私たちは、生まれたばかりの赤ちゃんが「誰を親だと認識しているのか」を当たり前のように知っていると思っています。
でも実は、鳥のように「最初に目にしたものを親と決めつける刷り込み」が起きているのか、それとも生まれつき実の親を見分ける本能があるのかは、長年の大きな謎でした。
今回は、カモの刷り込みから禁断のサル実験まで、赤ちゃんが親の顔を覚える「本能と刷り込み」の謎に迫ります。
「刷り込み」は人間にも起きる?
カモのヒナと赤ちゃんの「親を求める本能」
この連載では、赤ちゃんが生まれつき人の顔に興味があることを繰り返しお話ししましたが、今回は、赤ちゃんの顔好きを進化的に深掘りしようと思います。
カルガモの親鳥がたくさんのヒナを従えて歩いている様子を見たことはあるでしょうか。カモのヒナには、生まれて最初に見たものについていく「インプリンティング(刷り込み)」という仕組みがあります。鳥のインプリンティングと赤ちゃんの顔を好む行動は、生まれつきの絆という点で共通しています。

カモは離巣性の鳥で、その名の通り、ヒナが孵るとすぐ巣を離れます。街中で見かけるツバメやカラスは、卵から孵ったヒナを巣の中で育てますが、離巣性のカモやニワトリのヒナは卵から孵ってすぐに、親の後を歩いて餌をついばみます。子育てのコストは少ないですが、生まれたばかりの小さなヒナが親を取り違えるリスクがあります。そこで離巣性の生物には(カモやニワトリ、ヒツジも離巣性です)、生まれて最初に見る対象を母親と決定するインプリンティングが備わっているのです。
インプリンティングは優れた仕組みですが、たまたま最初に出会った相手が母親でなかったら、母親とすり替わってしまうのでしょうか? 全く違う親にすり替えられることもあるのでしょうか? たとえばカッコウがホオジロやモズに、ホトトギスがウグイスに、自分のヒナを育てさせる托卵(たくらん)がありますが、そんな種を超えた親のすり替えもあるのでしょうか? 人の赤ちゃんも、出産に立ち会った医師や助産師を親だと思い込んでしまったら大変という笑い話もありましたが、それこそ種の存続にかかわる大問題です。インプリンティングは、氏か育ちかを考えるうえで大切な現象です。
実は人間世界でも、異種の動物の親に育てられる伝承があります。「オオカミに育てられた子」のエピソードは特に多く、ローマの建国者とされる双子がオオカミの乳を飲んで育った話があります。オオカミの乳を飲む双子の赤ちゃんの姿は、紀元前269年のローマ貨幣にも描かれています。19世紀のフランス・アヴェロンで見つかった「野生児」記録は今も読み継がれていますが、真偽のほどは定かではありません。
育ての親か、生みの親か?
現代ではできないサル同士の「母子交換実験」が明かす顔認識の秘密
インプリンティングを深掘りしてみましょう。発見したのはノーベル生理学・医学賞を受賞した動物行動学者コンラート・ローレンツです。彼はハイイロガンのヒナを親代わりに育て、ヒナと一緒に泳ぎ、走り、飛ぶ練習にもつき合いました。このように、発見された当初から、インプリンティングでは異種の親でも成立することが示されているのです。
インプリンティングの仕組みを探る実験も行われ、その結果、カモの場合も生まれた直後ではなく、生後13時間から16時間ほど経ってからの学習が重要でした。いちばん最初に見たものが、そのまま母と刷り込まれるわけではないのです。さらに生後20時間までならば、本来とかけ離れたものを親とみなす学習をリセットできることもわかったのです。また、カモの場合は「首のカーブの形状」が、人の赤ちゃんにとっての「目口の並びを顔とみなすトップヘビー」と同じように、親を把握する生まれついての鋳型(サイン)であることも示されました。
人に近いサルを対象に、人工的に異種間で母子交換を行った研究が1990年に報告されています。現代では不可能な実験です。ニホンザルの赤ちゃんをアカゲザルの母親に、アカゲザルの赤ちゃんをニホンザルの母親に育てさせたのです。ちなみにニホンザルとアカゲザルは、シマウマとウマ程度の違いで、交配も可能な種です。
