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サムライブルー 酔いどれ観戦記

2020.01.20 更新 ツイート

AFC U-23選手権2020グループB ヤシキケンジ

 昨年のE-1選手権準優勝、今大会のグループリーグ敗退と、パッとしない結果が続くと当然監督を解任せよという風潮になる。

 まあ、結果と内容を見ればそう叫びたくなるのも分かりますわな。

 カタール戦での前半終盤で、田中のタックルが一発レッドで退場になったとき、苦笑いをしている姿が映し出されたときは、正直、なんでもっと抗議しないんだ! この苦笑いチンパンジーめ! などと思ったりもした。

 

 しかし、「哀しいかな、そうやって強く言えないところが、なんか日本人らしいよな……」とも思ったのも事実。

 これが外国人監督ならば、青筋立てて審判に詰め寄って胸ぐらを掴み審判の鼻っ柱に頭突きをカマすくらいの勢いで抗議するだろう。

 しかし、森保監督は我々と同じ日本人であるのだ。

 謙虚で空気が読めて慎ましさがウリの日本人なのだ。知らんけど。

 日頃から海外のクラブチームで揉まれている海外組たちならば、アピールの仕方も心得ているかも知れないが、森保監督はそうではない。国内組なのである。

 過去の日本人監督を思い返すと、岡田監督の見た目は水木しげるの漫画に出てくるような「THE 日本人」であったが、試合中のあのメガネの奥の目つきは狂気を孕んでいるように見えて怖かったし、ロシアW杯の西野監督はちょっと頼り無さげに見えたけれども、日本人にしては見栄えが良く、よく分からんままある程度の結果も残したので良しということだ。

 まだ結果を出せていない森保監督は、うら寂しいブルースが似合う哀しい情緒が漂っている。
 
 
 場末のガールズ・バーのカウンターで、太いため息をつきながらメモ帳を広げる森保監督。試合中に殴り書きをしたメモを読み返しては、メモした局面を懐かしそうに思い返す。

「あ、ポイチ、またメモ帳見ながら遠い目してるし」

 カウンターの対面で接客している女は、ファーストサマーウイカをスッピンにした酒ヤケ声のオーバーエイジ。

 森保一は息が詰まるような日本代表監督の業務から離れたとき、人知れず行きつけの雑居ビルに入っているガールズ・バーで薄めのウーロンハイを飲みながら、メモ帳を眺めて試合を反芻するのが常である。

 高級クラブや渋いバーは肩肘が張ってどうもなじめない。

 息抜きには場末のこんなガールズ・バーがちょうどいいと感じている。

 静かな場所よりも少しうるさいくらいの方が気も紛れるし、サッカーなんかには全然興味もなく、韓流アイドルに夢中な女と喋っているくらいがちょうどいい湯加減。

 マスコミは執拗に目先の結果を突きつけてきては辞めろと簡単に言ってくるし、上司の田嶋会長からはきついお灸を据えられたばかりで胃が痛む。

 代表監督という重責から解放されて、こうして場末のガールズ・バーでウーロンハイを傾けるのが心休まる時間なのだ。
 
 メモ帳を繰りながら、あのときもっと早く選手交代するべきだったな、3バックにこだわるんじゃなくて最初から4バックにしとくべきだったな、本田圭祐を呼ばないと後々うるさそうだな、などなどさまざまな思いが浮かんでは消える。

 遂に今年は自国開催の五輪が行なわれる。

 メダル獲得が指令であるけれども、正直、いまのところそんな自信もない。

 対面のファーストサマーウイカがカウンターに肘をついてメモ帳を覗き込んでくるので、慌てて隠す。

 このメモ帳には国家機密レベルの情報が記されているのだ。この子がTwitterなんかに書き込んで戦術が拡散されてしまったら、それこそクビは免れないだろう。

 メモ帳をポケットにしまって、誤摩化すように軽口を叩いてみる森保。

「やっぱりさ、3バックよりも4バックの方がスペース使いやすいのかな? 選手もその方がいきいきとしてたように見えたし」
「んー、よくわかんないけど、3人よりも4人の方がいいんじゃない? 人数多い方が強い気するし」

