下町ホスト#64
9月の締日以降、「君」から連絡はなかった。
何度かメールを送ったが、返信はなかった。次の日も送った。返信はなかった。電話する勇気は私にはなかった。ひたすら頭の中から「君」を消して生活した。
しかし売掛が気になって、何日か経って、また気の利いていない短いメールを送った。
もちろん返信はなかった。
そして今、「君」の名前が久しぶりに携帯電話に表示された。心臓がずっしりと重くなった。それから少し痛くなった。
「君」は特に用事があるわけでもなさそうだった。
何度かメールをやり取りして、君の家の近くにあるファミレスで会うことになった。
「君」は他のメニューより少し高い肉を注文し、私はヘルシーなハンバーグを注文した。「君」は携帯電話ばかり見ていて、沈黙が続く。私はハンバーグをさっさと食べてしまい、追加で味の濃い緑色の炒め物を注文した。「君」の肉は、運ばれてきたときにはジュージューと大袈裟な音を立てていたが、今ではすっかり静かになっている。肉の横には、発色の良いコーンと人参と、何のために添えられているのかよく分からない緑色の野菜が乗っていた。肉から流れ出た脂が茶色いソースと混じり、逃げ場のないその野菜達を湿らせていた。
「君」は左手のフォークで肉を押さえ、右手のナイフを何度も往復させている。なかなか切れない。力を入れるたびに鉄板が木の台の上で少し動き、ガタガタと音を立てた。
やっと切れたと思ったら、思っていたより大きかったらしい。君はフォークに刺した肉片を一度口元まで運び、じろりと見てから口の中に押し込んだ。
頬が膨らんだ。
私はドリンクバーから持ってきたコーラをストローで吸いながら、それを見ていた。氷が溶けてだんだん薄くなってゆく。
久しぶりに会った「君」は携帯電話をようやくしまい、熱くはない肉を黙々と食っている。
私は暫く薄いコーラを飲みながら、その様子を眺めていた。
「俺さ、やっぱり店辞めるんだ。」
君は口の中の肉を何度か噛んだ。
「そうなの?」
「うん。」
また肉を切り始めた。ガタガタと音を立てる。
「本気で歌舞伎町にいくってこと?」
「うん。」
「いつ?」
肉片を飲み込んだ。
「来月かな。」
「じゃあ、今月までってこと?」
「うん。」
ナイフを置いた。
「へー。」
「最後、イベントやるんだ。」
「何の?」
「俺の誕生日イベント。」
水を一口飲んで、「君」はあからさまに嫌そうな表情をする。
「で?」
「いや、言っておこうと思ってさ。」
数秒の沈黙のあと、「君」はテーブルに置いてあった携帯電話や煙草を無造作にバッグへ放り込み、立ち上がった。私の方を一度も見ることなく、そのままファミレスを後にした。残された私は、ずるずると薄いコーラを啜ってから、ようやく来たバター臭い緑色の炒め物を頬張った。
『傘』
幸福そうで柔らかい唇に触れる頃には冷たい真夏
悪徳な小道を歩く月曜は大きな傘に隠れてしまう
大きめのどっかのリンパを撫でながら君はようやく僕もようやく
明日頃に締まる予定の肉片がどろんと香る、鼻を貫く
平凡が喉に詰まった週末は傘をささずに誰かを名乗る
歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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