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歌舞伎町で待っている君を

2026.10.29 公開 ポスト

「彼氏でもないのに」五千円札を投げつけられ、誕生日イベントへの来店を断られるホストの惨めさSHUN

(写真:Smappa!Group)

下町ホスト#68

「君」が私に向けて投げ飛ばした五千円札を拾い、ホテルの部屋の片隅にある小さなソファーに雑に置いていたジャケットのポケットに入れた。

「帰んないの?」

君はベッドに寝転がって、真新しい携帯電話のボタンをポチポチ押している。

 「帰るよ。」

「じゃあ早く帰れば?」

私は脱ぎっぱなしの冷えた下着をはき、スーツのズボンに足を通した。汗ばんだワイシャツを着て、丸まった靴下を伸ばしてから、一気にはいた。もう片方の靴下が見当たらず、ベッドの下を覗くと、誰のものかわからない白い靴下が落ちていた。私のものではない。

 

「ねえ、シュンくん。」

 「なに?」

「お酒、買ってきて。」

私はジャケットの胸ポケットから千円札を取り出して、部屋を出る。廊下の突き当たりに自動販売機があった。缶ビールを二本買って戻ると、君は誰かと電話をしていた。

「うん。あとでね。大丈夫だよ。」

私を見ると、君は電話を切った。

 「誰?」

「だから知り合いだって。」

 「ジンくん?」

「違うよ。ていうか、まだ言ってんの?」

私は缶ビールを一本渡した。「君」はプルタブを起こして、くびくびとわかりやすい音を立てて飲んだ。

「シュンくんさ、最近めんどくさいよね。」

私は何も言わなかった。

「前はもっと可愛かったのに。」

君は缶ビールをテーブルに置いて、携帯電話のボタンを押し始めた。私は残った一本を開けて、軽く口をつける。

 「誕生日イベント、来てくれる?」

「わかんない。」

 「そう。」

「仕事あるし。」

 「うん。」

「来てほしいの?」

 「そりゃね。」

「じゃあ、ちゃんとお願いすれば?」

私は君の顔を見た。じっくりと見た。

「来てください。」

 「やだ。」

君は笑った。声は出さないが、大きく口を開けていた。唾液が糸を引いていた。

私は君の顔から目を逸らし、靴下を探す。その間君はまた横になり、携帯を弄りながら私が買ってきたビールを雑に飲んでいる。そして、ようやく片方の靴下を見つけた。ベッドと壁の隙間に挟まっていて、引っ張ると埃がついていた。軽く埃を払ってから、ゆっくりとはいた。

「ねえ、ちょっと。」

君は携帯電話の画面をこちらに向けた。小さな液晶には、君と知らない男が並んで写っていた。

「この人、かっこよくない?」

 「誰?」

「タレント。知らない?」

私は写真をもう一度見た。男は妙に細い眉毛をしていて、顔の半分ほどを占める大きなサングラスをかけていた。どこかで見たことがあるような気もしたが、あまりにも興味が湧かなかった。もう一枚の写真を見せられたが、やはり売れていなさそうなタレントだった。

 「知らない。」

「えー、結構テレビ出てるよ。」

 「そうなんだ。」

「この前、一緒に飲んだんだよね。」

 「へえ。」

「シュンくん、そういうのやめた方がいいよ。」

 「何が?」

「その態度。彼氏でもないのに。」

私は一口だけ缶ビールを飲み、残りを洗面所ですべて捨てた。

身支度を済ませて、靴紐を結んだ。

 「帰るね。」

「うん。」

私はドアを開けた。

「誕生日イベント、気が向いたら行くね。」

私は返事をしなかった。

エレベーターを待っていると、部屋のドアが開いた。

「シュンくん。」

振り返ると、君が顔だけ出していた。

「缶ビール、ありがと。」

 「うん。」

君はしばらく私を見ていた。

「じゃあね。」

 「うん。」

君はドアを閉めた。

バタンと重い音がした。

私はエレベーターのボタンをもう一度押した。

暫くして、エレベーターが来た。

私は乗り込んで、ゆっくりと一階のボタンを押した。

外に出るとすっかり乾いたワイシャツがやけに冷たく私の体温を奪った。


『不実は静か』


海風のように泣いている君はまだ無色でぬるいシャンパンを飲む


月末のちょうど昼飯あたりから愛を売ったり恋を買ったり


悲しみを糸ようじのごと歯に挟み付着している不実は取れぬ


のぼらない陽はのぼらないのぼれないそりゃいつだって地下におります


あの夏の腐った思い出を語りくたびれたコーラが発泡する

 

(写真:SHUN)

 

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。十九歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として二十三年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。

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SHUN

2006年、ホストになる。
2019年、寿司屋「へいらっしゃい」を始める。
2018年よりホスト歌会に参加。2020年「ホスト万葉集」、「ホスト万葉集 巻の二」(短歌研究社)に作品掲載。

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