「いないいないばあ」は、世界中の赤ちゃんが大好きな遊びです。けれど、なぜ赤ちゃんは、顔を隠して見せるだけであんなに喜ぶのでしょう。
その背景には、大人とは少し違う、赤ちゃん独特の“見る世界”があります。
隠れたものは消えてしまう?
正面顔だけが“顔”に見える?
今回は、「いないいないばあ」に隠された不思議から、赤ちゃんがどのように“顔”を認識しているのかを紐解いていきます。
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「いないいないばあ」は、英語では「Peek-a-boo(ピーカ・ブー)」、フランス語では「Cache-cache cou-cou(カシュカシュ クークー)」、ドイツ語では「Gugus dada(グーグス ダーダ)」と、世界のあらゆる国に存在します。顔を隠して見せるだけの単純な遊びが、どうしてこれほど赤ちゃんに人気なのでしょうか?
答えのヒントは、赤ちゃんが持つ独特な視覚世界にあります。大人の視覚世界とは異なるため、大人には理解しにくいのです。しかし、この謎を解くヒントは、赤ちゃんの認知の発達と、“顔を顔として見る力”にあります。順に見ていきましょう。
子どもの認知発達をとらえた元祖、スイスの発達心理学者のジャン・ピアジェは、幼い子には「モノの永続性」がないことを指摘しています。つまり、赤ちゃんにとって、隠れたものは存在しないのです。目の前に置かれた玩具に布をかぶせて見せると、赤ちゃんは、まるでこの世から消え去ってしまったかのように、探しもしないことをピアジェは発見しました。これを実験で証明したのが、アメリカの発達心理学者ベイラジオンです。その後、より工夫された実験が行われたことで、こうした能力は、当初考えられていたよりも早い時期から見られることがわかってきました。
ベイラジオンの実験には、ちょっとしたコツがあります。それは赤ちゃんの“驚き反応”を使うことでした。不思議世界に生きる赤ちゃんですが、 “それは絶対にありえない! ”と驚くのは、大人と同じです。このビックリ驚く反応を手がかりとした実験法を考案したのです。
赤ちゃんは、意外なことに驚きます。赤ちゃんをあやすテクニックには、たいていこの原理が働いていて、そこから赤ちゃん世界の不思議さを知ることができます。
筆者のあやしテクニックは、メガネを使います。メガネのツルの下部分の下に指を入れて、そこを始点にメガネを軽く上下に動かし、顔面上にあるメガネのフレームを上下に激しく揺らすのです。
赤ちゃんの目の前でこれをやって見せると、“え――っ! ”と驚いた顔をしてくれます。なにも知らない赤ちゃんにとって、メガネは顔の一部に見えるのでしょう。赤ちゃんにとって、顔の一部のはずのメガネが、それだけ激しく上下にガクガクと揺れる様子にビックリするのでしょうね。
赤ちゃんがメガネを顔の一部と思い込んでいる証拠に、お風呂などで、お母さんがメガネを外した姿を見て泣き出す子がいるのは、メガネのないお母さんは、別人に見えてしまうのでしょう。これは顔認知が完璧になる前の、生後4ヶ月までに起きる事象です。
実験の話に戻りますが、目の前に置かれたおもちゃや箱が、隠された幕の背後で消えたかのように見える動画を見せ、赤ちゃんの驚きの様子が調べられました。実験の結果、生後5ヶ月以上の赤ちゃんには驚きの反応が見られたのです。
さらに工夫を重ねた実験が、ケルマンとスペルキによって行われています。図のように、ちょうど真ん中で隠れている一本の棒を見せて、赤ちゃんはこれを一本の棒とみるか、あるいは真ん中で二つに分かれた二本の棒とみるかを調べたのです。大人からすれば、たまたま真ん中で遮られただけで、一本の棒に見えるはずです。実験の結果、一本の棒に見えたのは生後7ヶ月以降の赤ちゃんで、4ヶ月の赤ちゃんは二本に見えていました。ところが、4ヶ月の赤ちゃんでも、背後で棒を動かしてみせると、一本の棒として見たのです。

これは、赤ちゃんにとって物体に遮られて目の前から消えると、その存在自体も消えてしまう。でも、動いていたら存在が復活するという、赤ちゃんの摩訶不思議な世界を見せてくれるのです。
不思議つながりでもう一つ。幼い赤ちゃんにとっては、横顔は“顔”に見えていないかもしれない、という話をしましょう。これまでの話から気づいた読者の方もいるかもしれませんが、赤ちゃんが触れる顔のほとんどが、正面向きです。赤ちゃん実験で使われた顔も、ほぼすべて正面向き。そして新生児や胎児が“顔らしいもの”として認識する条件も、二つの目の下に一つの口がある正面向きの顔でした。(2017年には、母親のお腹の中に赤いレーザー光で“顔らしい配置”を映し出して、胎児の反応を4Dエコーで調べた実験が行われました。すると胎児は、二つの目と一つの口が並んだ“顔らしい形”に顔を向けることがわかりました)
人は生まれる前から、“顔らしい配置”に惹きつけられていて、赤ちゃんにとって、顔は正面を向いているものなのです。目が一つしかない横顔は、“目が二つある顔”の条件に当てはまらないので、顔とみなされないのでしょうか?
筆者の研究室では、赤ちゃんが顔を見る時の脳活動を測る手技を確立していて、ヘモグロビンの濃度から脳活動を調べる近赤外分光法を使った実験を行いました。大人が顔を見るとき、右の側頭が活動します(ちなみに、言語を処理する左側頭はちょうど反対側です)。この活動を近赤外分光法で計測し、赤ちゃんが顔を見ているかを知るのです。
ひとみしりが始まる前後の生後5ヶ月と8ヶ月の赤ちゃんに実験が行われました。正面顔と横顔を見せて脳活動を測ったところ、生後8ヶ月児では正面顔でも横顔でも顔に対する脳活動が見られました。しかしなんと、生後5ヶ月児では、正面顔を見た時だけしか脳活動が見られなかったのです。つまり、横顔は顔とみなされなかったのです。顔が大好きでも、その見方はまだ発達途中。
幼い乳児に顔を見せるときには、目と目が合うように正面を向くことが大切なのです。
赤ちゃんにとっての「いないいないばあ」の裏側がわかっていただけたでしょうか。
手で覆い隠したその先には、顔がすっぽり消えてしまった世界があって、“なんにもない世界”だからこそ、赤ちゃんにとって魅力的なのです。
もう一つのポイントの表情の話は、次回をお楽しみに。
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隔週金曜日に新着更新中!
次回は、「赤ちゃんの“顔を見分ける力”」というテーマでお話ししていきます。
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