人に何かを思い込ませるというのは、案外簡単なのかもしれない。
“バス事故がありました、その現場から身分証が出てきました、当人は行方不明です、他の乗客達は亡くなっていて事故からかなりの日が経っています。”
そして橋から落下し、無惨にも大破したバスの映像……。
「Tシャツが乾くまで」(TBS)がこれまで視聴者に与えてきたこれらの情報を前に、誰もがこの行方不明者である瀬尾充(松山ケンイチ)の最悪の事態を想定していたことだろう。
しかしそれは大きな間違いだったのだ。
第3話で明らかになったのは、そんな状況下にも関わらず瀬尾充が生きていたということ……。
そもそも彼は、事故に遭ったバスに乗っていなかったのだ。

誰がこの展開を予想できただろうか。
第3話にして、今まで観て感じてきたことが覆り得る新事実。
私たちは普段、目に見えた表面だけの情報でどれだけのことを思い込んでしまっているのか、「そうに決まっている」と信じて疑わないものの中にどれだけの間違いや思い違いがあるのか……。
この展開から現実に目を向けた時に、思わずハッとさせられた。
このドラマの中にも、まだまだ“今見えているものとは違う何か”が息を潜めているのかもしれない。
そしてそれは、充が生きているのに咲子(蒼井優)の元に帰ってこない理由に繋がるのではないかと考えた。
咲子が見ていたのは“あの時の充”
私たち視聴者がバス事故の凄惨な映像とそれに伴う情報から当たり前のように信じて疑わなかった、“充がバスに乗って亡くなった”という思い込み。
あれほどの情報が出揃っていたために、誰もがそう思ってしまうのも無理はないだろう。
逆に「いや、充はバスに乗っていなかったはずだ!」と予測できた人がいるなら、そのエビデンスを教えて欲しいくらいだ。
そんな充は、生きているにも関わらず帰ってこない。

なんなら咲子に連絡の一つも寄越さない。
あんだけ仲睦まじい姿を第1話冒頭では見せてくれていたのに。
……第1話冒頭?
そう、充が咲子と過ごす様子を私たちは殆ど第1話冒頭でしか見ていないのだ。
時々回想シーンがあるにせよ、“充の人となり”はその僅かな“咲子との仲睦まじいシーン”と“咲子から語られる充”でしか判断できないのだ。
充がバスに乗ったと思い込んでいたのと同じように、充は咲子と仲が良いに違いないと私たち視聴者は少ない情報から判断してしまっていたのかもしれない。
「不倫と見せかけて実は違うんでしょ?」というドラマ視聴者の脳に刻まれたドラマ視聴法の“逆張りの先読み予測”も相まって、“充と咲子は仲が良い”というバイアスに拍車をかけたのではないか。
ここにきて“仲睦まじい夫婦を演じていて裏で不倫していました”という、案外ドストレートな展開である可能性も浮上してきたといえる。
夫婦関係が良好であると思っていたのは、視聴者のみならずもちろん当事者である咲子もだ。
咲子からは、自分を深く愛し、プロポーズしてくれた充が不倫なんかするはずがないと信じて疑わない様子が常に見てとれる。
咲子は自身が思っていることや、こうに違いないという考えを曲げない人間、人の思考に対する固定観念が強い人だなというのが第1話から見てきた印象だ。
よって、このドラマには人間の思い込みに対するアンチテーゼも込められているのではないかと私は考えた。
想像力の欠如。
SNSなどネット上に蔓延る真偽不明の情報を鵜呑みにし、その上澄みをさらった程度で批判し、酷い言葉が飛び交う現代。
その奥底に潜む真相や真意を読み解こうともせず、わかった気になってしまう。
人間関係も同じだ。
相手のことをわかった気になって、相手の声を聞こうとはせずに思い込みやイメージで相手への接し方を形成する…「この人はこういう人間だ。」
バス事故で充が乗っていなかった件、充と咲子の関係性からも、このドラマの中にうっすらと浮かぶ“思い込み”というテーマが見えてくる。
咲子が充と出会い、恋に落ちた時にかかった新品の“好きな人フィルター”。
咲子はそのフィルターに溜まった埃には気づかず、掃除せずにいつまでも新品のフィルターと思い込んだそのフィルター越しの充を見ていたのではないだろうか。
その先にいる充からは、好きなフィルターが目詰まりするほどの塵や埃が出ているとも気づかずに。
そんな汚れたフィルターで見ているからこそ、“今の充”が見えずに咲子が気づかぬうちに2人の溝は深まっていった……。
充がバスを降りた訳
以上の考察から、充は咲子との生活に嫌気が差し、第3金曜日だけコインランドリーである人妻のあずさ(夏帆)と長野へと出かけたと考えられる。
しかしその道中のサービスエリアでバスから降りたきり、充はバスに戻ってこなかった。
まあトイレに行っていたのだろう。
冗談のように聞こえるかもしれないがこれは本気でそう思っている。
というのも、1人でバスに乗ったのなら置いていかれるのはわかる。
しかし同乗者のあずさがいた。
そのあずさが、充の不在をバスの運転手に意図的に伝えないことなどあり得るのだろうか。
仮に“咲子から離れる計画”を充が立てていたとして、第3金曜日にしか会わない相手の家族のセンシティブな問題にあずさが力を貸すだろうか。
よって、あずさが寝ていたが故にトイレに行った充が帰ってくる前にバスが出発してしまった……という流れが見えてくる。
荷物も持たずサービスエリアに置いていかれ途方にくれる充だったが、直後バス事故が起きたことによって、あずさが亡くなってしまったことへのショックと自身の咲子に対する後ろめたさから、充は咲子の元へ戻らないと決めたのだろう。
長野への旅という一度(おそらく)の過ちがこんなことになるなんて……。
夫婦とも不倫とも縁遠い暮らしをしている12年間もパートナーがいない私からは、“いけないことはするもんじゃない”なんていう……稚拙な感想しか今は浮かんでこない。
なんて情けない。
私も素敵なパートナーと結ばれるために、自分のことを“良い男”と思い込ませるしかないか……。違うか……。
••┈┈┈┈•• ドラマ情報 ••┈┈┈┈••
TBS『Tシャツが乾くまで』( 毎週金曜夜10時~)
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、齋藤飛鳥、庄司浩平、飛永翼(ラバーガール)、久保田薫、夏帆、臼田あさ美、リリー・フランキー、松山ケンイチ
脚本:生方美久
音楽:haruka nakamura
主題歌:「見知らぬ糸」スピッツ(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
編成:佐久間晃嗣、荒木沙那
制作:ケイファクトリー、TBS
著者:ケメ・ロジェ
イメージイラスト:サク
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