「おまえも変わったな」と言われる。もしかするとうつは私にとって、人間性を磨き本来の自分らしさを引き出す人生修行だったのかもしれない。体調が回復し始めた2006年頃に、ある意味で生まれ変わった気がしている。母と断絶し、自分自身の人生を歩み始めた頃だ。

母からはたまにハガキが来るが、昔と変わらず娘と向き合う意志は皆無なのがわかるので、話し合いは成立しないと放置している。母の手紙を読むと、昔、ドラマの『東京ラブストーリー』で、赤名リカが「24時間好きって言ってて」と言い、カンチに振られたことを思い出す。私も母の今と将来に関心がなくなってしまった。

去年、自分の母問題をベースに女性差別を考えたフェミニズム本『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)を格闘しながら書いたことで、少し見える風景が変わってきたようだ。前より母問題を冷静にみられるようになった気がする。

娘の自我を否定した母のもと疎外感を抱いて育った私は、社会を客観的に見つめる力を得た。そして差別されている人、抑圧されている人への共感と理解が育った。しかし、親の愛をまともに受けなかった1人として、すねたものの見方も身に着いていた。大人になってからは、自分で自分を育て直すのに精いっぱいだったから、子どもを産まなかったのは正解だったと思う。

うつから回復していく過程で、料理に対する姿勢も矯正されていった。エネルギーが枯渇していた初期は、まずは食べることの大切さを実感する日々だった。

料理を楽しめるようになったのは、歴代の料理研究家たちの仕事に接した影響が大きい。病気になって以来、できるだけいろいろなことを楽しもうとしてきたが、料理についてもその成果が出てきたのだろう。ストレスが体調を悪くするわけだから、ストレスをかけないように暮らす。楽しくないことは手を出さないか、楽しい面を見つけるよう心がけている。

『小林カツ代と栗原はるみ』(新潮新書)がヒットしたので、夏暑く冬寒く、そして資料が増えて手狭になった部屋から2015年に引っ越した。今の部屋は、何とか増えていく資料に対応できている。何より室温が安定しているのがいい。冬場、暖房をかけないでも寝られるのは、部屋がそれほど冷え込まないのと、私自身の冷えがマシになってきたからだ。

今でも気温が10度を下回ると、頭の働きが鈍くなり体調を崩しがちになる。快適な環境に身を置くことが必要なうつは、贅沢病なのかもしれない。親のために我慢を強いられ続けた36年間を、私は病気で取り戻そうとしているのか。

前の部屋は、買いものが不便な面があったので、駅前に使い勝手のいい商店街があることは、引っ越しの必須条件だった。今の部屋は、野菜や果物が充実したスーパーと、国産大豆を使った豆腐屋などが駅前にあるので、買いものが楽しい。全国各地のナスが並ぶ夏や、さまざまな芽ものが並ぶ春は、目新しい食材を買い過ぎてしまうほどだ。

仕事のため、常に食の情報を収集する生活になり、その中からヒントをもらって新しい料理に挑戦するようにもなった。食いしん坊の仲間が増えたおかげで、話題の料理を食べる機会もあり、外食店でもアイデアをもらう。

ここ数年、オーブンで塊肉を焼くようになった。レシピもないので、最初のうちは200度で30分程度しかオーブンに入れず、真ん中がまだ赤いとレンジにかけたりしていた。しかし、イギリスの料理番組を観るうちに、塊肉を焼くのはもっと長時間らしいと気づき50分焼くようにしてからは、失敗がなくなった。そもそもオーブン料理を作るようになったこと自体、イギリスの料理番組の影響である。

耐熱皿にバターかオリーブ油を敷き、タマネギを並べて、フライパンで表面を焼いた塊肉を載せる。周りに、下茹でしたジャガイモや、パプリカを並べる。塩、コショウのほか、コリアンダーやクミン、タイムなどを振りかける。時間さえ十分に取れば、ほったらかしにできるオーブン料理は手間がかからずラクである。コンロや換気扇もあまり汚さない。

たまに奮発してカルピス発酵バターを使うこともある。前に遊びに来た夫の友人が、カルピス発酵バターが溶けた肉汁にパンを浸し、みんなで真似して「うまーい」と歓声を上げた。食材や調味料が腕を上げてくれる。

人を招くことは、料理のモチベーションを上げてくれる。キャロット・ラぺなんかも作る。スライサーのないわが家では、ニンジンのせん切りは包丁でやらないといけないから、ふだんはやらない料理だ。最近、ハンドミキサーとブレンダーのセットを手に入れて、今まで40分かけて作っていたホットケーキが半分の時間でできるようになって感動した。ミキサーも買ったので、カボチャのポタージュがレパートリーに加わった。キッチンが狭いからと買わずにきた調理家電も、工夫すれば置き場所は見つかる。そして、便利な道具は料理を楽しくしてくれる。

人を招くと、相手を思いながら料理を考えるのが楽しい。関西の友人が出張で来た折、がんもどきなどの炊き合わせを作ったら、ホッとすると喜ばれた。喜ばれると、モチベーションが上がる。食いしん坊で料理上手な女性たちを呼ぶときは、サラダしか胸を張って勝負できるものがない。主菜のレパートリーを増やさなきゃ、とこの頃は考えている。

それでも、どうしても料理が面倒になることはある。今年は新型コロナウイルスの脅威で外食が難しい時期が続き、友人たちとの会食もままならなくなった。マンネリの献立に飽きると、ふだんは作らないパスタなど麺類に逃げている。しのいでいる間に、またやる気が戻ってくる。

きっと生きている限り、料理は楽しくなったり面倒になったりのくり返しなのだと思う。料理は、人生に似ている。いいときと悪いときがあり、重荷になる時期も、喜びの源になる時期もある。何しろ人は食べないと生きていけないし、食べたいものを一番よく知っているのは自分自身なのだから。

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料理ができない!うつ病が教えてくれた家事の意味

うつ病になったら、料理がまったく出来なくなってしまったー。食をテーマに執筆活動を続ける著者が、闘病生活を経て感じた「料理」の大変さと特異性、そして「料理」によって心が救われていく過程を描いた実体験ノンフィクション。

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阿古真理 作家。生活史研究家。

1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部総合文化学科(社会学)を卒業後、広告制作会社を経てフリーに。1999年より東京に拠点を移し、食や生活史、女性の生き方などをテーマに執筆。著書に『昭和育ちのおいしい記憶』『うちのご飯の60年 祖母・母・娘の食卓』『昭和の洋食 平成のカフェ飯 家庭料理の80年』『「和食」って何?』『小林カツ代と栗原はるみ 料理研究家とその時代』『料理は女の義務ですか』『なぜ日本のフランスパンは世界一になったのか パンと日本人の150年』『パクチーとアジア飯』『母と娘はなぜ対立するのか 女性をとりまく家族と社会』など。

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