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麦本三歩の好きなもの

2025.07.17 公開 ポスト

「こんな三歩、見たくない」と思われるような面もちゃんと書いていく住野よる/モモコグミカンパニー

麦本三歩は、大学図書館で働く20代女性。ちょっと抜けてて、食べることが大好きで、でも案外いろいろ考えていて――。そんな彼女の日常を綴った「麦本三歩の好きなもの」シリーズに待望の最新作『麦本三歩の好きなもの 第三集』が登場!前2作に続き、今回も元BiSHで現在は作家・タレントとして活動するモモコグミカンパニーさん(@GUMi_BiSH)がカバーモデルを務めている。発売を記念して、著者の住野よるさん、モモコグミカンパニーさんの対談が実現。第一集発売時の初対談から約6年。改めて、主人公・三歩への思い、第三集で迎えた転機について語っていただいた。※「小説幻冬」2025年7月号に掲載の対談を転載しています。構成:野本由起

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三歩は書き手の自分にとって精神安定剤のようなもの

住野よる(以下、住野) 僕は『君の膵臓をたべたい』でデビューする前から、小説投稿サイトに『麦本三歩の好きなもの』を数編載せていたんです。ほとんどの編集さんが『膵臓』を読んで声をかけてくださる中、幻冬舎の編集さんだけが『三歩』を読んで連絡してきた(笑)。趣味で書いていた短編が本になるとは思わなかったし、シリーズ化するなんて予想もしていませんでしたね。しかも、モモコさんにカバーモデルを務めていただけるなんて本当に光栄です。

モモコグミカンパニー(以下、モモコ) 私はBiSHに入る前から住野さんのファンだったので、とてもありがたくて。よくぞ選んでくださいました(笑)。

住野 カバーをイラストではなく写真にしようと発案したのは、編集さんなんです。ただ、モモコさんのビジュアルを思い浮かべて、この話を書いたわけではなくて。どの小説もそうですが、書いている時は登場人物の顔がはっきり見えているわけではないんです。ですから、イメージに限りなく近い人は誰なのかめっちゃ探して、モモコさんにお願いしました。

モモコ 三歩ちゃんと私は、似ている部分もあって。今日も、なぜかテーブルの角に顎をぶつけて「うわ、これ三歩ちゃんっぽい」と思いました(笑)

住野 モモコさんが、三歩ににじり寄っていく瞬間があるんですね。

モモコ そうかもしれない。私、とろろが好きなんですけど、自分ではつくったことがなくて。昨日ふと思い立って、長芋の皮を包丁でむいてすりおろして「私、料理してるじゃん」ってめっちゃ満足して手が痒くなって(笑)。「こういうエピソード、三歩ちゃんにありそうだな」と思いました。

住野 確かに急に「やってみよう」というその感じが、三歩に近い。

モモコ 三歩ちゃんって、一見するとドジで滑舌が悪くてアニメキャラっぽい雰囲気があるんですけど、そんなこともなくて。めちゃくちゃ人間味がありますよね。

住野 三歩はけっこう悪いやつですからね。ずるいところもあるし。

モモコ でも、住野さんは三歩ちゃんを愛していますよね。だから、読者も三歩ちゃんのことが好きになるし、読めば読むほど三歩ワールドに引き込まれていくんでしょうね。

住野 僕にとって、三歩は精神安定剤のようなものなんです。三歩がいなかったら、もっと精神が壊れた状態で小説家をやっている気がする(笑)。完全に趣味というか、仕事として考えていないのが「三歩」シリーズ。第二集から第三集の刊行まで時間がかかったのも、趣味で書いたものが溜まるのを待つしかなかったからなんです。

モモコ 締め切りがあるわけではないんですね。どういう時に三歩ちゃんを書きたくなるんですか?

