下町ホスト#56
九月の締日はラストオーダーを迎える。ぎりぎりのタイミングで「君」から連絡がくる。きっと、また頼ってしまう。「君」は全部わかってやっているんだ。もう酔ってるし、どうでもいいや。お茶は回避しよう。なんて脳内でぐるぐる一人で会話をしてから、キャッシャーへ向かう。
「店長、今から迎え行ってきます。」
一方的にそう告げて、ドクンと重たく脈打つ心臓を摩りながら店の外へ出た。やはり私を透かすように「君」は嫌味な微笑みを浮かべながらすらりと立っている。
「どうする?」
「やっぱり来て欲しい。」
私が怪しい呂律でそう言うと君はゆっくりと口角を上げ、店の扉を颯爽と開けた。店内は、ほぼ満卓で、角席からテーブルをひとつ借りる形で席が作られていた。そこに店長が案内して、そのままラストオーダーを聞いた。「君」は五分だけ待てる?と言い、その場から店長は明らかな作り笑いをして去っていった。
「さあ、シュンくん、どうする?」
私を揶揄うように、笑いながら言い放つ。
「掛けだよね?」
「もちろん掛けよ。あとは任せるよ。」
「ドンペリ入れていい?なんかもう吹っ切れたわ。」
私は不貞腐れたようにそう言って、煙草に火をつけて、大きく吸った。肺はとっくに痛い。「君」はその煙草をスッと取り上げて、一口小さく吸った。
「やっぱり可愛いね。シュン君。」
私は思い切り無視をして、新しい煙草に火をつけた。
「シャンパンコールする?」
「いや、しないよ。」
「なんで?」
「いやいや、いつも嫌がってんじゃん?」
「そんなことないよ。今日はしようよ。」
「いや、卓飲みがいい。」
「飲めるの?シュン君?」
「飲むよ。全部俺が。」
ドンペリは思いのほか早くテーブルにやってきて、誰もヘルプにつかないまま開栓した。洗い立てであろうまだ湿り気のあるフルートグラスにドンペリを注ぐ。「君」と乾杯をして、一口飲む。たいして冷えていないドンペリが無数の口内炎にしみる。「君」はアイスを二つほど入れて、マドラーでくるくるかき混ぜた。私は一つだけ入れて、人差し指でグラスの底へ突き落とした。もう一口飲むと浮かんできた氷が上唇に当たった。ひんやりとして気持ちよい、そんなどうでも良いことを思っていると、店内の照明が落ちて、ラストソングが始まった。イントロが始まった瞬間に美しい青年だとすぐに気付いた。
大きな拍手や雄叫びが収まり、照明が一気に明るくなる。私はまだ半分ほど残っているドンペリをフルートとハチタン両方に注いでひたすら飲み続けた。「君」が何か言っていたが、一切覚えてない。その後、伝票がやってくる。その伝票の裏側に、本来は「君」がサインをするはずだが、やっぱり今日も何も書かないまま私に伝票を渡し、代わりに「君」の本名をサインした。そして、今日の売掛分の青伝票を店長が持ってきて、「君」に渡した。青伝票はさっと二つに折られて、財布に仕舞われた。
「十月も楽しみにしてるから。またね。」
上機嫌な「君」は、近くにとめてあるママチャリに跨って、陽の光の濃い方へ向かっていった。
店に戻ると、パラパラ男が新しく入ってきた新人ホスト数人と何やら楽しげに会話をしている。どうやらNo.3になったみたいだ。そのお祝いを兼ねて、そのメンバーでちょっといい飯屋に行くらしい。パラパラ男は私と一度も目を合わせることなく、そのまま後輩を引き連れて店を出ていった。
私はたまたまキャッシャーにいた金髪リーゼントに酔った勢いで話しかける。
「お疲れ様です。今の僕ってどうですか?」
「脆い。だから雑になる。お前の店じゃねーからな、ここ。って感じかな。まー、負けんなよ。あのギャル男によ。」
「なんか嫌われてるっぽいんすよね。」
「じゃあ、やるしかねーよな。売るしかねーよな。アイツはやってるぜ。」
「はい。」
各ソファーで潰れているホストに混じって、あまり綺麗ではない天井を眺めながら、最後の煙草に火をつけた。
「肉塊」
この肉と賞味期限を過ぎている私と共に煮込んでおくれ
脱がされて刻まれてゆく肉塊はフルヌードと呼ばれはしない
機嫌など変えられないし雨降るし君はそもそも誰だったっけ
水蛸のぬめりのように囁いて磯臭そうに脚を開いた
酸化した君の嫌味は鼻奥の狭い隙間に媚びりついたよ
歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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