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ジジイの細道

2026.04.30 公開 ポスト

76歳、死を思いながら頻尿を気にしている大竹まこと

今回で17回目を迎えた、大竹まことさんによる「老い」をテーマにした連載エッセイ。あっという間に季節は過ぎ去り、春から夏へと変わろうとしています。ただ、いまだ気温が寒い日もあるため、頻尿が悩みの種…そんな方も多いかもしれません。GWはぜひ体の芯を温めて、ゆっくり過ごしながら大竹さんのエッセイをお読みいただけたら嬉しいです。

*   *   *

4月の20日に、三陸沖地震があって、マグニチュードは7.7。メディアは一勢にこの情報を伝えた。それと同時に津波警報も発令された。
テレビの映像は、高台に避難する車や人の姿を、津波の予測情報は常に画面の左側に大きく映されていた。
偶然見たテレビに、その高台につながる、かなり勾配のきつい坂道を一人の老婆が登ってゆく。

 

 

年は80歳前後だろうか。少し前屈みになり、後手を組んで、その手には信玄袋のようなバッグがしっかり握られている。
少し息があがったのか、老婆はガードレールに手をついて立ち止まったが、暫くすると、また、しっかり歩き始めた。
小さなバッグ、家にある、大切な物をその中に詰めてきたのだろうか。
それは水とか、食べる物ではないことがバッグの外観からもわかった。

 

老婆がたった一人で坂道を登ってゆく。しっかりと登ってゆく。
なぜ一人なのか。一人で暮してきたのか。家族はもう避難してしまったのだろうか。
バッグには何を詰めてきたのか。私なら何を入れただろうか。
免許証。家族の写真。現金、ハブラシ、保健証、頻尿の薬、水、思いつくままに書いたが、そんなものだろう。
高台に着いたら、誰かが待っていてくれるのか。何かの設備が整っているのだろうか。画面には高台の広場に多くの車や人が映っていた。冷たい風が吹いているようで、人々はヤッケのエリをたて、寒そうに腕を組んで海を眺めていた。

先日友人に指摘されて、あることに気付いた。
「ずっと、8つ違いだと思ってたんですけど、大竹さん、今、7つ違いになってますヨ」と。そうなのだ。私は、ずっと75だと思っていたが、それは違っていて、76才だった。今年の五月がくれば77才になる。ボケたか。
人は年を取る、いつまで生きるかはわからない。しかし、そんなに長くはないだろう。
友は皆、鬼籍に入り、わずかしか残っていない。今ではそんな友人がいたのかさえ定かではない。欲も薄れていくが、なくなったわけではないので、厄介である。

「金もいらなきゃ、女もいらぬ、あたしゃも少し背がほしい」そんな漫才を昔聞いたが、年を取れば、背の高さも、髪の薄さも、対して気にならない。
この先に望みがあっても、それは多分叶わない。今いる場所で過去を思いつつ、静かに暮らすのみであるが、道端の花を見ても、欠けた月を眺めたりしても、妙に心が騒ぐ。沢口靖子。
しかし、私は、生きようとする。特に、体の健康が気になる。頻尿である。医者から薬をもらったが、あまり効かない。
指圧本で教えられたツボなどを押してみるが、これも効果がない。YouTubeでは、ブロッコリーや、トマトが良いと伝えてくるが、これはまだ試していない。

手術をすれば、一発で治ると聞くが、そこまでやるか?と思ってしまう。
老いて枯れて、静かに空を翔ぶ鳥など目で追ってたりしたいとの思いもあるが、ガラス窓の向こうのベランダは寒そうで首がすくむ。
催したのでちょっとトイレに行ってくる。トイレに行ってきた。北方謙三。
何をしたいのか。一方では、終わっていくのだなあ。このまま静かに。その考えの隙間に、まだできることがあるかもしれない、いやらしい欲望。
そして、健康にこれほどまでに執着する、ずうずうしい自分。
「人生は死ぬ時までの暇つぶし」などと、人は言う。果たして本当にそうだろうか。

そんな結論に辿りつけるのだろうか。
この格言みたいなことを言った人の人生はどうであったのか。
おそらく、波や谷があり、それを乗り越えて来た言葉ではないかと、疑ってしまう。
「お前は誰だ」
先日、ハチミツ二郎という芸人と同じ舞台に立った。彼は、青雲の志を持って、アントニオ猪木かビートたけしになりたいと思い、故郷を捨てた。
一時期はプロレスもやっていたという。色々あって、離婚し、子どもは彼が引き取り、その子はもう中学二年生になった。
それからも色々あって、感染症にかかり左足のヒザから下を切断していた。

車イスに乗って舞台に立った。彼の足元ズボンのスソから、わずかに義足の金属がのぞいていた。
ハチミツ二郎が、舞台で客を笑わせている。電動の車イス、客が笑っている隙をついて、電動車イスごと舞台をくるくる回ったりしている。それがまた、芸にもなっていた。私はじっと上手のソデから、愉快そうなハチミツ二郎をみていた。


生きるのだ。必死に人を笑わせるのだ。自分には役目があるなどと自惚れた考えは捨てることだ。
命が、心臓がぱたっと止まるまで、ゼニを稼ぐ。敵もできるし、少しの味方がいるやも知れぬ。

ふざけて死んでしまえ。

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ジジイの細道

「大竹まこと ゴールデンラジオ!」が長寿番組になるなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイをお楽しみあれ。

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大竹まこと

1949年生まれ、東京都出身。79年に斉木しげる、きたろうとともに結成した、コントユニット「シティボーイズ」メンバー。『お笑いスター誕生‼』でグランプリに輝き、人気を博す。毒舌キャラと洒脱な人柄にファンが多く「大竹まこと ゴールデンラジオ!」などが長寿番組に。俳優としてもドラマや映画で活躍。

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