8月6日に小説デビュー作『檸檬と蜜柑のラプソディ』が刊行されます。その刊行を記念して、著者のふるたみゆきさんに担当編集のTが、創作の裏側やデビューに至るまでの秘話、投稿時代のエピソードなどをお聞きします。また、本作のテーマである音楽×お仕事に合わせ、ふるたさんの会社員時代のお話や、30年以上取り組んでいらっしゃるクラシック音楽のお話もお伺いします。
インタビューを2回、その後、本作の第一章の試し読みを丸々公開いたします!
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京都出身、大学時代は和と洋の習い事を
――小説家デビュー、おめでとうございます! 今回は刊行記念として、インタビューさせていただきます。最初にふるたさんのご経歴を教えてください。
京都出身です。高校は嵯峨野高等学校の京都こすもす科(人文芸術系統)に通い、早稲田大学では日本文学を専攻していました。また、子どもの頃からクラシック音楽(五歳からヴァイオリン、八歳からピアノ)を学んでおりまして、大学時代には能楽のサークルと並行してオーケストラで演奏活動をしていました。卒業後は都内のIT企業に就職し、十年働いたのち文筆業に専念するようになりました。
――五歳から音楽を始められたのですね! きっかけは何かありましたか?
世界的ヴァイオリニストの五嶋みどりさんの演奏を聴いて、ヴァイオリンの音色に心惹かれました。デビュー作『檸檬と蜜柑のラプソディ』に登場する「奇跡」のエピソードは、五嶋みどりさんの「タングルウッドの奇跡」をモデルにさせていただきました。今も憧れの方です。
――作品の舞台は、東京と京都。ふるたさんの過ごしてきた場所と同じですね。能楽も、作中に出てくる蜜柑の姉・柚子がやっていますよね。
そうなんです。大学で金春流の仕舞と謡を習いまして、とても楽しかったです。高校では京都文化論という、京都の歴史文化を深く学ぶ授業がありまして、そこで謡に登場する古典や風物にふれたことも、能楽に興味をもつきっかけになりました。
初めての小説執筆を八歳。当時からテーマは音楽だった
――京都のご出身ならではのエピソードですね。幼いころから小説を読まれてきたと思うのですが、小説を初めて書いたのはいつ頃でしたか?
八歳くらいだったと思います。読みたいものは自分で書くというスタンスで(笑)自分のためだけに書いていましたね。
――書くことを小学生の頃にすでにやられていたのですね。小説家を本気で目指し始めたのはいつ頃でしたか?
二十五歳の時です。愛読していた「文學界」の新人賞に投稿したら、思いがけず最終選考に残りました。結果、落選してしまったんですが、編集担当の方に、「書き続ければきっとプロになれる。頑張ってください」と励ましていただいて。自分のためだけに書いていた物語を、みんなのための物語にしたいと、その時に思ったんです。専門技術と知識を身に着けて、小説のプロになろうと決めました。
――初めて本格的に書いて、すぐに最終選考! すごいです。そこから投稿生活がスタートしたのですね。
はい。純文学の新人賞にひたすら応募していました。百枚以上の中編・長編を三十作以上書いたので、デビューまでに原稿用紙換算で一万枚は書いたことになります。我ながらよくそんなに書いたなあと(笑)文学と音楽には社会を善くするパワーがあると当時から信じていましたので、音楽を題材とした小説をずっと書いていました。
――そもそもで恐縮ですが、一度IT企業に就職してなぜ会社を辞めて文章を書く仕事一本に絞ろうと思われたのでしょうか? 兼業作家さんも多い中、かなりの挑戦にも思えます。
勤続10年の節目に、フリーランスの文筆業で自分の力を試してみたくなったんです。株式会社ワークスアプリケーションズという、メガベンチャーとして急成長したIT企業(当時のCEOは牧野正幸氏)で働いておりまして、問題解決能力を重視する社風だったので、私自身もチャレンジして自力で道を拓いていきたいと考えました。
「純文学」から「エンターテインメント」への切り替え、文芸エージェントとの縁でデビューへ
――なるほど! その経験があったからこそ、長い投稿生活を続けてこられたのですね。執筆を続けてきた中で、転機になった出来事はありますか?
