私たちは、目の前の世界を当たり前のように「立体」として見ています。
でも実は、生まれたばかりの赤ちゃんの場合、そのように見る能力がまだ十分に発達していません。
影のつき方や光の向き、そして左右の目から入るわずかな情報を手がかりに、赤ちゃんは少しずつ“三次元の世界”を学んでいきます。
今回は、ヒヨコの実験や最新の赤ちゃん研究から、遠近感や立体感が分かるようになるしくみをのぞいてみましょう。
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人をはじめとして、私たちがよく知る動物の多くは目が二つです。それはなぜでしょう。
目に入る映像は左右で微妙にずれていて、この違いから遠近感を感じています。
遠近感や立体感は、ライオンやトラがハンターとして獲物までの距離を測って攻撃するため、あるいは、シマウマやガゼルがハンターを察知して逃げ延びるために必須です。つまり、これらの動物の目が二つである理由は、この地球の3次元世界で生きぬくためなのです。
二つの目で立体を見ることは、両眼立体視と呼ばれます。3DシアターやVRでは、この両眼立体視を人工的に作っています。映像を見るために装着するゴーグルがその仕掛けで、左右にずれた映像が入るように設計されているのです。ゴーグルを着けたとたんに、目の前の映像が飛び出す立体感を味わえます。そしてこっそりメガネを外してみると、二重にぶれた画像が見える舞台裏を体験できます。
生まれたばかりの赤ちゃんに、この3Dメガネを着けた実験が行われています。3Dシアターが盛り上がるよりずっと以前の1986年の実験では、立体に見える画像と見えない画像を見せて赤ちゃんの脳活動を測りました。すると早くて生後2ヶ月、平均すると生後3ヶ月以降で、両眼立体視に対する脳活動が見られました。この実験から、赤ちゃんでも両眼立体視ができることがわかったのです。さらに立体感について深掘りしていきましょう。
3次元の空間は、遠近感と立体感で表現されています。典型的なものは図にあるように、巧みに影で立体感を表現しています。
日頃、赤ちゃんに触れる人は、日常を3次元世界の視点から観察してみてください。たとえば3次元世界は、遠い近いだけでなくて、厚みをもっています。ペラペラの2次元平面の人間や犬が、2次元の景色の前で動き回っていたら、なんと気持ちが悪いことでしょう。
この立体感は、天上から太陽の光を浴びる地球環境と切り離せない関係にあります。地球上では、光は頭上から届き、影は足下につきます。絵を描く人ならば、立体感を影で表現することを直感的に理解していることでしょう。メイクをする女性も効果的なシャドウの使い方を把握していますが、それは立体感の作り方につながるものです。ものを見るときも、この影の法則を利用しているのです。
こちらの図をじっくりと観察してみましょう。
この図はでっぱりとへこみを表現しています。それぞれを上下逆転すると、でっぱりとへこみの見え方も逆転するのが、重要なポイントです。「光は上から影は下に」の法則が逆転したからです。
天から光を受けるという経験がなかったら、世界は違って見えるか? を調べる実験が1950年に行われました。さすがに人ではできませんので、生まれたばかりのヒヨコを対象に、特殊な環境で育てたのです。
生まれたてのヒヨコをそのまま箱の中に入れ、人工照明だけを使って二つの異なる環境で飼育しました。
①地球と同じで上から照明が当たる環境
②地球とは真逆の下から照明が当たる環境
こうして育てた後、ヒヨコたちに先ほどの図を見せて、どちらをでっぱっていると感じてつつくかを調べました。ヒヨコは、興味をもったものをくちばしでつつきます。そのため実験では、「どちらをつついたか」を見ることで、どちらをでっぱっていると感じたかを調べるのです。
一方、人の赤ちゃんはつつくことはできませんから、興味をもったものに手を伸ばす行動を利用して、ヒヨコと同じような実験が行われています。この実験のポイントは、でっぱった方を逆さにすると、へこんで見えることでした。真逆の下からの照明で育ったヒヨコでは、このでこぼこの感じ方も逆転するはずです。
実験の結果は、予測通りでした。
地球環境と同じ、上からの光で育ったヒヨコは、影が下にある方をでっぱりと感じてつつきました。一方、地球環境と真逆、下からの光で育てられたヒヨコは、影が上にある方(へこんで見える方)をでっぱりと感じてつついたのです。
立体を見る影の法則は、地球環境の経験によって作られるということです。ヒヨコの実験はたいへん興味深い結果でしたが、人ではどうでしょう——。
人はヒヨコのように、生まれてすぐに歩き出すことはできません。寝てばかりいる赤ちゃんには、上下という実感が少ないはず。そうなると、赤ちゃんは動き回るまでは、影がなんたるかをわからないのでしょうか?
実は私たちの予想よりも早く、ハイハイや寝返りができる前の生後4ヶ月頃から赤ちゃんは、先の図にある影のでこぼこを感じることができたのです。この能力をさらに深掘りすべく、実験が行われました。図3のように、でっぱって見える図(左側)を90度倒した図を使いました。向きを変えたら影の上下がなくなるので、でっぱりもへこみもなくなります。
でこぼこが見えなくなることこそが、「光は上から影は下に」の地球環境の法則で立体を見ている証拠です。実験の結果はその通り、赤ちゃんは図を縦にすると、でこぼこがわからなくなったのです。
実際に赤ちゃんでも、ヒヨコの実験と同じ考え方で調べられていて、赤ちゃんは、ボールのようにふくらんだものを見ると、自然と手を伸ばそうとします。
そこで影のでこぼこの図を見せたところ、生後7カ月の赤ちゃんは、でっぱって見える方へ手を伸ばしたのです。まさしく赤ちゃんも、影からボールのようなでっぱりを感じ取っていたと言えるでしょう。
そして、最後にご紹介するのは、私の研究室でたくさんの立体図形をCGで作ったものの例です。立体表現は実に多様です。
大人であれば、表現は違ってもチーズケーキのような形(左側)とロケットのような形(右側)として、でっぱりとへこみの形を把握できますが、赤ちゃんはどうでしょうか?
縞や線、影といった立体を表現するものの違いが気になって、3次元の形を捉えきれないかもしれませんよね。そこで実験をしてみると、生後6ヶ月頃には、表現の違いを無視して立体の形を捉えることがわかりました。
3次元世界の理解は実に奥深いですよね。
赤ちゃんは、光や影、ものの形を手がかりに、少しずつ立体の世界を学んでいます。
そんな赤ちゃんの“見る世界”を知ることが、子どもの成長を見つめる楽しさにつながればうれしく思います。
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