大竹まことさんが等身大の「老い」をつづる本連載も、今回が20回目。月1回の更新なので、あと4回で丸2年が経ったことになります。20周年目に突入したラジオにはまだまだ追いつきませんが、ひきつづきご愛読いただけると嬉しい限りです。
今回は白昼夢のように、猛暑の現実と過去の記憶を行き来するエッセイ。ぜひご堪能ください。
* * *
連日、40℃を超える暑さである。玄関を一歩出ると、ムッとするような湿度を含んだ熱が全身を包む。
まるで、寒天ゼリーの中にいるようだ。
それでも気合いを入れて、アスファルトの道路に踏み出せば、近くの電柱はゆらゆらくねくねと水アメのようにゆれている。
風はない。木々たちは試練に耐えるように葉っぱ1枚動かさず、じっと息を止めている。
いつものジジイたちがたむろしている喫茶店までなんとかたどりついて、どうでもいいバカ話をしてみたい。
途中、日陰を選びながら斜めに歩く。人は歩いていない。いや、2、3人とはすれちがった。杖を持ったジイさんはビルの影で休んで、死んだように動かない。
大通りを渡って横道に入ると、大柄なテツヤが待っていた。この暑いのに黒のスーツに革靴、正装である。
「おーテツヤ」
「遅いじゃないか。みんな、もう待ってるぞ」
聞けば、三木も関川も先に着いているそうだ。
祐天寺の駅前にある雀荘の階段を上がると、別の卓ではなじみの洋服屋のオヤジや、このあたりを仕切っているヤクザの村田さんが、タバコを咥えながら、知らない誰かをカモろうとしていた。
はて、テツヤも関川も、何年か前に死んだはずだが。
同じ駅前にある来々軒のオヤジが出前のラーメンとニラレバ炒めを岡持ちからテーブルに運んでいる。
一体、何を書いているのか。
大体、私は散歩にも出ていないし、例の喫茶店にもここ1、2カ月間は通ってはいない。
室温27℃のベッドの上でWBCの佐々木朗希を6回裏くらいまで見ていたはずである。
今と昔が勝手に混ざって、私はどうかしている。
過去の私は今の私と繫がっているのか。昔、私は何をしていたのか。
18才、銀座の「むね」という喫茶店でバイトをしていた。一度に何十個ものプリンをオーブンに入れて焼き上げる。
失敗すると何十個全部にスが入って、大きな損失になる。
店の女性の責任者が、いつもやさしく私を庇ってくれた。
その人に、役者になるならちゃんと基礎を学ばなければダメよといわれ、俳小(俳優小劇場)を紹介され、風間杜夫やきたろう、斉木しげると知り合う。
同期に本阿弥周子という刀鍛冶の末裔がいた。とてもきれいな人だった。
また、同じ銀座で歌舞伎座の裏にあるスナックでもバイトををした。
若い主人は、当時流行っていたボーリングが好きで、よく店を抜け出した。
私は見よう見まねでショウガ焼きやカニピラフ、ポークピカタを覚えて客に出した。
新橋のバーでも働いた。
一度使ったミネラルウォーターに水道の水を注ぎ、きれいにフタをするのが私の役目だった。うまく栓を抜くふりをして客に出した。命令だからしかたがない。
六本木のクラブでも黒服のような仕事をした。店にはいつも5、6人の女性がいて客の接待をしていた。
テレビで有名な落語家が常連であった。
この落語家は、本当に品のない遊び方をした。横についた女性は、お尻の下に指を入れられて、飛び上がって悲鳴を上げ、泣いて私の後ろに隠れた。
こんな男には絶対なるまいとそのときに思った。
演劇はやっていたが、テレビや映画の仕事は少なくて、常にバイトに明け暮れていた。
俳優の平田満が高田馬場で、立ちんぼの仕事があると教えてくれた。
朝6時に高田馬場の公園に行くと、そこには日雇いの肉体労働の人が仕事を求めて集まっていた。
露店の飯屋が並んでいて、たしか白飯は100円、福神漬けは30円だった。
トラックが来て「ハイ、5,000円だヨ」などと言いながら、工事現場の人集めをしていた。
腕に小さな桜(3cm)の刺青をしたオヤジが、「学生さん、学生さん」とかわいがってくれた。もちろん私は学生さんではなかった。
工事現場はビルの14階の仕事だった。休憩もそこで過ごすのだが、作りかけのビルはスキ間だらけで、日当たりの良い場所にはこわくて行けなかった。
自分たちの劇団でも、全国を回る仮面ライダーショーのバイトがあって、東北地方を回ったりしたのだが。
得意の立ち回りが、私たちは一番の苦手だった。
何しろトンボ(地上回転)を切れる奴が一人もいないのだ。
もちろん、仮面ライダー役は風間杜夫で、斉木が悪の総統、きたろうはいつもキィキィ言うコーモリ男。
風間はこの頃から主役であった。
行きあたりばったりで思い出してみたが、まだ欠落はたくさんある。
私は77才になった。57才で始まった月~金のラジオは、もう20年目に入った。
過去とはなんだろう。
人は、過去を自分の好きなように書き換えているらしい。
今日、語ったことも、全部が本当とは思えない。
それは楽しかったことなのか、しょうもないことなのか。
本当はもっと文学に感動したとか、映画に大きく心を奪われたとか書いてみたかったが、それは心に浮かばなかった。
しょうもない過去、もう亡くなってしまった友。
過去とはなんだろう。
私はどうやって出来ているのだろう。
いや、なぜ中途半端なのだろう。
昔、金に困って、付き合っている女性にいつも銭を無心していた。あるとき、オリンピックの1,000円硬貨を4枚出されたことがあった。
もう絶対、人に金をせびらないと心に誓った。
本当に誓ったのだろうか。
わからない。
ジジイの細道

「大竹まこと ゴールデンラジオ!」が長寿番組になるなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイをお楽しみあれ。
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