1. Home
  2. 生き方
  3. 眩しがりやが見た光
  4. 逃避

眩しがりやが見た光

2019.06.11 更新

逃避マヒトゥ・ザ・ピーポー

(photography:Kazumi Sato)

逃げてきたんだ。

海を目の前に思っていた。数センチ、体を前に傾けるだけでこの肉体をなかったことにできる、そんな防波堤の端から、金色に照らされた渦を見て思っていた。何から逃げてきたのか、その根源はわからない。ただ直感していた。

防波堤の上では干からびた獣の死体が白骨化している。全体の半分くらい残った皮と牙や爪らしきものも見えるが何の動物かはもうわからない。こうなっては個体から個性は剥奪されている。いいやつも悪いやつも権力も階級もない。死後の世界までプロフィールというやつを持ち込めないであろうことに安心する。そうであればお墓に入ることなどはなから無意味だから、わたしは拒否したいと何故か夕暮れの中で決意していた。

足でつつくとわずかだが生き物特有の鼻を突く腐臭がして、何の感情も高揚することなくわたしは無意味にその獣の骨を海に蹴落とした。金色の渦は大きな口を開け飲み込んで、ものの数分で見えなくなった。

北海道、日高のMKランチには2年前にも来ている。馬小屋で青葉市子と共に生音でライブをし、ホースマンシップという馬とのコミュニケーションを体験した。その時のことは寺尾紗穂さん監修の『音楽のまわり』という本で書いているが、馬の上に乗って過ごした時間は本当に忘れられない経験となった。アースオーブンという消防車を改造した車の後部に設置された釜で焼いたピザの味もよく覚えている。

 

 

日高は昆布と競馬の馬を育てる牧場が数多くあることで有名な町のようで、いたるところにそのどちらかのモチーフが描かれている。馬の絵は学生が描いた風のゆるいテイストが目立ち、その雑味が妙に人懐っこく懐かしく、こういうスキのようなものは東京からは追い出されていることを感じた。人間も不完全なのだから、絵も計算され尽くした精巧なものよりも不完全な方が健全に思える。

道中、その極地を思わせてくれる多幸感に溢れた牧場があったので足を止めた。様々な工業道具に明らかに手描きの有名キャラクターのはるかなる可愛さに悶絶していると、入り口で草むしりしているお姉さんがいたので、挨拶し、誰が書いたのかと尋ねたら、「お母さんです。恥ずかしいですよね。」と笑っていた。恥ずかしいどころか幸せにしてくれてありがとうとお礼を言い、抱きしめたい気持ちでいっぱいだった。あとで撮られた写真を見て、わたしはまだこんな顔で笑えるんだなとしみじみ思った。

車を走らせ、会場であるMKランチに入る直前、一頭の野生の鹿が急に視界に飛び込み、そのまま車の前方に向かって駆け出した。もう少しで事故になるところを間一髪で外し、ゆらりと徐行し鹿の背中にヘッドライトを当てながら追っていると鹿は左にそれて田んぼに入り、そのまま山を目指して駆けていった。仲間の待つところにでも向かうのだろうか? 彼女は一度も振り返らなかった。当たり前だが、生きているのは人間だけじゃない。

今回はライブはなく、ただそのホースマンシップのためだけの合宿滞在である。一体何に惹かれているのか、その正体はわからないが、前回の滞在から今に至るしばらくの間、わたしの内側を馬は駆けていた。決まって満員電車や、混雑した雑踏のノイズの中で思い出す。その吐息や温度のこと。

今現在、馬小屋の横のコテージで、天井を左に回る空調のプロペラをぼんやり見上げながらこれをタイプしている。喉が渇いていることに気づいたわたしは水道水を一杯コップに注ぎ、勢いよく飲み干すとお馴染みのあのカルキの味はなく、胃袋へとストレートにその透明は流れていく。

気分転換に外に出てみると北の六月は長袖のシャツではだいぶ寒くて、今年よく着たパーカーをフードごとかぶってちょうどの気温だった。見上げると異常なくらい星が瞬いていて、その黒闇の深さに驚き、異常と感じるくらい東京のやせ細った微光の星空に慣れてしまったわたしの哀れさを思った。それは水道水の美味しさにも同じことが言えるだろう。タバコをくわえてその貧しい肺をいっぱいに深呼吸するとクラクラして立ち眩んだ。

何から逃げてきたのだろうか? 何かを受け入れようとしているようにも思う。不意に開く、友人のカラオケをしているインスタグラムのストーリーが遠い異国の出来事のように思えた。それぞれの時間がタイムラインという共通認識の下で一定に流れている。自分だけがその時間の隙間のスポットに取り残されているような、はたまた真空の未来にいるような。わたしは真っ暗闇の中で一人ぼっちだった。

一人でいることを寂しく思い、様々な方法であたかもそうではないかのように他者を絡めた仕組みや構造を作り、わたし達は幻想に参加している。暗く冷たい夜はそこに用意されていた接続詞を一つ一つ丁寧に破壊していく。

ヤギがメエと鳴く。寝ているのにまじって何匹かはわたしのように夜行性のものがまじっている。どこかで鈴を振ったように虫が鳴いている。そのメッセージなど知る由もないが。

何故だか、サイレンが遠くで鳴り響く渋谷の夜を思い返していた。

わからないという名の銀河を泳いで渡る星つぶだよ。

どこかで歌が聞こえた。そんな気がした。

その晩は珍しいことにうまく眠れた。

そして今朝、ヤギのメエエというわかりやすい牧場のサウンドトラックで目を覚ます。いつもなら耳の外側でなっているはずの車のエンジン音はなく、その音の位置ではヤギとポニーが牧草をつついている。

