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長雨。ずっと胸に溜まっていた重たい空気がついにはどんよりと足先まで落ちていった。そのせいで街へ出るのも、息を吸うのも、どんな些細なことでも通常よりもワンテンポ遅れてしまう。7月。

アイフォンをなくしてしまった。しかも部屋の中で。

混乱を絵に描いたように荒れた部屋。金魚のヒレのような赤の中に紛れ込んでしまった。さっきまではアイフォンで連絡を取っていて、いざ家を出る時にないことに気づいたのだから、部屋にあるのは確実で、だとすればすぐに見つかるだろうと高をくくっていたのだけど、見つからないままカレンダーはめくられ続けた。アイフォンケースを赤くしていたのは誤算だったように思う。


全感覚祭の準備で忙しいこの時期だからおそらくパンクするほどメールはきてるだろうし、気持ちはしっかりとざわついているが、それとは裏腹に妙な諦めが退廃的で心地よかったりもする。

 

わたしはすぐに物をなくす。ツアーの後半、ギャラをまとめた封筒を座席に忘れたり、映画の入場券を空のドリンクと一緒に丸めて捨ててしまったり、ポケットの中のぐしゃぐしゃの一万円とSuicaでやりくりできてしまうことで財布を落としたことに気づかず一週間時間が経っていたり、どうしてそんな簡単になくせてしまうのだろうと付き合いも長くなってきたこの人間の感性を疑いたくなる。こんな風にして大切な記憶もいくつも落としてしまったのだろう。

そう言えば、この一ヶ月たくさんいろんな景色を見た。なんてことを不意に思い出す。

馬の背中でたてがみを撫でた指、窓から吹き込んできた牛のクソの匂い、朝ごはん、米の炊ける匂い、高校時代通ってた川べりで歌ったこと、突然の夕立、雨宿りした神社、カラスにつつかれそうになる弁当、書きかけの歌詞、不意に思い出した一度しか会ったことのない人の顔、前後の記憶も曖昧に混ざり合いながらコップから水があふれ続け、しっかりとこぼしながら令和最初の夏の始まりを歩いていた。

人からもらった優しさや記憶を落としたことすら忘れてのうのうと髪なんかを伸ばしやがって生きているクソやろう。お前が物に紛れてさらわれちまえ。

電車に揺られ窓から遠くを眺める。時間ができるとついインスタグラムなんかを見て時間を潰していたことに気づく。麻婆飯やコンソメ、ガッツ石松の不動産。いつもより看板が目につくのは空を見ている時間が長いからだろうか。苔の緑色が発光して視界に飛び込むのは、二日酔いのせいかもしれない。昨晩のDJ NOBUと石野卓球の夜は素敵に酔った。踊るの大好き。

目的地一つたどり着くのも、いかにグーグルマップに頼っていたか。ヒカリエの場所がわからない。渋谷のスクランブルで目線を上がると洪水のように降り注ぐ宣伝の光、LED。そのめまぐるしいテンポに混乱する。イヤホンで音楽を聴いたり、目的地までを検索した画面を見ていたり、意識をそらしている人にでも飛び込めるようにストロボのように細切れに分断された情報は灰色の大気の中を光線のように走り抜ける。それだけを直視する人間のために用意されたリズム感でははなからないみたいだ。

偶然居合わせたお客さんに場所を教えてもらい目的地までたどり着いた。会場に着くとおとぎ話の有馬くんがライブを終えた後で、わたしは半目で廊下を歩き、楽屋に入った。あと十分でCINRAの言葉をテーマにしたトークイベントが始まるとのことで、チョコレートから糖分を摂取し、コーヒーで流し込む。あまりにコーヒーのカフェインを普段からエフェクトに使いすぎて、もはや目も覚めない屈強な体に仕上がってしまっていたため、寝ぼけたまま壇上に上がる。話しているうちにだんだんと体があったまっていくのがわかる。

家に帰り、再び強くなってきた雨足。部屋干しした洗濯物から生乾きの匂い。こんな場所に居たくないと荒廃した洗濯物の上に転がりながら天井を見た。せめてもの抵抗としてコーヒーをいれ、お気に入りのカップに注ぐ。これだけ探しても見つからないのは落としたのは部屋ではないのではないか? そんなことを思っているとそう思えなくもない気がしてくる。
 

過去はほつれた糸のように細く、風で揺られている。記憶は簡単に捏造される。強引な事情聴取の果てに、やってもない犯罪に頷いてしまう冤罪が生まれるであろう、その容易さを想像していた。今回の場合、捜査員も容疑者も自分なわけだけど。

記憶が捏造できるなら、あのさよならも、ちゃんと言えなかったことも、あの時、右ではなく左を選んだことも、あの時、ありがとうでなくさよならを選んだことも、全て捏造して綺麗に最後を迎えられるだろうか。事実は何を救うのだろう。それでも現実に固執しているわたしは毎日に何かを期待しているのだろうか。散乱した服の上で寝返りを打つとわたしの衣類から人間の匂いがする。どうやら今日も、だらしなくも人間のまま一日を終えるようだ。

