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赤ちゃんは何を見ているのか

2026.08.28 公開 ポスト

生後7〜8か月の赤ちゃんは「ニセの影」を見破る 実験でわかったデジタルの利点山口真美(中央大学・文学部心理学研究室)

私たちは、生まれたばかりの赤ちゃんが世界をどれほど理解しているのか、本当のところを知りません。

でも実は、まだ言葉を話せない赤ちゃんも、生後5ヶ月で数の概念を理解し、7ヶ月になれば「不自然な影」に驚く能力を持っています。

大人が無視してしまう影の違和感を見抜き、単なる点の動きから人の姿を感じ取る——そこには、赤ちゃんの秘められた知性が隠されているのです。

今回は、デジタル映像の実験から解明された、赤ちゃんの頭の中で起きている驚きの認知メカニズムに迫ります。

 

「影」は赤ちゃんにどう見えている?

みなさんは、赤ちゃんにデジタルの映像を見せることについてどう考えますか? リアルで自然な映像は、大人の目からすれば豊かに見えます。赤ちゃんの目からは、どのように見えているのでしょうか?

私の研究室の赤ちゃん実験で使っている映像は、すべてデジタルで作られています。赤ちゃん世界を知る研究では、必須のテクノロジーです。試しに「赤ちゃんに影がわかるか」を調べた実験を見てみましょう。

 

赤ちゃんも影がわかるのでしょうか? 影絵遊びや影ふみなど、子ども時代に影との遊びを楽しんだ人も多いでしょう。子どもの目から見た暗闇は独特で、影も暗闇の中の花火も、美しく神秘的に見えました。大人の目から見ても、子どもが影と遊ぶ光景は幻想的です。やがて大人になるとそうした感覚は失われ、影を気にしなくなっていきます。

村上春樹の『街とその不確かな壁』には、本体から切り離された影と対峙する話があり、無視され続けた影の反乱が描かれています。この話に象徴されるように、大人は影という存在をまじめに考えないのです。赤ちゃんに影がなんたるかを説明し、理解しているかどうかを聞き出すことなどできません。しかしそんな常識をひっくり返して、赤ちゃんに影がわかる証拠を私たちの実験で示すことができました。

影が影らしく見えるための、2つの法則

視覚科学では、影が影として見えるための法則が主に2つあります。この2つの法則が破られると、影らしく見えません。図にある通りです。

Sato, K., Kanazawa, S., & Yamaguchi, M.K. (2015). Infant perception of incongruent shapes in cast shadows.i-Perception,6(2), 91-99

1つ目は、影は影の主と同じ形で足元にくっついていること。あまりに当たり前すぎることですが、デジタルなら簡単に、そんな現実にはあり得ない画像を作成できます。左から2番目の図のように、影を本体と異なる形にすると、影とはいえなくなります。

2つ目は、実体のない影ははっきりした輪郭線をもたず、ぼんやりとした輪郭線であること。これを知るためには改めて影をじっくりと観察しなければなりませんが、デジタル画像なら簡単に試せます。それが左から3番目の図で、影の周囲を白く囲むと、ぼんやりとした輪郭部分が消え、影が目立つようになることがわかるでしょう。その結果、影らしさはなくなります。

これらの図を赤ちゃんに見せて実験を行いました。フェイク画像の「あり得なさ」に、赤ちゃんが驚いて長く見るかを調べたのです。これは「期待違反法(Violation of Expectation method)」と呼ばれる実験の手法の1つで、赤ちゃんはあり得ないことに驚いて注目する性質があるのです。

赤ちゃんは5か月で数を、7~8か月で影の法則を見抜いている

数の概念を調べた、有名な実験を紹介しましょう。赤ちゃんの前に1つの人形を置いて、スクリーンで隠します。その後、赤ちゃんから見えるようにもう1つの人形をスクリーンの後ろに入れます。

最後にスクリーンを外し、1つだけの人形を見せました。「1+1で、2つの人形がある」と赤ちゃんがわかっていたら、驚いて注目するはずです。別の実験では、2つの人形を見せました。2つの実験の結果、生後5か月の赤ちゃんは、2つの人形と比べ、1つの人形を長く見ることがわかり、数の概念を獲得していると結論づけられました。

影の実験に戻ります。本体と影の形が同じ画像と、本体と影の形が異なるフェイク画像を見せ、後者の“あり得ない画像”を長く見つめるかを調べたのです。さらに追加の実験で、双方の画像の影を白で囲んで比較しました。実験の結果、生後7~8か月の赤ちゃんは本体と影の形が異なるフェイクの画像を長く見つめ、白で囲んで影らしさをなくすとその差もなくなりました。これにより、赤ちゃんは影の法則を把握していることが示されたのです。

このようにデジタル化した画像を使わないとわからない実験があります。これまで話した、赤ちゃんに顔がわかるかを調べる研究も、目鼻口を福笑いのように崩した顔の画像を作って証明されたのです。