音楽朗読劇の企画・脚本執筆をスタートしたのが大きな転機でした。30歳を過ぎた頃、小説では思うように結果が出ず、行き詰まってしまって。やり方を変えてみよう、表現の仕方を変えてみようと思い立ちました。それからピアノの教育団体のサイトで音楽小説を書かせていただいたり、翻訳書のお手伝いをさせていただいたり、多くの方にご支援いただきながら、書くことを模索していました。
文化財団から助成が得られたタイミングで、音楽朗読劇の主催事業を立ち上げたんです。文学と音楽の融合で、自分の世界観を表現しようと考えました。企画・脚本・運営を自分で手掛けて、音楽と朗読をプロの方にお願いして、一から舞台を創っていきました。
――なるほど。小説を書きつつ、「書く」ということを別の角度からされてきたんですね。脚本を書いていくことで小説に変化はありましたか?
すごく変わりました。東京・京都で音楽朗読劇の公演を開催して、回を重ねていくと少しずつお客様が増えていき、固定のお客様もたくさんついてくださいました。そうすると、脚本を書くときにお客様の顔が浮かぶようになったんです。あの人を笑わせようとか、この人に楽しんでほしいなとか。
すると小説のほうも、今まで自分の内面を掘り下げる書き方をしていたのが、多くの方に届けるための書き方に変わっていきました。
――自分のための純文学小説が、みんなのためのエンターテイメント小説になっていったということでしょうか。
はい。エンターテインメントに舵を切った小説を「さきがけ文学賞」に投稿したところ、すぐに受賞できたんです。
思い返せば「文學界」新人賞の編集担当の方から、「文学性とリーダビリティを両立するように」「純文学だけにこだわらず、エンタメ長編にもチャレンジを」というアドバイスをいただいていたんですよ。とても腑に落ちました。
――作風を変えてすぐに受賞……すごいです。ただ、そこからデビューまでもまた少し時間がかかりました。その時のことを教えてください。
「さきがけ文学賞」受賞後、プロデビューへの足掛かりにするために、もうひとつ文学賞を獲りたいと考えていました。そんなときに目にしたのが「東京中野文学賞」の募集要綱です。中野は漫画・アニメ・映像のクリエイターなど創作関係者に人気のエリアで、芸人やミュージシャンを目指す若い人たちの活動拠点でもあります。その特長をふまえて、受賞作の映像化・舞台化も視野に入れたユニークな文学賞でした。小説家デビューを目指していた身として、中野で夢を追う人にはいたく共感するところがありました。自分自身を含め、夢に向かって前進する人を応援したいという気持ちから、物語が生まれました。
――芥川賞作家の羽田圭介さんが優勝された賞でした。
驚きましたが、授賞式でご一緒できて嬉しかったです。また、佳作入賞をきっかけに文芸事務所アップルシード・エージェンシーの契約作家になり、バックアップいただきながら商業デビューが決まりました。文学賞へのチャレンジはしんどく辛い事も多いですが、素晴らしい方々とご縁を結べる楽しいイベントでもあると実感しました。
――ご縁がつないできた作品を弊社で刊行できること、改めて嬉しく思います。ちなみに、十年以上の投稿生活で、やってきてよかったなと思うことはありますか?
プロの小説家になった時の生活を具体的に想定して、日々トレーニングをしていたのは良かったと思います。自分で〆切と枚数を設定して、スキマ時間を見つけてスピーディに完成させる練習を十年以上やっていました。他の仕事と並行しながら、一ヶ月に原稿用紙百枚は必ず書いていたので、デビュー作の長編改稿にも比較的スムーズに取り組めました。
――ご改稿を五回くらいご相談して、毎回お戻しが早すぎて、私も驚いていました。
最後に、これからの目標などはありますでしょうか?
音楽を題材とした小説で社会貢献がしたいです。私は、文学と音楽には社会を善くするパワーがあると信じているんですよ。すでに二作目、三作目の構想がありますので、かたちにしていきたいですね。
ありがとうございます! 次回は、デビュー作『檸檬と蜜柑のラプソディ』について掘り下げていきます。
お楽しみに!
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檸檬と蜜柑のラプソディ

2026年8月6日にふるたみゆきさんの小説デビュー作『檸檬と蜜柑のラプソディ』が刊行されます。
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