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歌舞伎町で待っている君を

2026.10.14 公開 ポスト

売上がない、売掛が回収できない、誕生日の告知もできない…秋刀魚と松茸を買ったあとの悪夢の数々SHUN

(写真:Smappa!Group)

下町ホスト#67

私はもうほとんど記憶がないまま、スーパーで買い物をして眼鏡ギャルの家へ連絡をせずに帰った。

スーパーに入ったことはなんとなく覚えている。明るすぎる店内で、必要以上にゆっくり歩いた。真っ直ぐ歩いているつもりだったが、たぶん真っ直ぐではない。

鮮魚売り場では秋刀魚が氷を敷かれた青いビニールの上に大量に並んでいた。私は一番太っていて、やや目が赤いものをなんとなく選んで、近くにいた店員に透明なビニール袋に幾つかの保冷剤と共に入れてもらった。

レジに向かう途中で、異様にでかい松茸が視界に入り、なんとなく籠に入れた。

秋刀魚と松茸だけの料金をレジで支払い、眼鏡ギャルの家に着いた。

「糞みてーなもん買ってくんじゃねーよ」

 

まだ中身を確認する前に、玄関に入ってすぐ眼鏡ギャルに言われた気がする。

私はきっと機嫌を取ろうと言い訳っぽい何かを答えたのだろう。更に眼鏡ギャルは激昂し、私の顔面を目掛けて、四角く硬いものを投げた。

何分経ったかわからないが、眼鏡ギャルは落ち着きを取り戻し、ビニール袋の中を静かに覗く。

「でかい秋刀魚まで買ってんじゃん。なんか目赤くね?」

そして私は、食べたかったから、とか、秋だから、とか、その程度のことを言ったのだろう。

「お前がなんか作んの?」

私は頷きながら、とうとう意識は完全に途切れた。

夢を見た。どうやら私はここでもお茶を引いているらしい。しかし、ここでは各卓で誕生日の告知を軽快に笑顔でしている。お客様の反応も良く、雰囲気良く営業が終わろうとしている。しかし、ラストオーダーが来ない。延々と私は顔のわからぬ誰かの席をひたすらまわる。脂汗をふきながら、更にひたすらまわる。携帯電話が鳴った。「君」からだった。私の心臓が急激に痛くなって、そのまま目覚めた。

恐ろしい二日酔いを携えながら起きると、美しい松茸の香りが部屋中を包んでいた。吐き気が少し和んだ。暫くすると、秋刀魚の強烈な香りと煙が松茸の香りを一気に消し去った。私は、こっそりトイレへ行き、静かにしっかりと胃液を垂らした。

「おい、お前食えよ。」

そう言って眼鏡ギャルは松茸のお吸い物と秋刀魚を綺麗に焼いたものをシンクの片隅に置いて、どこかへ出掛けていった。

私は松茸のお吸い物を一口飲んで、秋刀魚の腹側に箸を入れ、内臓と身を一緒に口に入れた。一気に食欲が湧き、そのまま完食した。

そして、食べ終わると全身に血がまわり、また手のひらや顔が赤くなった。気分は悪くない。なんとなくそのまま久々に「君」に電話をした。

十回ほどコールしたが、出なかった。暫くして折り返しの電話がきた。

「なに?忙しいんだけど。」

 「いや、元気かなと思って。」

「元気ですけど。もう切って良い?」

 「申し訳ないんだけど、売掛どうする?」

「あー。めんどくさい。だからシュンくん立て替えるんでしょ?私のペースで返すから。しつこい。」

 「困るよ。いい加減にしてほしい。」

「じゃあ、取りにきてよ。ホテルでいい?いつもの。」

 「いや、違うとこにしてくれない?」

「来てくれるんなら、バースデー、行ってもいいかなあー。なんて考えちゃうよ?」

そう言われて、私は情けなく電話を切って、いつものホテルへ向かう。

そこにはベロベロの「君」が待っていた。

「お風呂はいろーよ。ジンくん。」

 「え?誰?」

「あ、ごめん。知り合いと間違っちゃった。」

 「え?誰?」

「違う違う。ただの知り合い。」

 「なんだよ。それ。」

「めんどくさい子になったね。シュンくん。これだけ渡すよ。手持ちないから。帰れば?」

そう言って「君」は五千円札を私に投げた。


『腹』


白茄子の皮より白い嘘を吐く干からびるまであんたの舌が



胸を裂き君の命も詰め込んだ重たい肉をしとしと焼いた



腹が減り誰かの忘れた酒を飲み硬い靴底フロアを鳴らす



ぎこちない君に注がれたシャンパンが嫌味たらしく互いを弾く



生ビールが淡くなるまで放置して知らぬ誰かがしれっと飲んだ
 

(写真:SHUN)

 

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。十九歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として二十三年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。

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SHUN

2006年、ホストになる。
2019年、寿司屋「へいらっしゃい」を始める。
2018年よりホスト歌会に参加。2020年「ホスト万葉集」、「ホスト万葉集 巻の二」(短歌研究社)に作品掲載。

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