誰も知らない今日がはじまった音だ。服を着替えて、その指は紐をぎゅっとしめる。体の中を回るのは逃げてきたやつの鈍い血ではないことがわかる。

マヒトゥ・ザ・ピーポー『銀河で一番静かな革命』

海外に行ったことのない英会話講師のゆうき。長いあいだ新しい曲を作ることができないでいるミュージシャンの光太。父親のわからない子を産んだ自分を責める、シングルマザーのましろ。 決めるのはいつも自分じゃない誰か。孤独と鬱屈はいつも身近にあった。だから、こんな世界に未練なんてない、ずっとそう思っていたのに、あの「通達」ですべて変わってしまった。 タイムリミットが来る前に、私たちは、「答え」を探さなければならない――。 孤独で不器用な人々の輝きを切なく鮮やかに切り取る、ずっと忘れられない物語。アンダーグラウンド界の鬼才が放つ、珠玉のデビュー小説。5月23日発売。

関連キーワード

{ この記事をシェアする }

コメント

わたなべ a.k.a メットおばけ  RT @1__gezan__3: 【✒️】 コラム更新しました。 北海道の日高にきています。 https://t.co/h36G9u2rCv 23時間前 replyretweetfavorite

ぴちたろくん  RT @1__gezan__3: 【✒️】 コラム更新しました。 北海道の日高にきています。 https://t.co/h36G9u2rCv 2日前 replyretweetfavorite

幻冬舎plus  [NEW] 逃避 マヒトゥ・ザ・ピーポー https://t.co/MnescNFcyj 5日前 replyretweetfavorite

幻冬舎plus  馬の吐息、体温、本当に暗い夜と星空、牧場、水、メエエというヤギの声、マヒトさんをとりまくもろもろの感触。生きている感じ。〔相〕 逃避|眩しがりやが見た光|マヒトゥ・ザ・ピーポー - 幻冬舎plus https://t.co/671EcwMhoK 5日前 replyretweetfavorite

のりまき  逃避|眩しがりやが見た光|マヒトゥ・ザ・ピーポー - 幻冬舎plus https://t.co/YY42DRuVji 5日前 replyretweetfavorite

岸田  RT @1__gezan__3: 【✒️】 コラム更新しました。 北海道の日高にきています。 https://t.co/h36G9u2rCv 6日前 replyretweetfavorite

ゆうかっぷ  RT @1__gezan__3: 【✒️】 コラム更新しました。 北海道の日高にきています。 https://t.co/h36G9u2rCv 6日前 replyretweetfavorite

朱さん  イ・ランちゃんとのトークイベントでこの馬の旅の事を話していて、馬のどこがそんなに好きなのかなー?って気になったけど本人もわからないのね🐎✨ でもレース中の馬もライブの時のぴーも物凄く雄々しく見えるけど本当はとても優しいいきものだっ… https://t.co/uoMX1t5L2b 6日前 replyretweetfavorite

△△△  RT @1__gezan__3: 【✒️】 コラム更新しました。 北海道の日高にきています。 https://t.co/h36G9u2rCv 6日前 replyretweetfavorite

KiliKiliVilla あびこ  RT @1__gezan__3: 【✒️】 コラム更新しました。 北海道の日高にきています。 https://t.co/h36G9u2rCv 6日前 replyretweetfavorite

lihim  RT @1__gezan__3: 【✒️】 コラム更新しました。 北海道の日高にきています。 https://t.co/h36G9u2rCv 6日前 replyretweetfavorite

coco  RT @1__gezan__3: 【✒️】 コラム更新しました。 北海道の日高にきています。 https://t.co/h36G9u2rCv 6日前 replyretweetfavorite

幻冬舎plus  逃避|眩しがりやが見た光|マヒトゥ・ザ・ピーポー https://t.co/671EcwMhoK 6日前 replyretweetfavorite

PICKUP  RT @1__gezan__3: 【✒️】 コラム更新しました。 北海道の日高にきています。 https://t.co/h36G9u2rCv 6日前 replyretweetfavorite

さわだ じゅんいち  RT @1__gezan__3: 【✒️】 コラム更新しました。 北海道の日高にきています。 https://t.co/h36G9u2rCv 6日前 replyretweetfavorite

眩しがりやが見た光

GEZAN・マヒトの見た、光、幸福、人生。

バックナンバー

マヒトゥ・ザ・ピーポー

ミュージシャン。2009年に大阪にて結成されたバンド・GEZANの作詞作曲を行いボーカルとして音楽活動開始。
2014年、青葉市子とのユニットNUUAMMを結成。
2018年、GEZANのアメリカツアーを敢行し、スティーブ・アルビニをエンジニアに迎えたアルバム「Silence Will Speak」を発表。
2019年2月にソロアルバム「不完全なけもの」、4月に「やさしい哺乳類」を発売。
5月にはじめての小説「銀河で一番静かな革命」を発売、6月には初めてのドキュメンタリー映画「Tribe Called Discord:Documentary of GEZAN」が公開、同年7月には初めてのフジロックのメインステージ出演が決定している。
2014年からは、完全手作りの投げ銭制野外フェス「全感覚祭」も主催。自由に境界をまたぎながらも個であることを貫くスタイルと、幅広い楽曲、独自の世界を打ち出す歌詞への評価は高く、日本のアンダーグラウンドシーンを牽引する存在として注目を集めている。

この記事を読んだ人へのおすすめ

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP