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朝日新聞記者の将棋の日々

2019.06.04 更新

「将棋を一生懸命楽しむ」――最強女流・里見香奈女流四冠が藤井聡太七段と共に戦った「奨励会」退会後に歩む新たな道村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者)

里見女流四冠が西山朋佳女王に挑んだマイナビ女子オープン五番勝負、第4局の感想戦。(村瀬信也 撮影)


ありふれた練習将棋の風景にもかかわらず、2人の姿が今も脳裏に焼き付いている。

2017年6月21日。取材を終えて、関西将棋会館の3階にある棋士室に入ると、里見香奈・現女流四冠が畠山鎮七段と将棋を指していた。室内には、駒音と対局時計の電子音だけが響いていた。
 

 

将棋会館ではこの日、当時四段の藤井聡太七段が歴代1位タイとなる公式戦28連勝を達成していた。師匠の杉本昌隆・現八段も駆けつけた記者会見は、将棋ブームを象徴する一場面だった。だが、里見の姿を見た私は、あることに気づく。「1年前、里見さんと藤井四段は同じ三段リーグ戦で戦っていたんだよな」
 

里見は女流棋士として活躍する一方、棋士養成機関「奨励会」の三段として奮闘していた。この日も里見にとっては、他の日と同じ地道な鍛錬を重ねる一日だった。黙々と将棋盤に向かうその姿は、瞬く間に将棋界の新たなスターとなった藤井とは対照的に見えた。
 

練習将棋が一段落した里見は、目を丸くしてこう言った。

「すごい人の数ですね」

対局室に詰めかけた報道陣、そして建物の前に集まった老若男女のファン。里見にしてみれば、普段とは違う雰囲気を目の当たりにして、何げなく発した一言だったと思う。私がどんな言葉を返したのかは記憶がない。
 

「どうして女性の棋士がいないんですか?」

将棋の取材をしていると、時々そう尋ねられる。頭を使うゲームなのだから、女性のハンディは本来ないはずだ。しかし、将棋に取り組む環境が男女で違うためなのか、奨励会を卒業して棋士の座をつかんだ女性はまだいない。
 

里見は女流棋士になった後、19歳で奨励会に入った。きっと「人一倍の努力をしなければ、プロにはなれない」と考えたことだろう。だが、ようやくたどり着いた三段リーグ戦では、苦しい戦いを強いられた。成績上位2人に入ればプロになれるが、1期目は5勝13敗。藤井も参加した2期目は7勝11敗だった。その後も勝ち越しはならず、2018年3月、年齢制限に伴って、退会が決まった。
 

奨励会は棋士を目指す若者たちがしのぎを削る場だ。厳しい戦いの末に晴れて棋士になれるのは、2割ほどしかいない。死にものぐるいの努力を重ねる相手に勝つには、自分も死にものぐるいの努力をするしかない。
 

里見の不断の努力は、周囲の棋士が驚くほどだった。私はある時、里見の将棋への姿勢について畠山に聞いたことがある。「里見さんに『将棋を教えて欲しい』と頼まれて、将棋を指すようになりました。指していて、『ここまで研究しているのか』と怖さを感じることさえあります」。奨励会幹事時代、厳しい指導で知られた畠山は感心した様子で、そう語った。棋士室で将棋盤を挟んでいた2人の姿が思い浮かんだ。
 

奨励会を去り、新たなスタートを切った里見は快進撃を見せた。女流棋戦で勝ちまくり、公式戦で男性の棋士を次々と破る快挙を果たしたが、実力を考えれば、うなずける結果だったと言える。私は、新たなステージで活躍する里見に話を聞きたいと思うようになった。
 

昨年12月、その機会が訪れた。4連覇を果たした女流王将戦の就位式。紫色の鮮やかな和服に身を包んだ里見を、多くの棋士や関係者らが祝福した。

「ご歓談」の時間になり、私は里見の元に歩み寄った。触れていいのかどうか少し迷ったが、「奨励会の頃と今とでは、どう心境が違うのか」と尋ねた。里見はこう答えた。
 

「前より伸び伸びとした気持ちで対局に臨めているかな、と思います。今は自分の好きな手を指して、将棋を一生懸命楽しみたいです」
 

里見のモットーは「好きな道なら楽しく歩け」である。だが、結果だけが求められる奨励会時代、「将棋が楽しい」と感じる時間はどれだけあったのだろう。活躍が目覚ましい理由は、単に将棋の技術的な強さがあるだけではない。里見の笑顔は、そのことを物語っていた。

第40期女流王将就位式では、晴れやかな笑顔を見せた。(村瀬信也 撮影)


里見の戦いは続いている。5月22日には、東京・将棋会館で行われたマイナビ女子オープン五番勝負第4局の舞台に立った。この日は、現在、奨励会でただ1人の女性の三段である西山朋佳女王に惜しくも敗れたが、女流王位戦ではタイトル奪取まであと1勝と迫っている。27歳の里見は、自分を信じて、誰も足を踏み入れたことのない荒野を歩み続ける。

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