それぞれの母親に育てられた後、育て親の種である他種の顔と、生みの親である自種の顔、どちらを好むのかを調べました。普通に育っていたら、自分の母親の属する自種の顔を好みます。それが他種の親に育てられたら、インプリンティングの場合のように、顔の好みは育ての母の種へとすり替わるのでしょうか。
実験の結果は複雑で、ニホンザルとアカゲザルとで、結果が異なったのです。ニホンザルは、育て親の種であるアカゲザルの顔を好み、顔の好みが育ての母へとすり替わったのです。一方のアカゲザルは、見たことがないはずの、生みの親の種であるアカゲザルの顔を好んでいたのです。つまり、ニホンザルは育ての親の影響を大きく受けた一方で、アカゲザルは育て親の影響を受けなかったのです。
近い種であるはずのアカゲザルとニホンザルで、どうしてこのような違いが生じたのでしょう。研究を実施した藤田和生氏によれば、ニホンザルとアカゲザルの生存環境の違いによるそうです。ニホンザルが暮らす当時の日本では、ニホンザル以外の野生のサルの種は生息していませんでした(今ではタイワンザルが増えていますが)。一方のアカゲザルは他種と接触する地域に育っているため、他種との交雑の危険を避けて種を維持するために、自種をしっかり認識する必要があるようです。そのため、アカゲザルは自種の姿かたちを生まれつき認識する機構を持っているのかもしれません。
いずれにせよ、こんな近い種の間で、母親のすり替わりの影響の受け方が違っていたことは驚きでした。顔を通じた親の学習は、その種の維持に直結しているということです。子育ての中で、生物としての人の特性を考えてみてはいかがでしょうか。
<もっと赤ちゃん研究について知りたい方へ>
赤ちゃんは何を見て、何を感じ、どのように世界を理解しているのでしょうか。
こうした赤ちゃんの発達について、山口真美先生の研究室をはじめ、さまざまな研究機関で日々研究が行われています。
研究内容に興味を持たれた方や、研究への参加を検討されている方は、ぜひ以下もご覧ください。
◆中央大学 山口真美研究室
赤ちゃんの視覚発達や認知発達について研究を行っている山口真美先生の研究室です。
◆中央大学多摩キャンパス 赤ちゃん研究員募集
山口研究室では、生後2~8か月頃のお子さまと保護者の方にご協力いただく研究を実施しています。ご出産前からの登録も可能です。
◆一橋大学こども発達ラボ 参加登録フォーム
一橋大学こども発達ラボでは、0~10歳のお子さまを対象とした発達研究への参加者を募集しています。
◆立教大学白井研究室
立教大学白井研究室では、赤ちゃん〜おとな・高齢者まで、幅広い年代にまたがって視覚発達研究をしています。
ぜひご家族お揃いでご参加ください。
赤ちゃんは何を見ているのか

- バックナンバー
-
- 現代ではNGなサルの「母子交換実験」の結...
- 言葉の発達を促す「共同注意」とは? 赤ち...
- 1.5秒のショート動画で記憶力が3倍に!...
- 生後7〜8か月の赤ちゃんは「ニセの影」を...
- 生後3か月の赤ちゃんにだけ見える光の秘密...
- 東京タワー145mのガラス床は赤ちゃんも...
- 影を見るだけでボールだとわかる? 赤ちゃ...
- ないはずの四角が見える!? 赤ちゃんがト...
- なぜ赤ちゃんは日本人の顔がわかるようにな...
- 人見知りはなぜ起きる?——赤ちゃんの“顔...
- 赤ちゃんはなぜ、「いないいないばあ」が好...
- 視線が合うと安心する?赤ちゃんにとって、...
- 赤ちゃんは色をどう見ている?——言葉がな...
- 赤ちゃんの記憶はどこまでさかのぼれる?“...
- 赤ちゃんは“やさしい色”が好きじゃない?...
- 【新連載】視力0.03の生まれたばかりの...