雨の音で目を覚ます。また生乾きの洗濯物の匂いだ。肩を小雨で濡らしながら、コーヒーを買いに行く。最近は、家の周りに糸トンボが飛んでいる。わたしが一歩踏み出すと糸のように軽い複数の体が柔らかい曲線を描いて立ち上がる。中庭には蛇がいた。悪そうな顔をしたやつ。ここは本当に東京なのだろうか。

今日はZepp Tokyoでライブなので、雨に当たる。濡れてみる。季節が体に入ってくるとようやく、わたしはわたしになる準備が始まる。

Zeppにつくとカレーの匂いがした。BiSHのチッチが楽屋に鍋を持ち込んで関係者用に作ったみたいだ。食べ物はすごい。最短ルートでその人の身体の中に入り込む、GHOSTのよう。わたしの後ろにだらだらと付いてくる身体を持たない彼らにもわけてあげたい。

会場がオープンすると最前列を確保するために走りこんでくるお客さんがモニターの画面で見えた。走ってる大人って大好き。2、3人は足がもつれてこけていた。

ダサい関係者がスーツで二階席からフロアを分析するようにパソコン片手に小難しい顔で細い顎の先端に指を添えている。音楽をそんな風に見ているのはだいぶ気持ち悪い。こういう大人が音楽の未来を作っているのだとしたら全力で否定したい。一度でもいいから死ぬほど音楽に溺れてみたら、この現場であの顔はできないと思うのだけど。

楽屋には全感覚祭と同じ音響やステージチームで溢れかえり、自然とミーティングが始まる。見渡せば頼もしいメンツに囲まれている。フジロックもこのメンツで臨む。

閃光。光の線になって、駆け抜ける。ライブが終わって、汗をぬぐいながらこの夏は記憶すら追いつかないそんな夏がいい。そう思った。空調の音、ひねったらまずそうなよくわからないバルブ。知らない人と人が作る海。ステージ脇の影。

どうせ忘れるなら何度でも初めてのことのように歌えばいい。

気づいたら、その光の束の中心で夏が始まっていたという話。

***

全感覚祭 19 -NEW AGE STEP- 開催決定!

<日程>
2019年9月21日(土)大阪
10月12日(土)東京

<場所>
・大阪 堺route26周辺
〒590-0985 大阪府堺市堺区戎島町5-3

・東京 印旛医大 HEAVY DUTY
〒270-1613 千葉県印西市鎌苅672-6

<料金>
入場 &フード : フリー(自由料金)

https://zenkankakufes.com/

マヒトゥ・ザ・ピーポー『ひかりぼっち

本連載に13編の書き下ろし他を加えた書籍が、2020年11月17日、イースト・プレスよりに発売されます。

いつ、どの部分を遺書として 切り取ってくれても構わない。 あなたがあなた自身である限り、誰にも負けることはない。 オリジナルでもフェイクでもいい。ただわたしであればそれだけでいい。 GEZANマヒト、時代のフロントマン。眩しいだけじゃない光の記録。(写真 佐内正史)

関連書籍

マヒトゥ・ザ・ピーポー『銀河で一番静かな革命』

海外に行ったことのない英会話講師のゆうき。長いあいだ新しい曲を作ることができないでいるミュージシャンの光太。父親のわからない子を産んだ自分を責める、シングルマザーのましろ。 決めるのはいつも自分じゃない誰か。孤独と鬱屈はいつも身近にあった。だから、こんな世界に未練なんてない、ずっとそう思っていたのに、あの「通達」ですべて変わってしまった。 タイムリミットが来る前に、私たちは、「答え」を探さなければならない――。 孤独で不器用な人々の輝きを切なく鮮やかに切り取る、ずっと忘れられない物語。アンダーグラウンド界の鬼才が放つ、珠玉のデビュー小説。

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眩しがりやが見た光

GEZAN・マヒトの見た、光、幸福、人生。

バックナンバー

マヒトゥ・ザ・ピーポー

ミュージシャン。2009年に大阪にて結成されたバンド・GEZANの作詞作曲を行いボーカルとして音楽活動開始。
2014年、青葉市子とのユニットNUUAMMを結成。
2018年、GEZANのアメリカツアーを敢行し、スティーブ・アルビニをエンジニアに迎えたアルバム「Silence Will Speak」を発表。
2019年2月にソロアルバム「不完全なけもの」、4月に「やさしい哺乳類」を発売。
5月にはじめての小説「銀河で一番静かな革命」を発売、6月には初めてのドキュメンタリー映画「Tribe Called Discord:Documentary of GEZAN」が公開、同年7月には初めてのフジロックのホワイトステージに出演した。
2014年からは、完全手作りの投げ銭制野外フェス「全感覚祭」も主催。自由に境界をまたぎながらも個であることを貫くスタイルと、幅広い楽曲、独自の世界を打ち出す歌詞への評価は高く、日本のアンダーグラウンドシーンを牽引する存在として注目を集めている。

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