住野 三歩には悪いんですけど、小説と真剣に向き合うのがダルくなった時です(笑)。僕はつらいシーンを書くのが好きで、暴力描写ではない方法がいかに人を苦しめるかをよく考えるんです。でも、そればかりだと自分の気持ちも引っ張られてしまって。そんな時、三歩がそこにいるだけで落ち着くんですね。「三歩になりたい」と思いながら生きています

モモコ この作品は、文体が特徴的じゃないですか。ちょっと落語っぽさもある気がして。活字で読むのももちろん好きですけど、オーディオブックで聴くのも好きなんです。

住野 朗読している悠木碧さんが素晴らしすぎますよね!

モモコ キャラクターの特徴を捉えて、それぞれ話し方も変えていて。ドラマのように引き込まれます。

住野「三歩文体」と呼んでいるんですけど、自分でもめちゃくちゃ変な文体だと思ってます。副音声みたいなものが入るじゃないですか。

モモコ「ところで三歩」みたいな語りですね。『ちびまる子ちゃん』のナレーションにも似た感じ。

住野 その言われ方はめっちゃうれしいです! しかも、そのナレーションには僕の主観が入っているので、三歩に対してちょっと厳しいんですよ。「は?」とか冷たく言いますから(笑)。

モモコ 書こうと思って書ける文体ではないですし、それもこの作品に引き込まれるポイントですよね。この作品が小説であることの意味も感じます。

住野「三歩文体」だけは自分にしか書けないものだと思ってます。他の小説を書く時とは使う脳が違うので、切り替えも難しい。

モモコ 脳の棲みわけができているから、三歩ちゃんを書いている時はリラックスできるのかもしれない。住野さんは、エッセイって書きますか?

住野 数年に一度くらいご依頼をいただきますけど、ほとんど書いたことがありません。「三歩」シリーズは僕の偽エッセイなのかもしれない。僕が三歩という他人のエッセイを書いている感覚に近いですね。

モモコ だからかな、このシリーズから「人間・住野よる」を感じるんです。さらっと読める穏やかなお話ですけれど、自分の世界が柔らかくなるような言葉が散りばめられているのも好きなところ。「本来、心理的なあっという間があれば物理的なあっという間は必要ないのだ」なんて、これを言語化できるのがすごいなと。

住野 これは、完全に三歩に引っ張り出された言葉ですね。「三歩」シリーズは、意味のない文章もめちゃくちゃ多いんです。どれだけいい話をしても、途中で意味わからんことを入れると決めているので。

モモコ それがいいんです、地に足ついてる感じがして。住野さんの作品は、儚くて透き通ったイメージが私の中にありますけど、きれいなだけでは終わらせないぞという心意気が見えて安心します。

日本に生きる20代女性として直面した「ある問題」も描いた理由

住野 第三集は、自分で書きながら「大人になったなぁ、三歩」って思いました。それは、半分は僕の狙いであり、もう半分は三歩の自然な成長でもあって。第二集で「怖い先輩」が職場を去り、三歩も成長しなければならない局面に立たされたんでしょうね。第三集では仕事のミスも減っています。

モモコ 私は三歩ちゃんをアイドル視するファンの目線も持っているんです。第二集でも異性とデートする描写がありましたが、「幸せになってほしい」と思う反面、「うまくいかないでほしい」「どうせ最後はダメになるんでしょ?」という気持ちもあって(笑)。第三集は、20代後半になった三歩ちゃんの生き方も見どころですよね

住野 第三集は、三歩の女性としての一面が初めて見えるんです。

モモコ 生々し……くもないか。

住野 三歩にしては生々しいかも(笑)。だから彼氏といい雰囲気になる場面では、ちょっと文字に工夫をしてます(笑)

モモコ あ、本当だ!

住野 第三集は、「こんな三歩、見たくない」と思われるような面までちゃんと書くことがテーマなんです。だから、今回の三歩は誰かから政治的主張だと思われかねないことも発言します。「三歩も20代後半。参政権もあってちゃんと生きているんだから、何かしら思うことはあるはず。それを見たくないというのは、こっちの勝手だな」と思ったんですよね。三歩って、基本的には愛されているじゃないですか。それって眉をひそめられるような一面を書いていないから、好意的に受け止められているだけな気もして。僕は三歩を一生書くつもりですし、読者さんにも一生つきあってもらえたらうれしい。となると、見たい部分だけ見せるようなつきあい方じゃよくないですよね。三歩の親友と同じくらい三歩を知ってほしいと思い、自然とこういう書き方になりました。

