下町ホスト#63
その日は美しい青年がラストソングを歌った。あれ以降、私とその話をすることはなく、No.1として私に接した。営業後、いつものように奥のソファーに横たわって携帯電話を弄っていると、かなり酔った様子のパラパラ男がやってきた。
「宣材写真良かったっすよ。オレも撮り直しました。」
「そっか。ありがと。なんか久々だね。」
私は気まずさを誤魔化すように、テーブルに置かれていた烏龍茶のグラスを手に取った。氷はほとんど溶け切っていて、薄くなった烏龍茶の表面に小さな氷がひとつだけ浮いている。グラスをくるくると回すたび、それが頼りなく縁にぶつかった。飲む気にもならず、私はしばらくその音をただ聞いていた。
「あっ、聞きましたよ。誕生日イベントの話。」
しっかりとした力強い声が沈黙を破る。私はようやくグラスに口をつけ、小さな氷を奥歯で噛み潰した。
「うん。なんかそういう流れになってさ。」
「辞めるんすよね?」
「うん。言ってた通り辞めるよ。お前どうすんの?」
私はグラスをテーブルに戻し、煙草に火をつけた。
「オレはやっぱ辞めないっす。」
「え?歌舞伎町でホストやらないの?」
「はい。たぶんオレはこっちのが合ってる気がしてます。埋もれたくないんすよ。シュン君は歌舞伎町でも多分埋もれないっすよ。勘ですけど。」
私は煙草を深く吸い込んだ。先端の火がじりじりと紙を焼き、赤い光が一瞬だけ強くなる。肺いっぱいに溜めた煙を吐き出すと、頼りない舌の奥に苦い味だけが残る。灰を落とそうと煙草を灰皿の縁にぶつけた。想定よりも力が入っていたせいか細長く伸びていた灰は崩れ、灰皿の外に少し散った。
「だから嫉妬とか色んな気持ち含めて、オレはあんたの事嫌いっす。だから最後まで負けないから。」
パラパラ男は立ち上がった。私は散らばった灰を人差し指で集めながら、その背中を見ていた。
「じゃ、お疲れっすー。」
「お疲れ。」
パラパラ男は振り返ることなく店を出ていった。
短くなった煙草をもう一度吸う。フィルターの近くまで火が来ていて、唇がやたら熱かった。
灰皿に溜まった吸い殻に残りの烏龍茶を吸わせ、私も店を後にした。そのまま電車を乗り継ぎ、眼鏡ギャルの家へ向かう。
合鍵でドアを開ける。ガチャンと甲高い音がフロアに響く。そのままそっと扉を開けた。眼鏡ギャルは、興味なさそうなテレビをつけながら、近所のスーパーでよく売られている小さなお弁当を食べていた。
「帰ってくるなら連絡しろよてめー。」
「ごめん。忘れてた。なんかさっきさ、ギャル男、俺と一緒に歌舞伎町でホストやらないらしいっぽい。」
「は?」
「いや、営業後に急に言われてさ。この店で頑張るって。」
「きも。糞どーでもいいわ。」
「俺に負けないって。」
「で?アタシに頑張れと?お前は言っているのかな?」
「いや、そんなつもりは、、」
「これ食う?お腹いっぱい。」
そう言って差し出された、もはやお弁当とは到底言えないぐちゃぐちゃしたものを頬張って、私は眠りについた。
『シャボン玉』
感情に照らされ光る水滴が氷の上にぽたんと落ちた
出鱈目な雨で濡れゆく脳内で冷えてしまった君の概念
呆然と君が作ったシャボン玉、私が食った、私は食った
さようならおやすみなさいまたあした、知らない塵が足に当たった
水溜り飛んで弾けろ厚化粧新宿着いて名前を捨てた
歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
- バックナンバー
-
- 「シュン君は歌舞伎町でも埋もれない」「だ...
- ホストクラブ「男本」の新しい宣材写真は大...
- 「徐々に脱いでいこうか」宣材写真が撮影が...
- 「シュン君。よろしく」男をめったに撮らな...
- テキーラで酔いつぶれた翌日、パラパラ男の...
- 「クソギャル男、売れてるらしいじゃねーか...
- お客様への雑なコピペメールを謝り、「懺悔...
- 九月の締日、ラストオーダーぎりぎりに来た...
- 「シュン君ってやばいんだね。もう行かない...
- 「売掛に使われてんじゃねーよ」携帯電話の...
- 「ホストとして話すべきことではないけど」...
- 「携帯解約しといてね」ダンナの暴力にも平...
- 「五百万でいいよ。お前ホストだろ?」“君...
- 「バレた、逃げて」「誰に?」美しいホスト...
- 「毎回呼ばれてお金渡されて…」人間らしさ...
- 「ねぇ、苦しいよ」君の来店が増え、売掛は...
- 「歌舞伎町で働きたいんだって?」社長から...
- 「シュンくんに飽きちゃったのかも」久しぶ...
- 盛り上がるパラパラ男の誕生会に湧きおこる...
- 「今日で変えるんすよ。俺らの見られ方を」...
- もっと見る











