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赤ちゃんは何を見ているのか

2026.08.14 公開 ポスト

生後3か月の赤ちゃんにだけ見える光の秘密 大人と赤ちゃんの“見え方”の違い山口真美(中央大学・文学部心理学研究室)

私たちは、目に映る世界を安定した色や形として、当たり前のように見ています。

でも実は、その安定した見え方は、生まれたばかりの赤ちゃんにはまだ備わっていません。

同じ灰色が違って見えたり、大人が気づかない光の変化に気づいたり——赤ちゃんは、私たちとは対照的な“ありのままの世界”を見ているのです。

今回は、大人の目が騙される錯視のカラクリと、赤ちゃんだけが持つ特殊な視覚世界「前恒常性」の謎に迫ります。

 

大人と赤ちゃんで答えが逆になる不思議な実験

これまでの連載にもあるように、赤ちゃんは、私たち大人とは異なる世界を見ています。筆者の研究室の実験でわかった、赤ちゃんと大人の視覚世界の違いを見ていきましょう。

次の図をご覧ください。AとB、どちらのポットの変化がわかりやすいでしょうか?

Yang, J., Kanazawa, S., Yamaguchi, M. K., & Motoyoshi, I. (2015). Pre-constancy vision in infants. Current Biology, 25(24), 3209-3212.

大人の目からすると、Bのポットの変化の方がわかりやすく見えることでしょう。光沢感のあるポットとないポット、素材や質感の違う別のポットに変わるからです。

一方の左のポットは、同じポットを違う角度から撮影したもので、照明の映り込みが変わっているだけです。映像制作の仕事でもしていない限り、ハイライトの位置の微妙な変化に気づくことは難しいと思います。

しかし生後3~4か月の赤ちゃんの見方は大人とは対照的に、右の2つのポットが変わることにはまったく気づかず、左の照明の変化に気づくのです。

大人は物をありのまま見られない 脳に備わっていく「恒常性」

この赤ちゃんと大人の見方の違いは、「恒常性」にあります。大人は世界を安定して知覚できるように「恒常性(Constancy)」を持つのです。

その例として次の図を見てみましょう。ABCD(abcd)の4つはそれぞれ違った明るさの灰色に見えます。これが恒常性を持った脳が作り出す錯視です。

錯視図形 北岡明佳氏作成

試しにそれぞれのキューブの周りを手で隠して、ひとつひとつ確認してみると、同じ灰色であることがわかります。仕掛けは背景にあります。手前が明るく、奥にいくほど暗くなるグラデーションが描きこまれています。照明の変化に従い明るさは変わる、という前提で脳は対象を見るため、同じ灰色が違って見えるのです。すなわちこれが、明るさの恒常性です。

この図には、もうひとつの恒常性が隠されています。それは手前のキューブの方が小さく見えることにあります。実際のところ、すべてのキューブは同じ大きさに描かれているのですが、この絵に描かれた遠近感のため、距離によって違う大きさに見える、大きさの恒常性が働くのです。

つまり、恒常性を持った大人は、目に入ったありのままの色と大きさで対象を見ることができないのです。

生後3~4か月の赤ちゃんは、大人に見えない光の変化が見える

大人の場合、2つのポットの区別が優先され、照明の変化は無視されるのです。

赤ちゃんの場合は、どうでしょうか?