モモコ 自分にとって大切な存在ほど、そのままでいてほしいと思いますけど、住野さんにはもっと大きな愛があるから三歩ちゃんを前に進ませているんでしょうね。「一生書くつもり」と言ってくださるのも、一ファンとしてうれしいです。

住野 過去のインタビューでは「9冊出そうと思っている」と言ったんですが、冊数は決めずに生涯書きたくて。この先、三歩の人生が新しいステージに移るかもしれないし、図書館を辞めるかもしれない。僕が死ぬ時が、三歩の最終巻ってことにしようと思ってます。

BiSH解散ライブの日に住野よるは何をしていたか

モモコ 最近、私と三歩ちゃんの共通する信念に気づいたんです。三歩ちゃんは、自分の近くで好きなものを見つけること、周りを幸せにすることにかけては天才的。三歩ちゃんが好きなものを集めて自分を満足させているから、周りもきっと幸せなんだろうなって。私もBiSH時代から、「世界は救えないけど、目の前の人は絶対に幸せにする」と決めて生きてきました。まずは半径数メートル以内の人たちを幸せにする。そう思ってみんなが生きていけたら、半径が重なるみんなが幸せになるじゃんって気づいて。三歩ちゃんと考え方が近いのかもしれないと思いました。

住野 僕は、「100メートル離れた大人から見たらどうでもいいけれど、今の彼らにはそれが人生のすべてかもしれないこと」を小説にしたいんです。その思いが、三歩にも作用しているのかもしれないですね。

モモコ 住野さんも、きっと身近なところから好きなものを見つけるのがうまい方ですよね。それに、好きなものをすごく大切にする方。その印象が強くなったのが、2023年6月に東京ドームで開催したBiSHの解散ライブ。ずっと応援してくださっている住野さんも、当然来ると思うじゃないですか。それが、あえて来なかった。

住野 そうなんです。

モモコ「好きだからこそ行かない」と丁寧にお手紙までいただきましたが、どういう気持ちだったのか直接聞きたくて。

住野「楽しい」以外の気持ちを、BiSHのライブに持ち込みたくなかったんです。重いファンですみません(笑)。ただ、お手紙を送ったあと、解散前のワンマンライブを観て気持ちが変わりました。清掃員(BiSHファンの総称)の「今まで楽しかった。ありがとう」という愛が伝わってきたし、コールの声の大きさに泣けてきて。自分としては、いい思い出を胸にBiSHに手を振ることができました。

モモコ 解散ライブの日、住野さんが何をしていたのか気になります。

住野 最初は、これから歩み出す、出来るだけ若いバンドのライブに行こうと思っていたんですよ。だけど結局、家で仕事していたと思います。自分は自分で戦おうと思って。

モモコ 解散については、人それぞれ美学の違いがありますよね。住野さんに限らず、BiSH内でもみんな意見が違いましたから。ただ、住野さんは自分が納得するか納得しないかを大事にしていますよね。好きな世界を大切にしているところが、三歩ちゃんに通じるのかもしれないと思いました。

作者と登場人物が同化する瞬間

住野 第一集が刊行された2019年から、モモコさんは激動の日々を送ってきましたよね。ちなみに、第三集で初めてこれがいつのお話かが決まったんです。作中にフレデリックの「オドループ」という楽曲が出てくるのですが、そこから逆算して第三集は2023年の出来事ということに。モモコさんは、この数年の自分の変化をどう捉えていますか?

モモコ 周りの状況は変わっても、私自身はあまり変わっていなくて。なんなら幼稚園くらいから変わっていない(笑)。住野さんにもそうあってほしいなって思っています。変わらずにいてほしい作家第1位(笑)。

住野 それで言うと、僕はモモコさんにお伝えしたいことがありまして。BiSHの解散後にモモコさんが『解散ノート』というエッセイを刊行した時、宣伝に使うコメントを書かせていただきましたよね。当時の僕は、ドライな文章のほうがかっこいいのかなと思い始めていた時期だったんです。自分はウェットな路線で活動してきたけれど、そろそろドライなほうにシフトしてもいいのかなと。そこで『解散ノート』のコメントも一度はドライに書いたのですが、全然心がこもっていなくて。全部ボツにして、自分が見たもの、感じたことだけを書かせていただきました。そうしたら、めちゃくちゃ重くてウェットな文章になってしまって(笑)。ただ、そのコメントを読んだ複数の編集さんから、「いいコメントですね」「泣きました」と連絡をいただいて。このウェットさに、自分の作家性があるんだと気づいて、変わらないきっかけになりました。そのお礼をモモコさんに言いたくて。

モモコ いや、恐縮です……。自分のウェットな部分を出すのって、勇気がいりますよね。でも、そこにはかっこつけないかっこよさがあると私は思っていて。BiSH時代、私はとことん生々しく言葉を発していこうと思っていました。たとえ涙が出そうになっても、それでも喋る姿をかっこいいと思ってくれるはず。そんな信頼感を清掃員に抱いていたんです。

住野 ああ、なんかわかります。

モモコ 解散ライブの最後の言葉も、実はめっちゃ考えていたんです。半年以上かけて書いては消しを繰り返して、完璧な文章を作り上げて。でも、結局その文章は使いませんでした。ステージに立ったら「違う、これじゃない」となって。会場にいる人、いない人の愛を感じて、それに見合う何かを差し出したくて、覚えてきた原稿を読むようなことはやめよう、と。最後に自分をさらけ出して、ステージ上で泣いたことはなかったのにめっちゃ泣いて。「いや、ライブだわ」と思いました。それが、今の住野さんのお話と似ている気がして。

住野 めちゃくちゃいい話を聞きました。モモコグミカンパニーを突破する瞬間だし、そういう言葉が人の心を動かすんだろうと思います。

モモコ 不思議な体験でした。小説を書いていると、登場人物から思いもよらないハッとする言葉が出てくる瞬間がありますよね。もしかしたら、そういう体験に近かったのかも。

住野 僕も、気づいたら自分が思っていることを登場人物が話している瞬間があるんです。作者と登場人物という関係性を突破するような、ふたりが同化する瞬間がある。それが、読者さんにもいい衝撃として受け取ってもらえるのかもしれない。

モモコ 私も小説を書いている時に、何回か感じたことがあります。私はモモコグミカンパニーというタレントであり作家ですが、その前にまず人間であるべきだと最近思うようになったんです。ちゃんと悲しんで、ちゃんと喜んで、ちゃんと転ばないといけない。痛いのは嫌だけど、痛みを経験しないと出てこない言葉があるし、自分の作家性はそこなのかなという気もして。だから「人間・住野よる」もすごい大切にしてほしいなって思います。住野さんは好きなものをちゃんと見つけてアクティブに過ごしている印象なので、そういう部分を大切にして幸せに生きていってほしいです。

住野 いや、こちらこそモモコさんには幸せに生きていってほしい。これまでもこれからも、そう願っています。

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住野よる

高校時代より執筆活動を開始。デビュー作『君の膵臓をたべたい』がベストセラーとなり、2016年の本屋大賞第2位にランクイン。他の著書に『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』『か「」く「」し「」ご「」と「』『青くて痛くて脆い』『恋とそれとあと全部』『腹を割ったら血が出るだけさ』『告白撃』『歪曲済アイラ―ビュ』がある。二階堂が好き。

モモコグミカンパニー

9月4日生まれ。東京都出身。ICU(国際基督教大学)卒業。2023年6月29日の東京ドームライブを最後に解散したBiSHのメンバーとして活躍。メンバーの中で最多の17曲の作詞を担当。2023年9月から音楽プロジェクト(momo)を始動。執筆活動やメディア出演を中心に幅広く活躍。著書に『御伽の国のみくる』『悪魔のコーラス』(ともに河出書房新社)、『解散ノート』(文藝春秋)、『コーヒーと失恋話』(SW)など。

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