大竹まことさんによる「老い」をテーマにした連載エッセイは、今回で18回目。月1回の更新なので、1年半の月日が経過したことになります。今回は、大竹さんにとって馴染み深い町についてのエピソード。みなさんにも、思い出深い場所やお店はありますか?
* * *
永福町という町がある。
この商店街は仕事の帰り道なので、たまに車を停めて飯など食べたりする。
定番の店は、二軒あり、一つは安い町中華だが、そこはよく休む。
860円のチャーハンは、運がよくなければ食べられない。
もう一軒は、うなぎ屋、だけど、うなぎは食べない。
ここの天重(1,500円)がうまい。うなぎを食べてる脇で安い天重を頼むのは少し肩身が狭い。しかし、店の人はわかっていて、いつも愛想よく、天重とミソ汁を出してくれる。
今日、街に降りたら、この二軒ともが休みであった。
はてこまった。
そのうなぎ屋の斜め前に、新しく小さなすし屋ができていた。
まだ一度も入ったことがない。夕方の5時すぎ、店は外から覗けるようになっていて、まだ客はいなかった。
新しい店に一人で入るのはこの年になっても勇気がいる。
だが他にいくところもない。
入口のドアーを引くと店主らしき男が少しびっくりしながら私を迎え入れてくれた。
「何にしましょー」
「う、ちらしある?」
「ハイ」
「じゃ、ちらしの上をお願いします」
店はその後混んできて、狭いカウンター10席は、私の隣を除いてすぐに埋まった。
みな常連客らしく、男と女、男同士はカウンターのマスターらしき人と気軽に話している。
酒の飲めない私は熱いお茶をすすりながら、ちらし寿司を待った。
タバコも吸えないから手持ちぶさたである。運ばれてきたちらし寿司は私のイメージと違った。タマゴやかまぼこ、デンブなどではなく、立派な生モノのタイ、イカ、エビ……まぐろは中トロかも知れない。
まあおいしかった。私はそうそうに会計を頼んで店を出る準備をしていた。
「大竹さん、お久ぶりです。またこの街に戻ってまいりました」
「え?」
「ハイ」
カウンターの中から店主に話しかけられた。
「???」
「30年前この店の向かい側で」
「え、30年前この店の向かい側?」
「え、あのお寿司屋さん」
「ハイ」
思い出した。そうなのだ。まだ30代後半に私は、この街、永福町に住んでいた。
今の仕事をしていたが、まだ稼ぎはそれほどでもなかった。
駅から西に10分ほど下ると、川が流れていて、その近くのマンションといえば、聞こえがいいが四階建てのアパートのような家であった。確か2人の子どもはここで生まれた。
たまに妻と二人で商店街の寿司屋に出かけた。
常連というほどでもないが、そこのオヤジとは顔なじみになり、いつのまにか気楽に通える寿司屋になった。
いい腕の職人さんだった。とはいえ当時の私に寿司の味がわかるほどの財力も舌ももちあわせていなかった。
そこのオヤジが体を壊し、店は若い息子が継いだ。
若い息子の握る寿司は、オヤジさん程ではなく、私たちの足は遠のいてしばらくすると店はなくなった。
門構えだけがいつまでも残っていたのを覚えている。
「え、あの時の」
「ハイ」
「息子さん」
「ハイ」
今、目前に居るのは50をこえた職人の顔をした男であった。
当時の少し甘えの残った若者とは別人である。30年の月日は一人の若者を立派な職人にした。
帰りがけにトイレに入った。近頃頻尿である。
トイレに写真が飾ってあった。それは30数年前に私が通った古い寿司屋の門構えの写真であった。
亡くなったオヤジさん(先代)が息子もよろしくと語りかけてくるようであった。かつてこの町は、オヤジさんの街でもあったし、私の街でもあった。
私の息子もこの街で生まれた。仕事が夕方に終わって、家にたどりつく頃、息子は行き止まりで車の少ない道路の縁石にしゃがんで、ヤキイモを食べていた。
別の日には、コメディアンの息子らしく半ズボンをヒザまでずらして尻(ケツ)を出して私を迎えた。
橋を渡ると、そこには、小さなゴルフ練習場、70ヤードもなかった。そこに練習に行くと、かならず蚊に食われた。
帰り道、駅前を少しフラついた。なかなか開かない踏切りも昔通りだ。
井の頭通りに出る角にドトールがある。確か2階の隅にタタミ1畳ほどのスペースがあり、そこはタバコが吸える。
私はソフトクリームを頼んでバランスの悪いトレイに乗せて階段を登った。案の定、上り間際にこけて、バランスの悪いソフトクリームをぶちまけた。
店員さんは常時2人しかいない。雑巾らしき布をコーヒーを片づける台から持ってきて、床をふいた。やはり、あのソフトクリームの台座はすわりが悪い。
私は何食わぬ顔で売場に戻り、ホットコーヒーを若い店員さんに頼んで又、2階に戻った。
この並びにあった、昔通ったタバコの吸える喫茶店はとうになくなっていた。
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「大竹まこと ゴールデンラジオ!」が長寿番組になるなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイをお楽しみあれ。
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