 これくらいでちょうどいい。苦笑いをしながらウーロンハイを飲む。

「あー、またそうやってアタシのことバカにしてるでしょー」
「いやいや、全然そんなことないよ」

 急に真顔になり、瞳孔が開いているのかと思うほど目を剥く森保。

「それやめた方がいいよ。目剥いてるポイチ怖いよ……。てゆーかあれだよ。やっぱ自分が思ってることはなんでもいいから言った方がいいよ。その方が裏表がなくて信頼されるじゃん?」
「信頼……」

 いまの自分は、選手からもサポーターからの信頼も失っていることは感じていた。

 試合後の会見ではいつも思っていることを明言せず、サポーターに感謝していると言ってお茶を濁してきた。

 この娘が言うように、これからはもう少し自分の思ってることをマスコミの前で正直に話してもいいのかも知れない。

 その方が負けた試合であっても信頼を失うことはないかも知れない。

「ポイチはさ、試合中によくメモしてるけど、手書きよりもスマホの方がよくない? その方がみんなと共有しやすいし」

共有。

 そうか、オレの戦術がまだまだ選手全員に行き渡っている感じがしないのは共有しきれていないからだ。

 ウイングがボールを持ったときにもっとサポートに行ってボールをもらいやすいようにしろと言ってるのに言う事を聞かないのは、戦術の共有ができていないからかも知れない。

 ウイングが深い位置でボールを持ったら、ペナルティエリアのなかにもっと人数かけろと何度も言ってるのに1人くらいしか入ってきていない。

 相馬が何度もクロスを上げても、そりゃあ相手DFに弾き返されるのは仕方がない。

 もっとみんなに戦術の理解を深めてもらうためにも徹底して戦術を共有化しないといけないかも知れないな。

 そして、コイツはサッカーなんか興味ないって言いながら、案外ちゃんと試合を見てくれてるじゃないか。

 当はサッカーになんか興味がないかも知れないが、客の情報収集だと思って見てくれているのかも知れない。

 そうだ、これからはもっと試合中に相手の出方を見ながら戦術変更できるようにしていかないといけないな。

 森保は嬉しそうな顔でウーロンハイのおかわりを注文する。

 店内を見渡すと、奥のボックス席には鈴木武蔵を半グレにしたような入れ墨丸出しの輩たちが占拠している。

 薄暗がりのなか、目を凝らすとそのうちの1人は青い迷彩柄の代表のユニホームを着ている。

 Tシャツ使用なので正規のユニホームではなく、おそらく安いバッタもんだろう。

 袖からはみ出す入れ墨と迷彩柄で肩から手首までがおかしな模様になっている。

 しかし、森保の胸は熱くなった。

 あんなオレオレ詐欺なんかやってそうな奴が、こんな場末のガールズ・バーにも代表のことを応援してくれているサポーターがいるのだ。

 そういえば、この前のAFCのときも、サポーター席に割とかわいらしい感じの白い短パン女子が一生懸命腕を振りながら応援してくれていたじゃないか。

 もう決勝トーナメントに行けない試合だったというのに。

 自分のためだけじゃない。応援してくれるみんなのためにも次の3月の試合では勝利をプレゼントしなければいけない。

 久保も堂安も招集するのは必須として、できれば富安もそろそろ呼ばないといけない。

 そうだ、今夜にでも海外組にスカイプしよう。

 いまの時間なら向こうは昼間のはず。みんなの力が必要だと懇願しなければ。

「ポイチー、ウーロンハイお待たせー。あれ? どこ行った? トイレ??」

 テーブルには、万札と「今日もありがとう。ごちそうさま。ポイチより」と手書きで書かれたメモの切れ端が残されていたのであった。

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