2022年の冬に放送され大きな話題を呼んだドラマ「silent」(フジテレビ)。
そのドラマの脚本家:生方美久さんは、「silent」で初めて連続ドラマの脚本を執筆した。
私は「silent」を観て、テレビの前で毎週嗚咽するほど泣いたのを今でも覚えている。
生方脚本が描く登場人物たちは感情の機微がよく描かれているため、「こう感じるの私だけではなかったんだ。」とその姿に共感したり、「そんな事を思う人もいるのね。」と多様な価値観や感受性を持つ出会ったことのない人間達の存在に気付かせてくれたりする。
私は生方さんが描くそんな人間たちが大好きだ。
それから生方さんは「いちばん好きな花」(フジテレビ)や「海のはじまり」(フジテレビ)など話題作のオリジナル脚本を手がけ、今では「生方美久さんの脚本のドラマは間違いない」といつしかドラマウォッチャーの間では言われるように。
そんな“間違いない生方美久脚本”の最新作「Tシャツが乾くまで」(TBS)の放送が7月10日(金)からはじまった。

TBSでは脚本初執筆となる生方美久さん。
今回はどんな魅力的な登場人物たちを生方さんは描いてくれるのだろう……。
高揚した気持ちを胸に、詳細なあらすじや相関図が公開されていない状態で始まった第1話。
瀬尾咲子(蒼井優)と充(松山ケンイチ)の仲睦まじい夫婦の姿と、もうひと組の夫婦である園田樹生(中島歩)とあずさ(夏帆)と息子の翔(久保田薫)の慌ただしい朝のどこにでもありそうな家族の風景が描かれた冒頭。
「ああ……“生方感”ありがたいわ~」
そんな事を思ったのも束の間。
樹生がコインランドリーで佇んでいる中、そこに咲子が入ってきた。
「Tシャツが乾くまで」というドラマタイトルの中で登場したコインランドリー。
ここで何も起きない訳はなく……。
コインランドリーの利用が初めてだったのか、咲子が一台ずつその機能を精査している姿を見て声をかける樹生。
「乾燥もします?」
いい声にも程がある声でそんなことを急に聞かれては、まさか自分にかけられた言葉とは思わないだろう。
少し間があって振り返った咲子に乾燥のみの機械を教えてあげる樹生。
ここまではわかる。
小銭がなく両替機も調整中で困っていた咲子に、小銭を差し出す樹生。
うん……ちょっと怖いか。
やたら咲子の動向を追っていて凝視するような樹生の姿を見てとれた上にこの物語の全貌がわからなかった私は、樹生がかなり危険な人物なのではないか? とこの時点では疑っていた。
いや待てよ……イケてる男はこのくらいのことはスマートにするものなのか? とも考えたし、ああいう場面でスッと200円くらい差し出せる人間でいなくては……とも思うが、やはり「いつきこわい」という感情が勝った。
そこからの展開は第1話を視聴した方はご存知の通り、まるでジェットコースターのピークのような急展開を迎えた。
なんと二組の夫婦の片方ずつが高速バスの転落事故で亡くなる(正確には瀬尾充は行方不明)という、平穏な冒頭とは比べものにならないほどの悲劇で物語は大きく動いた……いや、はじまったのであった。
充にとってあずさは“乾燥フィルターの掃除”だった?
事故をしたバスになぜか一緒に乗っていた咲子の夫:充と樹生の妻:あずさ。
そんな2人が不倫関係にあったことを樹生は咲子に告げたのだった。
さらに樹生は2人の不倫を以前から知っていて、その事を探るために咲子を泳がせていたというのだ。
……咲子を見る樹生がちょっと怖いと感じていた私の直感も、あながち遠からず、といったところか。
常に愛を感じ、乾燥フィルターを掃除して乾燥機の不調を内緒で直してくれるような夫の充がまさかそんな事をするはずはない……という面持ちの咲子。
好きな人フィルターがかかっていて充がどんな人かを客観視して樹生に伝えられなかった咲子。
そんな咲子との会話を踏まえた樹生が言い放った一言を超える名言は、2話以降出てくるのだろうか。

あまりにもパンチラインが効きすぎている樹生の言葉にテレビの前で手を叩いて感心した。
しかしこの言葉こそが、この物語の核心を突く一言なのではないかと考えている。
というのも脚本の生方美久さんがこのドラマに対して、こういったコメントを残しているからだ。
「人間関係と家電にはフィルターが多い。だから便利で、そして手間がかかるのだと思います。共感や感動を目指した物語ではないので、人間観察の感覚でお楽しみください。(以下省略)」
引用: TBS Topicsより
乾燥機の不調を充に告げると翌日には直っていて不思議だと思っていた咲子だが、その裏では充が掃除しなくてはいけない乾燥フィルターを内緒で掃除してくれていたから乾燥機が直っていたことを樹生との会話で知った咲子。
その方法を充が咲子に教えれば、咲子にもできたはずなのにそれを充はずっと教えずにいた。
それは咲子の喜ぶ顔が見たいからではないか? と樹生は推測していたが、つまりは乾燥フィルターを密かに掃除することが、充の中で夫婦の良好な関係を維持する手段の一つであったということだろう。
それと対比するように、充にとって「あずさとコインランドリーで第3金曜日に会う」という行動は充という人間に付帯している乾燥フィルターの掃除の時間を果たしていたのではないだろうか。
それらによって夫婦の良好な関係は築かれていたのかもしれない。
生方さんがコメントで人間関係と家電の両方にフィルターがあると述べたのも、そのような対比の示唆なのではないかと私は考察した。
だからといって2人には肉体関係があった訳ではなく、あくまであの第3金曜日のコインランドリー内での関係でしかなかった……。そうであって欲しいと願う。
高速バスで2人出かけたのは初めてのコインランドリー外での密会であり、その初めの一回が命取りになってしまったという悲劇……。そうであって欲しいと願う。
(ここまでの悲劇は神様が意地悪すぎるが)
生方さんが言うように共感を目指していないこの物語では、今までの生方脚本の登場人物のような愛着は湧かないかもしれない。
しかし、この得体の知れない主要4人の人間達の素性に今は興味が湧いて仕方ない。
この夏の自由研究はこの4人の人間観察をまとめたもので溢れかえるのではないか? ……ないか。
私たち視聴者に喜怒哀楽……。どの感情を芽生えさせてくれるのかすらわからない未知の作品との出会いは、最高に刺激的な夏のはじまりを予感させてくれた。
••┈┈┈┈•• ドラマ情報 ••┈┈┈┈••
TBS『Tシャツが乾くまで』( 毎週金曜夜10時~)
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、齋藤飛鳥、庄司浩平、飛永翼(ラバーガール)、久保田薫、夏帆、臼田あさ美、リリー・フランキー、松山ケンイチ
脚本:生方美久
音楽:haruka nakamura
主題歌:「見知らぬ糸」スピッツ(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
編成:佐久間晃嗣、荒木沙那
制作:ケイファクトリー、TBS
著者:ケメ・ロジェ
イメージイラスト:サク
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