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ジジイの細道

2026.06.30 公開 ポスト

全身麻酔、近ごろの自分について考える この老人にどんな力が残っているのか大竹まこと

大竹まことさんによる連載エッセイは、今回で19回目。今回は、大病院へ入院した経験が語られます。最先端の医療機器が揃う病院、華やかな若者や外国人が集う東京タワー近くの交差点、そして都庁の足元で弁当を待つ人々の列。同じ東京という街の中に存在する「違う場所」について、大竹さんが病をきっかけに感じたことを、ぜひお読みください。

*   *   *

 

夜中に3回も4回もトイレに起きる。何とかならんものかと、かかりつけの医院に行く。
年を取ると、前立腺が肥大して、遅かれ早かれ、皆この悩みをかかえるらしい。

医者に進められて、血液検査をしたのだが。
あゝ、数値が異常に高いことが判明した。
それからが大変であった。

まず先生の紹介で、泌尿器科の専門医の先生にかかる。そこでMRIの検査が必要になり、今度は、その専門の施設に行く。そこで腹部のMRIを撮ってもらい、それを持って元の病院へ。
今度はその診断をもとに、大病院に行く。大病院では、色々な検査が待っていて、最初は、全身麻酔で前立腺の状態を調べるという。もうヘトヘトである。だが、今回の時点で、全てが判明したわけではない。まだ続く。

やれやれ、医学が進歩したのは喜ばしいが、各病院の受け持つ範囲も専門化していて、患者は目が回る。

大病院は、私の様な年寄りで一杯であった。
皆、従順でそれぞれの番号が掲示板に表示されたら、その番号の階にエスカレーターで登って行く。
自分で動けない人も多い。付き添いが、車イスを押している。付き添いも皆、かなりの老人である。

私は、前の日、何も食べずに朝9時に入院。今日の夕方には、病院を出る手筈である。全身麻酔の前に、看護師さんが来てお尻に座薬を入れる。
横を向いて、尻を出す。何を挿入されているかは、見えないし、わからない。想像では、座薬を2個、卵ぐらいの座薬に感じたが、つるっと入っておどろいた。
手術の前にこの座薬が効いて、腸あたりがきれいになるらしいが、そうはならなかった。

「どうですか、排便は」と聞かれて
「あまり出なかったみたいです」と答える。
「そうですか、大丈夫ですヨ」とやさしく言ってくれたのだが、出なくて大丈夫なのかとも思った。

その後、病室から移動して、麻酔を吸引してからは、何も覚えていない。
私が気づいたのは、病室に戻され、ゴロンと自分のベッドに移されたときであった。

怪しい夢を見た。どこかのビルの入口の冷たい地面に、老夫婦が横たわって寝ている。それと同じ格好で、大型の犬も横になって目を閉じている。寝ているのか、誰も動かない。私は、それを横目に缶ジュースを買いにレジに並ぶ。
夢だからメチャクチャであるが、多分尻に座薬を挿入された記憶の断面でも残っていたのだろう。

暑い日であった。マネージャーの伊藤君に付き添ってもらって車に戻ると、ハンドルを握れないくらいに車は暑くなっていた。
反対側のドアを開けて、手前のドアーをバンと打ちつけて中の空気を逃がす。気を利かせた伊藤君が売店で、缶コーヒー微糖を買ってきてくれた。
1日半、何も食べていない私は(水分は取っていた)その缶コーヒーが死ぬほどうまかった。すごい、日本の缶コーヒー微糖は本当にうまい。

静かに、自分の番を待つ。病院の窓口が頭に浮かぶ。
先日、訪れたホテルのロビーは若い人や元気な人であふれていた。
同じ東京。場所によって集う人が違う。まあ当たり前の話なのだが、身体のバランスを崩した私には、それが不思議だった。

目の前の通路を、これ以上短くは出来ないだろうと思われる、ミニスカートの女の人が、携帯を片手に楽しそうに通る。奥のテーブルでは品のよさそうな女性たちがおしゃべりに無中である。
同じ東京、集う人たちは違う。近くの東京タワーの見える交差点では、若い外国の、それもアジア系の人たちがタワーをバックに写真を撮っていた。どうやらそこが人気のスポットになっているらしい。

東京都庁の下には、NPOが主催する弁当に並ぶ人たちもいる。
昔より人数がふえて、今は1000人をこえているそうだ。

国会前のデモにも多くの人たちが集まっている。
それぞれ違う言葉をプラカードに掲げ、ラップの若者と声を一つにしている。

同じ東京、違う場所。

病気のせいか、近ごろの自分の過ごし方も考える。この老人にどんな力が残っているのだろう。
力が何もなくとも日々を楽しく送れるのだろうか。

考えがバラバラになってきた。

家につくと、リビングのテーブルの上にサクランボのパックが置かれていた。1つ摘まめば、双子のようにもう一つついてくる。サトウニシキである。親指にも満たないその小さな粒がこれほど美しいとは思わなかった。まだ麻酔が効いているのか。
天を向いて、その1粒を口に含む。甘いし、すっぱいし、夏だし、涙は出るし。
こんな小さなサクランボに、これほど思いをよせたことがあっただろうか。水々しい輝きを持った小さな粒。

一瞬の幸せが喉を通過した。

そして、タネが脳に残った。

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「大竹まこと ゴールデンラジオ!」が長寿番組になるなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイをお楽しみあれ。

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大竹まこと

1949年生まれ、東京都出身。79年に斉木しげる、きたろうとともに結成した、コントユニット「シティボーイズ」メンバー。『お笑いスター誕生‼』でグランプリに輝き、人気を博す。毒舌キャラと洒脱な人柄にファンが多く「大竹まこと ゴールデンラジオ!」などが長寿番組に。俳優としてもドラマや映画で活躍。

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