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歌舞伎町で待っている君を

2026.04.14 公開 ポスト

「シュン君ってやばいんだね。もう行かない」下町ホストクラブで何が起きているのかSHUN

(写真:Smappa!Group)

下町ホスト#55

君から久々のメールが届く。

〈どこ?〉

私は眼鏡ギャルの家から、〈実家にいる〉と返信し、約三十分ほど携帯電話を睨んでいた。すると、すぐに返事がきた。

〈今からいくね〉

私はすかさず返信をする。

〈それは困る〉

 

すると、君から電話がかかってきた。私は震え続ける電話をまた底の浅いポケットにしまい、箱がつぶれている煙草を反対側のポケットに入れて、外に出る。もうすでに陽はしっかりと沈んでいる。

近くにある人の気配のない大きい公園へ行き、ところどころ茶色が禿げているベンチに座る。目の前のジャングルジムにカラスがとまって、私を揶揄うように一声鳴いた。私がポケットから携帯電話を取り出すとまた一声鳴いて何処かへ飛んでゆく。タイミングを見計ったかのように、「君」からの着信で携帯電話がまた震える。私は数秒待ってから通話のボタンを押す。

「久々じゃん。なんか静かね。」

思っていた数倍テンションが高く、カチカチと音量を二段階下げた。
 
 「うん、外出た。」

「女のところにいたんでしょ?」
 
 「いないよ。」

「今からシュン君の家いくね。」
 
 「だからやめてって。」

「なんで?」

 「親も弟もいるよ。やめてほしい。」

「じゃあ、私のところ来てくれる?」

腹の底からむせり立つ感情を抑え付け、「うん」と拙く返事をした。家に戻り用意を済ます。眼鏡ギャルにいってきますと告げると、イヤフォンをしたまま、こちらを見ずに片手を上げた。

「君」の指定したいつものホテルへ向かう。「君」はあからさまに酔っていて私が部屋へ入ると、さっさと全身に巻きついてきた。私は気怠そうな態度を貫きながら、なんとかソファーに座った。

「なーんか、冷たいのね。」

 「いや、そんなことはないけど。」

「今日締日でしょ?」

 「うん。そう。もう少しで俺は店行くよ。」

「いこっかな。売掛だけど。」

しれっとスーツが脱がされてゆく。

 「……」

「なに?」

 「もうやめない?」

「何を?」

 「売掛」

安いワイシャツのボタンが雑に外れてゆく。

「勝ちたいんじゃないの?」

 「全部、払えるの?かなりの額になってるよ?」

「そんなのわかんないよ。多少はシュン君が立て替えてなんとかやってよ。改めて言うけど、期日とかやってないから。」

 「……」

「そのうち私が勝たせてあげるよ。楽しみね。」

そう言って新品のボクサーパンツが勢いよく剥ぎ取られ、約十分経った。

セットした頭髪が濡れないように、器用に全身を洗い、ソファーに乱雑に脱ぎ捨てられたスーツを着直す。「君」は適当に化粧を直して、いつもの香水を振る。

「そんないそがなくてもよくない?」

 「やっぱ、今日、来なくていいや。」

若干震えた声で私はそう言い放ち、強張った体でホテルを出た。「君」が追ってくる様子はなく、私はゆっくりとホストクラブへ向かいながら、都合の良い言葉を並べた営業メールを数人に送った。

店内はそれなりに混んでいて、特に私の存在など気にしない様子だった。携帯電話に誰からの返信もなく、キッチンで洗い物をする。私の存在に気付いた店長がやたら鋭い目つきでやってくる。

「お前、お茶?」

 「まだわからないです。」

「誰くんの?」

 「まだわからないです。」

鋭い目つきが呆れた目つきに変わり、そのままキャッシャーへ戻って行った。私は一通り洗い物を済ませる。店内の音楽が一瞬静まり、店長がパラパラ男の席にシャンパンが入ったことをマイクで告げた。大きな拍手や雄叫びが飛び交う。私はこっそりとフロアに出て、その様子をちらりと見ようとしたが、体が反射的に拒絶した。そして、未だ誰からも返信はない。

ひと段落したであろうパラパラ男がこちらへ向かって歩いてきたが、私は携帯電話を見るふりをして、そのまますれ違った。次の瞬間、昨日のお客様からメールが返ってきた。

〈シュン君ってやばいんだね。たぶんもう行かないから。さようなら。〉

携帯電話を折りたたみ、雑に胸ポケットに収めた。空のグラスを持って、中堅ホストの席をまわる。いつもより勝手に濃い酒を作り、口数より多く口に運んだ。

時間は当たり前に過ぎてゆく。ラストオーダーの時間が迫る。携帯電話がブルっとメールを知らせる。私は席を立ち、メールを確認する。

〈店の前にいるよ。どうするの?シュン君。〉

冷静なふりをして席を抜ける。徐々に足が早まり、重たい心臓の音がひたすら煩い。


『加脈造離』


カミナリのように区役所を曲がった君を待ってる汚いホスト



雷のような悪口を黙々と聞いているんだ隣の奴が



かみなりのように叫んでいるんだが僕の名前を誰も知らない



曇りでも晴れでも春でも真夏でも白いホストは傘をささない



噛み慣れたガムを吐いたら帰ろうよまた降るってさ、君が寝るまで
 

(写真:SHUN)

 

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。十九歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として二十三年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。

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SHUN

2006年、ホストになる。
2019年、寿司屋「へいらっしゃい」を始める。
2018年よりホスト歌会に参加。2020年「ホスト万葉集」、「ホスト万葉集 巻の二」(短歌研究社)に作品掲載。

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