点の集まりが、人の歩く姿に見える不思議

最後にデジタルが活用された研究として、「バイオロジカルモーション」を用いた実験をあげておきましょう。

身体のパーツに点を付け、歩行する人の動きを点の動きで見せる映像です。単なる点の集合ですが、動かしてみると、とたんに人の歩く姿が浮かび上がります。しかもその動きから、男女の違いや性格や印象が手に取るようにわかり、個人の同定までできるのです。もちろん赤ちゃんにもバイオロジカルモーションの認識ができ、その萌芽は新生児の頃からあることもわかっています。

このように赤ちゃん実験では、赤ちゃんの特性を調べるために、そして赤ちゃんにわかりやすいように、デジタル映像を使っています。さらにいえば作ったデジタル映像を活用した実験の結果から、赤ちゃんがなにに注目し、なにに驚くのかがわかりました。そこから逆算し、赤ちゃんの好む素材を作ることができるでしょう。デジタル化することには、こうした積極的な意味もあるのです。

最後にお話ししたバイオロジカルモーションにあるような動きの不思議については、次回へと続きます。

錯視もデジタル技術を使って新しい表現が作成されています。レディ・ガガのCD盤面にも使用された、錯視研究者の北岡明佳先生の作品もその一つ。2013年のアルバム『アートポップ(ARTPOP)』には、動いているように見えて魅力的な「ガンガゼ」が印刷されています。『あかちゃんの“みる”を育てるはじめて絵本 いっしょにみるこちゃん』にも北岡先生の錯視が登場していますので、ぜひお楽しみください。

<もっと赤ちゃん研究について知りたい方へ>

赤ちゃんは何を見て、何を感じ、どのように世界を理解しているのでしょうか。
こうした赤ちゃんの発達について、山口真美先生の研究室をはじめ、さまざまな研究機関で日々研究が行われています。
研究内容に興味を持たれた方や、研究への参加を検討されている方は、ぜひ以下もご覧ください。

中央大学 山口真美研究室
赤ちゃんの視覚発達や認知発達について研究を行っている山口真美先生の研究室です。

中央大学多摩キャンパス 赤ちゃん研究員募集
山口研究室では、生後2~8か月頃のお子さまと保護者の方にご協力いただく研究を実施しています。ご出産前からの登録も可能です。

一橋大学こども発達ラボ 参加登録フォーム
一橋大学こども発達ラボでは、0~10歳のお子さまを対象とした発達研究への参加者を募集しています。

立教大学白井研究室
立教大学白井研究室では、赤ちゃん〜おとな・高齢者まで、幅広い年代にまたがって視覚発達研究をしています。
ぜひご家族お揃いでご参加ください。

関連書籍

山口真美/YUYA/大塚朗/わたなべみきこ/ながしまひろみ『あかちゃんの“みる”を育てるはじめて絵本 いっしょにみるこちゃん』

視覚発達の専門家が本気でつくった あかちゃんが夢中になる“はじめて絵本” 生まれたばかりのあかちゃんにとって、 0歳の1年間は“見る力”がぐんぐん育つ特別な時期。 この大切な時期に、見えるもの、楽しめるものを届けたい。 そんな想いから、この一冊は生まれました。 日々あかちゃんと向き合いながら視覚発達の研究を続ける 山口真美氏(中央大学文学部心理学研究室教授)監修のもと、 「あかちゃんの好き!」をたっぷり詰め込んだ全140ページの絵本が誕生。 月齢ごとに変化していく“あかちゃんの見える世界”を大切に描いた、 4つの物語をお楽しみください。

山口真美/YUYA『あかちゃんの“みる”を育てるはじめて絵本 いっしょに みるこちゃん 1. はじめまして みるこちゃん』

『1. はじめまして みるこちゃん』  1~3か月ごろ:くっきり・はっきりしたものが見えるころ

山口真美/大塚朗『あかちゃんの“みる”を育てるはじめて絵本 いっしょに みるこちゃん 2. いっしょに おでかけ みるこちゃん』

『2. いっしょに おでかけ みるこちゃん』  4~6か月ごろ:色や模様に心がわくわくするころ

山口真美/わたなべみきこ『あかちゃんの“みる”を育てるはじめて絵本 いっしょに みるこちゃん 3. おおきい? ちいさい? いただきます みるこちゃん』

『3. おおきい?ちいさい? いただきます みるこちゃん』  7~9か月ごろ:ものの大きさや奥行きに気づくころ

山口真美/ながしまひろみ『あかちゃんの“みる”を育てるはじめて絵本 いっしょに みるこちゃん 4.みつけて にっこり みるこちゃん』

『4. みつけて にっこり みるこちゃん』  10~12か月ごろ:広がりのある空間で歩き始める準備のころ

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