1. Home
  2. 読書
  3. 1年で潰れると言われた野球部が北国のビニールハウスから甲子園に行った話
  4. 聖愛野球部の誕生時に浴びた、「おめえ、誰...

1年で潰れると言われた野球部が北国のビニールハウスから甲子園に行った話

2025.07.19 公開 ポスト

聖愛野球部の誕生時に浴びた、「おめえ、誰よ」「オレが野球部を潰してやる!」というまさかの罵倒原田一範(弘前学院聖愛高等学校 野球部監督)

まさにに今、全国高等学校野球選手権の青森大会が行われている。青森山田や光星とともに、「青森の強豪校」に名を連ねるようになった聖愛には、知られざる物語がありました!

1年で潰れると言われた野球部が北国のビニールハウスから甲子園に行った話』の「はじめに」より。

*   *   *

1年契約、年俸200万円で引き受けたのは、無名校の野球部監督だった

2001年春、23歳だった私は着慣れないスーツを着て、緊張しながら高校の校長室のドアを開けました。ドアが閉まると校長と二人きりになりました。

その学校、弘前学院聖愛高校(以下、聖愛)は1886年(明治19年)に創立された、青森県で3番目に古い歴史を誇る名門校。キリスト教(プロテスタント)系の女子校だったのですが、2000年に共学へ移行することに。そのタイミングで硬式野球部を新たに作るという話が持ち上がります。男子学生を呼び込む起爆剤の一つとして期待したのでしょう。

私が校長室に呼ばれたのは、その野球部監督採用の面談のためでした。監督といっても役職は事務職員。電話対応、文書作成、会計業務などが本業です。待遇は嘱託職員扱い。条件は1年契約で年俸200万円、社会保険はなし、でした。 面談の冒頭で、校長から静かにかけられた言葉を、私はいまでもよく覚えています。

「野球に力を入れるつもりはない。そのつもりなら、あなたのような無名の人は呼ばない」

(写真:干田哲平)

校長がおっしゃるように、私はまったくの無名。高校は野球部でしたが、甲子園出場の経験はなく、むろん監督経験もありません。大学にも行っていません。校長が話していることはごもっとも。しかし夢と希望をもって飛び込んできた自分にとっては、悔しい以外の言葉は見つかりませんでした。

ましてや青森県には、校正、(八戸学院光星高等学校、旧光星学院高等学校)と山田(青森山田高等学校)という、全国の高校野球界にその名が轟く2強がいます。2000年から24年(20年はコロナ禍で中止)まで、夏の青森県大会を制して甲子園に出場した回数は、光星11回、山田9回です。

誰からも期待されない無名監督だった私が就任した聖愛野球部は、13年目の2013年に夏の甲子園初出場を果たします。21年には2度目の夏の甲子園出場。2000年以降、夏の青森県大会では光星・山田に次ぐ2回の優勝回数を誇っています。

この本は、そんな無名の監督が率いる無名のチームの物語です。

「おめえ、誰よ」「オレが野球部を潰してやる!」

女子校から男女共学になり、野球が強くなっている高校はたくさんあります。 遊学館高校(石川)は、1996年に共学化。2000年に創部された硬式野球部は、1年4か月と最速で夏の甲子園に出場。初出場にしてベスト8まで進みました。それも、1・2年生だけのチームです。その後も、これまで夏の甲子園に6回、春のセンバツにも1回出場しています。

済美高校(愛媛)は、聖愛より2年遅れの2002年に共学化。創部2年目の2004年には春のセンバツに初出場で初優勝。夏の甲子園では、決勝で駒大苫小牧(北海道)に10対13で敗れたものの、準優勝を果たしています。

これらの学校に共通しているのは、最初から野球部に力を入れていたこと。実績のある監督を招聘(しょうへい)しているのです。

遊学館野球部の初代監督・山本雅弘さんは、石川県の名門・星稜高校付属の星稜中学野球部監督を11年間務め、全国中学校軟式野球大会で2度、全国少年軟式野球大会で1度の優勝へ導いた実績の持ち主です。

済美は野球部を創部するにあたり、愛媛県の県立宇和島東高校野球部を率いた上甲正典さんを招聘しました。上甲監督率いる宇和島東高校は1988年、春のセンバツ初出場初優勝の快挙を成し遂げたことでも知られています。

聖愛が野球に本気で力を入れるつもりなら、三顧(さんこ)の礼を持って青森県内外の強豪校から、監督やコーチをヘッドハンティングするはず。

しかし潤沢に資金があるわけではなかったので「野球に力を入れたくても、入れられない」というのが正直なところだったのでしょう。確かに年俸200万円という条件は、私ですら躊躇(ちゅうちょ)したくらいですから、少しでも実績のある監督なら二の足を踏むでしょう。実際、監督に応募したのは私一人だったようです。

