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赤ちゃんは何を見ているのか

2026.06.19 公開 ポスト

なぜ赤ちゃんは日本人の顔がわかるようになるの?——マスク社会が教えてくれたこと山口真美(中央大学・文学部心理学研究室)

赤ちゃんは、顔を見分けるのが得意です。
けれど、その見方は生まれつき決まっているわけではありません。
周囲の人との関わりの中で、顔を見るポイントを少しずつ学んでいきます。
実は、同じ月齢でも注目する顔のパーツが違うことがわかっています。
さらに、生後半年頃までの赤ちゃんは、人種の違いだけでなく、サルや羊の顔まで見分けられるという驚きの能力を持っています。
赤ちゃんはどのようにして、自分が生きる世界の「顔」を学んでいくのでしょうか。
今回は、マスク社会から見えてきた“顔を見る力”の発達についてお話しします。

*    *    *

日本人はマスクが好きで、人前でもマスクをします。日本では、人前でマスクをすることに比較的抵抗が少ない一方で、欧米人は、人前でマスクをするのをよしとしない傾向があります。どうやら、マスクの好き嫌いに関しては、日本と欧米の間で特にギャップがあるようですね。

 
(写真:iStock.com/ Namira)

顔を見ることには、文化差があるのです。あなたは初対面の相手を目の前にしたとき、どこに視線を向けますか? 日本人は、目を見るのが苦手といわれています。その昔の就職活動の面接指導では、相手の目を直接見るのは失礼にあたるので、ネクタイなどに視線をずらして話すように言われていました。今では、適度にそらしながら目を見るようにと変わっています。一方の欧米では、相手の目をしっかり見つめて話します。

こうした顔を見る文化差を、視線の動きを計測する装置(アイトラッカー)で調べた実験があります。欧米人と、日本・中国・韓国などの東アジア人とで比べた結果、欧米人が見知らぬ人の顔を記憶する際には目を見るのに対し、東アジア人は目を避ける傾向がありました。顔を見る日本と欧米の間の文化差は、確実に存在するのです。

表情を見る際の文化差は、さらに特徴的です。日本と欧米の表情の見方の違いは、日本発祥の「絵文字(emoji)」から知ることができます。図1のように、日本の絵文字では、表情を目で伝えているのに対し、欧米の絵文字では、表情を口で伝えています。

図1 :顔文字にも表れる、日本と欧米の“表情の見方”の違い

こうした違いが、マスクに対する感じ方の差につながっているのかもしれません。欧米人は口元で表情を読みとるので、肝心な口元をマスクで隠されると、表情が見えにくくて不愉快に感じるのです。逆にいうと、目元で表情を読み取る日本人にとって、肝心な目元をサングラスで隠されると、なんとなく不愉快に感じます。

こうした違いの由来は、表情の作り方の文化差にあると考えられます。赤ちゃんをあやすときも、おおげさに表情を演出して声がけする欧米人に比べ、日本人は目でそっと表情を伝える傾向があるようです。

余談ですが、フランスで赤ちゃん実験の相談をしている際に、フランスでは今でも、親が赤ちゃんに子守歌を歌うのだと聞いて驚きました。日本では赤ちゃん実験に来たお母さんに、「子守歌を歌って」と頼んだとしても、やってくれないと言ったところ、とても驚かれました。赤ちゃんには音楽や動画を流して、親自身は歌わないというのが、日本人の傾向なのしょう。
話を戻すと、表情の見方の文化差も、アイトラッカーを使った実験で証明されています。東アジア人が目に注目するのに対し、欧米人は目よりも顔全体を見ようとする傾向があったのです。

私たちの実験室では、アイトラッカーを使って生後七ケ月の赤ちゃんの文化差を調べる実験を行いました。その結果、大人と同じように日本人の赤ちゃんは目元を、イギリス人の赤ちゃんは口元を注目する文化差が見られました。赤ちゃんは生まれて1年ほどで、それぞれの文化のふるまいを学ぶのです。

ところで、文化にあわせて顔認知が発達するように、音声認知も発達します。顔好きは胎児の頃からと話しましたが、胎児は、人の声にも特別な反応を示します。これは以前ご紹介した、目が上・口が下にある“顔らしい配置”に反応することとよく似ています。
さらに、生後半年ころまでの赤ちゃんは、あらゆる人種や種を超えた生き物の顔を区別する能力と、世界中のあらゆる言語を聞き取るヒアリング力を持っています。しかもこの驚くべき能力は、生後半年頃までの期間限定です。顔認知も音声認知も1歳ころを境に初期の能力を失います。

顔の場合は、大人の目からすると、同じように見えるサルの個体の区別や、羊の個体の区別を、人の個体の区別と同じように顔でできるということが分かっています。
 

生後半年ころまでの赤ちゃんは、種ごとの顔の違い見分けられる

それが1歳近くになると、サルや羊の顔を区別する能力は失われます。顔認識能力は、種を超えたものから人の顔へ、しかも身近でよく見る、身の回りにいる人種の顔の区別へと特化していくのです。

言語でいえば、英語圏の赤ちゃんは生後半年頃までなら、ヒンズー語に特徴的な母音や子音を、英語と同じように聞き分けることができます。それが生後1年近くになると、大人と同じように、聞きなれないヒンズー語の聞き取り能力を失うのです。日本人もこの頃に、RとLの発音を区別する能力を失います。
1歳近くになると、区別できる顔や音声は、育てられた文化の人へと狭まっていきます。赤ちゃんの脳は、成長するにつれて「なんでも区別できる状態」から、「自分の周りで必要なものを、より正確に見分ける状態」へと変わっていきます。この現象を「知覚的狭小化」と呼びます。
顔と言葉の認知はそれぞれ脳の異なる場所、側頭の右と左で処理されているので、連動して発達するとは驚きでした。顔と言葉の共通点があるとしたら、コミュニケーションで使われることです。自分が属するコミュニティの一員としてコミュニケーションを取るために、顔と言葉はともに学習していくと考えられるのです。

さいごに、コロナ禍でマスク生活が続いたとき、顔を学習する機会の喪失が心配でした。顔の経験を奪った動物実験や、先天性の白内障で生まれて1年弱の間、顔を見る経験のない子どもの研究があります。そこから、発達初期の顔経験の喪失が、顔を見る能力に影響を与えることがわかっています。その一方で、言葉と比べ、顔については再学習が容易と言われていて、例えばホームステイなどで異文化に触れると、顔の学習はすぐに変更されるという特性があります。

赤ちゃんは、生まれて最初の1年で、自分が生きていく世界の顔と言葉を学び始めているのですね。

 

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次回は、「赤ちゃんはトリックアートが大好き!?」というテーマでお話ししていきます。
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山口真美 中央大学・文学部心理学研究室

山口 真美(やまぐち まさみ)
中央大学文学部心理学研究室教授。日本赤ちゃん学会理事長。専門は認知心理学、とくに乳児の視覚研究。著書に『赤ちゃんは世界をどう見ているのか』(平凡社)、『赤ちゃんは顔をよむ』『あかちゃん研究からうまれた絵本 かお かお ばあ』(共にKADOKAWA)などがあるほか、あかちゃん向け絵本の監修も多数。

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