複雑に変化する映像を好むという赤ちゃんの性質を利用して、実験を行いました。2枚の画像が交互に点滅して変わる映像を左右に並べ、どちらを好むかを調べたのです。

実験に使われた画像(一部)

一方の側には、光沢感の違う2つのカタツムリが点滅して変わる映像か、照明の映り込みの違う2つのカタツムリが点滅して変わる映像を映しました。もう一方の側には、同じ1枚のカタツムリの画像が2度点滅する映像を映しました。

変化を好む赤ちゃんは、2つの映像の違いが見えて変わったことに気づいたら、そちらに注目するはずです。

赤ちゃんは大人が思いもしない特徴に引きずられる可能性もあるので、コンピュータグラフィックスで光沢感と照明だけが変わる画像を作り出しました。

実験の結果、大人が気になる光沢感の異なるカタツムリの違いは、生後7~8か月児だけが気づきました。一方、生後3~4か月児は、大人の気づかない照明の変化に気づくことができました。そして意外なことに、この中間にある生後5~6か月児は、どちらの変化にも気づけなかったのです。

さらに衝撃的なことに、カタツムリの光沢感と照明をともに変化させ、わかりやすくした図を作っても、生後5~6か月の赤ちゃんだけが変化に気づけなかったのです。発達途上の生後5~6か月児は、照明の変化も光沢感の変化もどちらも見えていないのです。

実は発達の途上で、新たな機能を獲得するために、古い機能を失い、その間が空白となるU字型の発達が知られています。なお、この結果が赤ちゃんの視力の低さによるものではないことを確かめる実験も行われたことも付け加えておきましょう。

この実験から、生後7か月になるまで赤ちゃんは恒常性を持たない「前恒常性」の世界で生きていることがわかりました。しかも生後3~4か月の赤ちゃんは、大人が気づかないような照明による光の変化に気づくという、特殊な視覚世界を持つことがわかったのです。

私たちの脳も持っていた高度な「手振れ補正」の仕組み

恒常性は、この世界で適応的に生存するために必要な仕組みです。

地球上の動物はこの世界を自由に動き回るため、目に飛び込む世界はダイナミックに変化し続けます。もし目に入った映像を時々刻々とそのままとらえるとしたら、絶え間なくガタガタと揺れ動く世界に酔ってしまうことでしょう。

しかし、そのようなことにはなりません。カメラの手振れ補正のようなものが働いているからです。歩きながら動画を撮影した際に、歩行の揺れが収録されないようにする仕組みです。私たち大人の脳は、もっと複雑な補正機能を持っているのです。それが「恒常性」です。

私たち大人は、ありのままに外界を見るわけではないのです。逆に言えば「前恒常性」にある赤ちゃんは、大人とは異なり、変化に富んだ不思議な世界を見ているとも考えられるでしょう。

<もっと赤ちゃん研究について知りたい方へ>

赤ちゃんは何を見て、何を感じ、どのように世界を理解しているのでしょうか。
こうした赤ちゃんの発達について、山口真美先生の研究室をはじめ、さまざまな研究機関で日々研究が行われています。
研究内容に興味を持たれた方や、研究への参加を検討されている方は、ぜひ以下もご覧ください。

中央大学 山口真美研究室
赤ちゃんの視覚発達や認知発達について研究を行っている山口真美先生の研究室です。

中央大学多摩キャンパス 赤ちゃん研究員募集
山口研究室では、生後2~8か月頃のお子さまと保護者の方にご協力いただく研究を実施しています。ご出産前からの登録も可能です。

一橋大学こども発達ラボ 参加登録フォーム
一橋大学こども発達ラボでは、0~10歳のお子さまを対象とした発達研究への参加者を募集しています。

立教大学白井研究室
立教大学白井研究室では、赤ちゃん〜おとな・高齢者まで、幅広い年代にまたがって視覚発達研究をしています。
ぜひご家族お揃いでご参加ください。

関連書籍

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山口真美 中央大学・文学部心理学研究室

山口 真美(やまぐち まさみ)
中央大学文学部心理学研究室教授。日本赤ちゃん学会理事長。専門は認知心理学、とくに乳児の視覚研究。著書に『赤ちゃんは世界をどう見ているのか』(平凡社)、『赤ちゃんは顔をよむ』『あかちゃん研究からうまれた絵本 かお かお ばあ』(共にKADOKAWA)などがあるほか、あかちゃん向け絵本の監修も多数。

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