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赤ちゃんは何を見ているのか

2026.07.03 公開 ポスト

ないはずの四角が見える!? 赤ちゃんがトリックアートに夢中になる理由山口真美(中央大学・文学部心理学研究室)

トリックアートを見ると、思わず「えっ?」と立ち止まってしまいますよね。
「騙されないぞ」と思っていても、ないはずのものが見えたり、動いていないものが動いて見えたり……。
実は赤ちゃんは、大人以上にこうした不思議な見え方に惹かれることがわかっています。
今回は、錯視(さくし)をテーマに、赤ちゃんが見ている世界をのぞいてみましょう。

*    *    *

これまでの話から、赤ちゃんはコントラストのはっきりした色と新しいものが好きということがわかりました。今回は、赤ちゃんの好みをさらに深掘りしてみます。

(写真:iStock.com/ WONG SZE FEI)
 

赤ちゃん実験を開発したファンツは、赤ちゃんが好む図のリストを作っています。私たちの研究室は赤ちゃんの好みを進化させ、実在する図だけではなく、実在しないけれど目に見える図への好みを示す実験に成功しました。

言葉にすると少々怪しくも聞こえますが、それは錯視と言います。
例えば、
【なにもないところに見える四角形】
【同じ大きさのはずなのに大きく見える丸】
【動かないはずなのに動く図】

こうした錯視を赤ちゃんは好みます。つまり赤ちゃんはトリックアートが大好きで、大人よりもずっと素直に喜ぶのです。

順番に説明していきましょう。
まずは、赤ちゃんの好む図の傾向から見ていきます。図1にあるのは、赤ちゃん実験で使われたペアのイメージ図です。赤ちゃんがより好んだ方を左に並べています。赤ちゃんの目の前にこれらの図のペアを見せると、ちゃんと左右を確認して好みの方を選んで注目します。その結果、コントラストがはっきりしているもの、大きいもの、数が多いもの、曲がっている図形を好むことがわかりました。

図1 新生児の図のパタンによる好み(参考:Fantz & Yeh, 1979)

ファンツたちは、生後1ヶ月~5ヶ月に至る好みの変化も調べていて、発達につれて好みが消失する図もあれば、大きくなってから好まれる図もありました。

例えば、「大きなもの」を好む傾向は2カ月までは強かったのに、3ヶ月頃には失われます。生後すぐに見られる「整った図」への好みも3ヶ月頃にはなくなり、むしろ「乱雑な図」への好みに変わります。さらに2ヶ月後半から3ヶ月にかけて、「立体感」をあらわす陰影のある図への好みが上昇します。赤ちゃんの大好きなキャラクターや玩具の中にもこうした特徴が隠されているので、探してみると面白いでしょう。

こうした好みは、存在しないけれど目に見える、錯視にも通じるのです。「主観的輪郭」と呼ばれる錯視を示す図から説明しましょう。

図2 主観的輪郭の例

これは、私たちの研究室が始まった2000年から追い続けてきた図です。左側の図では、パックマンのように一部が欠けた四つの円の中心に、大きな四角形を見ることができます。

少々ややこしいですが、“存在しないけれど目には見える(錯視)”を説明しましょう。主観的輪郭で見える四角形の輪郭線は、パックマンの部分だけで、ほんの一部です。にもかかわらず、存在しない輪郭線を頭の中で描いて四角形を見ることができます。それこそが、“主観的”(存在しないけれども頭の中で見える)輪郭です。この四角形が、存在しないけれども目に見える錯視です。

生後3カ月の赤ちゃんは、主観的輪郭の四角形が見える図が好きでした。パックマンをひっくり返した図(図2の右側)と並べると、主観的輪郭の四角形が見える図だけを好むのです。赤ちゃんが好む理由は、ファンツの好みのリストにあるように、「大きな」主観的輪郭の四角形が好きだからです。しかも主観的輪郭の四角形には、パックマンの手前に四角形が見えるという、赤ちゃんの好む「立体感」もあるのです。

錯視で「大きく」見えるものを好む赤ちゃんの性質は、「エビングハウス錯視」にもみられます。この錯視では、左右で同じはずの真ん中にある円が、左は大きく、右は小さく見えます。(図3)

図3 エビングハウス錯視

大きな円に囲まれた真ん中の円は小さく見え、小さな円に囲まれた真ん中の円は大きく見えます。この錯視図形を赤ちゃんに見せると、生後7カ月の赤ちゃんは、実際には同じ大きさなのに大きく見える方の円をより好んで見つめました。
さらに、生後3カ月の赤ちゃんでも、真ん中の円を点滅させて目立たせると、同じ傾向が見られたのです。

実はこのエビングハウス錯視は、私が監修をした赤ちゃん絵本『いっしょにみるこちゃん』にも登場しています。

図4 『いっしょにみるこちゃん』p88~89より

「どっちのりんごがおおきいかな?」
一見すると違って見えますが、周りのみかんの大きさによってそう感じているだけで、中心のりんごは同じ大きさなのです。
赤ちゃんは、こうした不思議な見え方を楽しみながら世界を学んでいるのかもしれません。

そして、最後にご紹介するのは「動いて見える錯視」です。
錯視研究で知られる立命館大学・北岡明佳氏の「蛇の回転錯視」をもとに、赤ちゃんのための実験図が作られました(図5)。

図5 錯視図形(蛇の回転錯視)
Kanazawa, S., Kitaoka, A., & Yamaguchi, M. K. (2013). Infants see the illusory motion in the static figure. Perception, 42(8), 828-834.

どちらも静止画ですが、左はぐるぐると回って見えます。一方、右はほぼ同じ模様でも、回っては見えません。
実は、違いは色の並び方だけ。ところが、その違いだけで動きの錯視は消えてしまいます。このペアを赤ちゃんに見せると、生後六ヶ月の赤ちゃんは、動いて見える方をより好んで見つめたのです。

ここまで見てきたように、赤ちゃんには思わず見入ってしまう図形の特徴があるのです。
大きく見えるもの、立体的に見えるもの、動いているもの、より複雑なものを赤ちゃんが好むのは、発達途中の目や脳を刺激し、さらなる発達を促します。

胎外に出て光の刺激を受けてから発達する、視覚を支える脳の視覚野は、生後8ヶ月までに劇的に発達していきます。

こうして考えてみると赤ちゃんは、見た目の情報量が多いものを好むようです。存在しないのに見える錯視は、情報を水増ししているともいえるでしょう。北岡氏は「美しいものには錯視が隠れている」といいますが、錯視は、赤ちゃんの目や脳が世界を学ぶための大切な入り口だったのですね。

 

*  *  *

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山口真美 中央大学・文学部心理学研究室

山口 真美(やまぐち まさみ)
中央大学文学部心理学研究室教授。日本赤ちゃん学会理事長。専門は認知心理学、とくに乳児の視覚研究。著書に『赤ちゃんは世界をどう見ているのか』(平凡社)、『赤ちゃんは顔をよむ』『あかちゃん研究からうまれた絵本 かお かお ばあ』(共にKADOKAWA)などがあるほか、あかちゃん向け絵本の監修も多数。

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