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眩しがりやが見た光

2019.03.14 更新

ただ、三月は目をこすっているマヒトゥ・ザ・ピーポー

(photography:吉本真大)

毎日マスクをして、花粉から身を守るワタシに春の匂いなど感じられるはずもなく、強いていうならこのガーゼの匂いがワタシに春を思い起こさせる。

小さい頃はもっと花粉症がひどく、こすり尽くした朝には目を開けるのも困難なほどに目やにがまつ毛とまつ毛をつなぎ、まばゆい光の中を盲目にふらつきながら洗面所にいき、蛇口をひねり、目やにを水でゆっくり溶かすのが日課だった。だから、わたしは風邪をひき、マスクをつけると、胸の奥がきゅうんと締め付けられるのだ。

春は何故だか、死んだ人を思い出す。充血した目を瞑(つむ)り、もう会えなくなった人のことをこめかみの奥に思う。生きていると、どんどんとその数が増えていく。そのたびに特別な記念日は増えていく。そのうち、365日、全てが祝日のようになるから、じいさんになるのが楽しみだ。

 

 

向こう側という世界があったら花粉は飛んでいるのだろうか? 聞きたいことは山ほどあるが、コミュニケーションをとる方法がなかなかない。三途の川にはマスクは持ち込めるのだろうか? 顔認証と言われ、マスクを外すことを命じられ、川の真ん中を吹き抜ける春一番にくしゃみをしながら、長い髪は乱れ、投げ出される。目を閉じる。生きてきた時間を思い出しながら、船の上で目を閉じている。その時思い出すのはどんな景色だろうか?

名前のない日を今日も過ごした。誰のことも幸せにできず、誰の優しさにもなれず、死へと着実に向かっている。体の細胞が呼吸するたびにわたしは思い出に向かっていく。いつか思い出す日でも今日のことなどきっと思い出さないだろう。眠る前ですら思い出せないのだから。だけど、今日という日はあった。

最近ソロのライブで二度ほど倒れた。先月の京都CLUB METROと3、4日前の名古屋HUCK FINNでの弾き語りのライブ。栄養不足か、準備運動もなく、家にいる時のローな自分のままで歌い出したせいか、叫んだ後にぷっつりと線が切れたようにブラックアウトして、意識が飛んでしまう。演出かと思ったと後で言われたりもしたが、絶叫の途中、地面に横たわるわたしはあまりに恥ずかしく情けない。そもそも、そんなに器用にできないことくらいわかるだろう。

真っ黒な視界の中では、自分が倒れている状況を理解するまでに数秒かかる。クラシックギターは放り出されているため、無音。異常な静けさがフロアを埋め尽くす。それは不思議な空気としか言いようがなく、起き上がるわたしは照れているのもあって半笑いになって取り繕うが、当然空気というやつはどうにもならない。

暗闇は後の後まで余韻のように胸に一筋の影を残す。影の部分は日が当たらないからひんやり冷たく、わたしはその思考の輪郭を指で触れるほどにくっきりと触ることができた。

物理的に身体が思った通りに動かない経験の中で、わたしは肉体と精神の乖離(かいり)をより感じるようになった。30年近くキャリアを積んだにも関わらず、いまだにうまくこの身体を操縦できていない。いや、むしろ下手になっているんじゃないだろうか。そうやっていつか、肉体を手放す日が来るのだろう。身体中を傷だらけにしながら、四肢の節々を痛めつけながら、わたしはこの肉体が壊れるまで使い続ける。

3/11 黙祷する。何もない日がどれほど尊いか、沈黙の中で考える。わたしはすぐに忘れてしまうから、今日は長く目を瞑った。それでもやっぱり忘れて、またなんでもないことで悩んだりしながら、ため息をついたりするのだろう。

DOMMUNEでは親交を深めている友人たちのトークに混ざってライブをした。人の縁は面白い。リールに巻かれる糸のごとく、いるべき場所にすごい速度で吸い込まれていく部分はわたしの自分でも好きなところ。

直前のコムアイが歌う前にマイクを通して丁寧に喋ったから、つられてわたしも話をした。上でも書いた、身体のことだ。理論や言説は肉体を持てない。どうしても肉体や温度を持ち込めずに構造は会議室の中で組み上がっていく。わたしはせめてこの日くらいは自分でいたかった。ずいぶんとでたらめなライブに見えたかもしれないが、精一杯わたしはわたしをやった気がする。

わたしはそれでも忘れてしまう。だから何度でもやらなければいけない。悲しいことも悔しいこともバカだからしっかり忘れて、また信じて、また傷ついてしまう。毎回、毎回が初めてのことのように何度でも最初から悲しくなる。辺野古のこと、思い返してもひたすら悲しく、人間の業の深さにただ悲しくなっているわたしは、現代社会のでたらめを生きるには初心者すぎるのかもしれない。それでもきっとまた人のことを信じてしまう。

「生きたい」

いつか、ただそうとだけ繰り返す機械のようになって、プロペラも回らず、肩には草が生えて飛ぶことも戦うことも忘れた戦闘機のように、いつかの風景になる。その日までは飛んでいたい。そこに空がなくても。わたしはまだ飛べる。

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眩しがりやが見た光

GEZAN・マヒトの見た、光、幸福、人生。

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マヒトゥ・ザ・ピーポー

2009年 バンドGEZANを大阪にて結成。
作詞作曲をおこないボーカルとして音楽活動開始。
2011年、「沈黙の次に美しい日々」をリリース。全国流通前にして「ele-king」や「studio voice」誌などをはじめ各所でソロアーティストとしてインタビューが掲載されるなど注目が集まる。
2014年には青葉市子とのユニットNUUAMMを結成し、アルバムを発売する。
2015年にはpeepowという別名義でラップアルバム Delete CIPYをK-BOMBらと共に制作、BLACK SMOKER recordsにてリリース。
CMや映画の劇伴音楽を手がける他、国内外のアーティストを自身のレーベル、十三月の甲虫でリリースしたり、野外フェスである全感覚祭を主催。
また中国の写真家Ren Hangのモデルをつとめたりとボーダーをまたいだ自由なスタンスで活動している。

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