
現在私の漫画原作のドラマが放送中だが、それとは全く関係なく明後日私のサイン会が実施される。
新型コロナウィルスの蔓延により、リアル人体を集めてのイベントは控えていたのと、コロナが外出を渋る絶好の言い訳になってしまったことも相まって、少なくとも5年ぶりのサイン会だ。
相変らず外には出ていないのだが、こうやってメディア化という夢が叶ったのは、今まで不可解なほど諦めずに応援してくれた読者のおかげである。
もし、その読者が喜んでくれるというなら、やらないという選択肢はない、と思ったわけではなく、このサイン会はボンヤリしているうちに開催が決まっていた。
ドラマといってもこちらが制作に関わることはほとんどないのでそれで忙しいということはない。しかし原作者をショートカットしたことで面倒が起こっても困るので確認事項だけは多いのだ。
また「全く関係ないけどこの機に乗じて全く関係ない本を出そう」と、ドラマ放送期間中に竹を割ったような便乗を打診してくる者もいる。
こういう、ビッグウエーブに乗るしかなくなった奴の動きは嫌いではない、むしろ俺が一番俺のドラマ化に便乗して騒いでおり、関係者全員に「ところであいつは誰だ」と思われていることだろう。
実際、こんなことは二度とない、やれることは全部やっておいたらいいと思っている。
そんな心境の中、私の元担当から何かの打診メールが届いた。
何か、とは何だと思うかもしれないが、本当に「何か」としかいいようがなかったのだ。
「ここで7月開催予定でお引き受けいただけないでしょうか?」
本文にはそう書かれていたのである。
場所と日時は書かれているが、人体で言えば頭と心臓部分である主語と目的語が欠けているため、誰が何をするのかが全く分からない。
しかし、私もこう見えて会社員を10年くらいやっていた。
伊達に何もわかってない業務連絡に対し「はい!」と返事だけ元気にして仕事を破壊し続けてきたわけではない、長州のホウレンソウクラッシャーとは俺のことだ。
おそらくドラマに合わせて販売フェアでもやる話であろうとあたりをつけ「了解しました」と、何かの打診を了承した。
その後「そういえば俺は何にOKしたのだろう」と気になり、再度メールを読んだのだが、やはり誰が何をやるのかが書かれていないので「誰が何をやるか誰も知らない企画」の可能性が出てきた、さすがコロナを生き抜いた施設は面構えが違う。
令和も7年となれば何でもありだな、と感嘆していたのだが、そこで始めてメールのタイトルが「カレー沢様サイン会のご相談」であることに気づいた。
別に珍しい手法ではないのかもしれないが、私がよく知っているメールのタイトル欄といえば「RE:RE:RE:RE:RE:RE:RE」であり「どちらが先に新規メールを出すか」のチキンレース会場でしかなく、間違っても主語や目的語を記す場所ではない。
これが出版社がらみの話なら「何をするのかわからないまま頷いてしまったので今のなし」と心神喪失を理由とした無効を訴えられるのだが、外部組織も絡んでいる話なため、今更なかったことにはできない。
それに、最初からサイン会だと明記されていたら「7月に屋外に出ろと言っている時点で傷害罪にあたる」などの供述を繰り返して話が進まなかった可能性が高い。
それに作家のサイン会というのは読者へのサービスというより、作家をはげます会を開催してもらっていると思った方がいいのかもしれない。
芸能人のリアイベとかであれば「あの顔面を生で見たい」など、行く意味が大きいかもしれないが、そういう動機で作家のサイン会に行く人は少ないだろう。
サインに価値があればメノレカリ的な意味でも行く意味があるかもしれないが、私のサインは出回っている数がトップクラスに多いと思うので、そういう価値はない。
逆に作家の方が本当にいるのかいないのかわからない、ワンチャン自分の幻覚説がある未確認生物「読者」を肉眼で観測できるサービスデーと思った方がいいだろう。
むしろ全てのリアイベは、ファンのためであると同時に、出演者にとっても「お前ら存在しとったんかワレ」と、自分を応援する者が実在であると確認し勇気づけられる会でもあるのかもしれない。
そんなわけで私もサイン会を楽しみにしているが、何せ5年ぶりである。
5年ぶりで緊張しているというわけではないが、5年老化しており、5年分元気がなくなっているのだけは確かなので、体力的な心配がある。
しかしサイン会に来る読者がイツメンだとしたら読者側も5年老化しており、平均年齢が「日光を浴びただけで弱る年」を越えてしまっているような気もする。
負傷者を出すと、今後その場所でイベントをすることすら難しくなる場合がある。
会場を事故物件にしないためお互い「安全第一」そして「体調を崩すなら家に帰ってから」をスローガンに集えたらと思う。
カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄~

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