聖愛は女子校時代、器械体操、ソフトボール、バレーボール、バスケットボール、バドミントン、テニスなどでは県内有数の強豪校でした。そうした部活の顧問の先生方が集まり、6月に開催される高校総体の激励会が開かれました。場所は弘前市内で人気のお好み焼き店です。そこに私も誘われました。実績のある先生たちと交流を深められる。そう思ってワクワクしながらお店に向かいました。まさかあんなことになるとは想像もしないまま……。

「こんばんは」と元気よくお店に入ると、先生方はだいぶ前から飲んでいたのがわねかるらい酔っぱらっていました。入るなり、いくつもの目が私の方を睨めつけています。

そして開口一番「おめえ、誰よ? 大学出てないんでしょ。人脈がないのに、どうやって選手を集めるつもりなの?」といきなり言われたのです。才能ある生徒たちを集めるのに日頃苦労されている本音がこぼれたのでしょう。

ある先輩先生はビールをぐっと飲み干すと、「わ(オレ)が野球部潰してやる」と息巻きました。部活は限られた活動費を奪い合うライバル関係にあり、野球部が新たにできて予算が削られることを、快く思わない先生もいたのです。

何も言えない私に対し、ただ一人、太田淳先生(のちの野球部部長)は、「新しく野球部ができて学校が盛り上がるのは良いことだと思うよ」と言ってくださいました。

四面楚歌となった私は「弘前工業でのコーチ時代には、3年連続で夏の県大会 ベスト4まで行きました。だからベスト4まではすぐ行けます」と悔し紛れに答えました。

「ベスト4だから何?」と言い返された私は、酔いも手伝って、よせばいいのに「5年以内に光星・山田を破って甲子園に行きます! 県内出身の選手だけで甲子園に行ってみせます!」と啖呵(たんか)を切りました。

光星・山田が強くなった一因は、県外から野球エリートが集まっていたこと。県内の他の学校には「あの2強には敵わない」という諦めムードがありました。

県外から野球エリートを集めて強くなるんじゃなく、県内の選手たちだけで強くなると決めた!
(写真:干田哲平})

だからこそ、県内出身の選手たちだけで作ったチームで、2強の高い壁を破り、甲子園に出てやると宣言したのです。売り言葉に買い言葉です。

学校は、そもそも私にそんな期待をしていませんでした。そんな力がないことも知っていました。「聖愛にも野球部があるから、聖愛に行ってみようか」という男子学生が一人でも増えれば、それで良かったのでしょう。

そんな大人の事情を理解していれば、先輩先生方の挑発も聞き流せたのかもしれませんが、私は野球に関しては、今も昔も純朴そのもの。何の確証もないのに「5年以内に行ってみせます!」と宣言してしまったのです。

しかし、ギクシャクしたのは最初だけ。野球部が活動をし始め、がむしゃらに努力している部員たちの姿を見て、先輩先生方は新米監督の私を陰になり日向になり支えてくださるようになりました。

準々決勝で光星を破り、準決勝で山田を破って甲子園に初出場できたのは、創部から13年目のこと。

聖愛が夏の甲子園初出場を決めた試合後、「おめでとう! ありがとう!」と真っ先に私に抱きついてきたのは、お好み焼き店での激励会で「わ(オレ)が野球部を潰してやる」と言い放った先生でした。

(つづく)

{ この記事をシェアする }

1年で潰れると言われた野球部が北国のビニールハウスから甲子園に行った話

校長からは「野球に力を入れるつもりなら、あなたのような無名な人を監督に呼ばない」と言われ、ようやく集めた部員からは、「キャッチボールも、生まれて初めてです」と言われた。
それが、このチームの始まりだ……。
1年の3分の1は雪に閉ざされるため、近所の農家の協力でグラウンドにビニールハウスを建て、冬はその中で練習。
それでも、気持ちは「絶対甲子園に行く!」

しかし、こんなチームでどうやって?

学歴も人脈もナシ! 無名の監督の、思考と検証と挑戦の記録!

弘前学院聖愛高等学校野球部は、優れたスポーツマンシップを発揮した個人・団体を表彰する「日本スポーツマンシップ大賞2025」の「ヤングジェネレーション賞」を受賞している。

 

 

バックナンバー

原田一範 弘前学院聖愛高等学校 野球部監督

1977年青森県北津軽郡生まれ。弘前工業高校野球部出身。介護専門学校卒業後、介護職に従事。96年に母校・弘前工のコーチに就任。20014月に、弘前学院聖愛高校野球部の創部と共に監督に就任し、現在まで25年間監督を務める。コーチ職、監督職の傍ら、日本大学通信教育部で学び、卒業。聖愛野球部は、これまで、夏に2度、甲子園に出場。常に革新的な取り組みを行い、各地の指導者から一目置かれる人物。

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP