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歌舞伎町で待っている君を

2026.08.14 公開 ポスト

「シュン君は歌舞伎町でも埋もれない」「だから嫌い」だと下町ホストの同僚は言うSHUN

(写真:Smappa!Group)


下町ホスト#63

その日は美しい青年がラストソングを歌った。あれ以降、私とその話をすることはなく、No.1として私に接した。営業後、いつものように奥のソファーに横たわって携帯電話を弄っていると、かなり酔った様子のパラパラ男がやってきた。

「宣材写真良かったっすよ。オレも撮り直しました。」

 「そっか。ありがと。なんか久々だね。」

 

私は気まずさを誤魔化すように、テーブルに置かれていた烏龍茶のグラスを手に取った。氷はほとんど溶け切っていて、薄くなった烏龍茶の表面に小さな氷がひとつだけ浮いている。グラスをくるくると回すたび、それが頼りなく縁にぶつかった。飲む気にもならず、私はしばらくその音をただ聞いていた。

「あっ、聞きましたよ。誕生日イベントの話。」

しっかりとした力強い声が沈黙を破る。私はようやくグラスに口をつけ、小さな氷を奥歯で噛み潰した。

 「うん。なんかそういう流れになってさ。」

「辞めるんすよね?」

 「うん。言ってた通り辞めるよ。お前どうすんの?」

私はグラスをテーブルに戻し、煙草に火をつけた。

「オレはやっぱ辞めないっす。」

 「え?歌舞伎町でホストやらないの?」

「はい。たぶんオレはこっちのが合ってる気がしてます。埋もれたくないんすよ。シュン君は歌舞伎町でも多分埋もれないっすよ。勘ですけど。」

私は煙草を深く吸い込んだ。先端の火がじりじりと紙を焼き、赤い光が一瞬だけ強くなる。肺いっぱいに溜めた煙を吐き出すと、頼りない舌の奥に苦い味だけが残る。灰を落とそうと煙草を灰皿の縁にぶつけた。想定よりも力が入っていたせいか細長く伸びていた灰は崩れ、灰皿の外に少し散った。

「だから嫉妬とか色んな気持ち含めて、オレはあんたの事嫌いっす。だから最後まで負けないから。」

パラパラ男は立ち上がった。私は散らばった灰を人差し指で集めながら、その背中を見ていた。

「じゃ、お疲れっすー。」

 「お疲れ。」

パラパラ男は振り返ることなく店を出ていった。

短くなった煙草をもう一度吸う。フィルターの近くまで火が来ていて、唇がやたら熱かった。

灰皿に溜まった吸い殻に残りの烏龍茶を吸わせ、私も店を後にした。そのまま電車を乗り継ぎ、眼鏡ギャルの家へ向かう。

合鍵でドアを開ける。ガチャンと甲高い音がフロアに響く。そのままそっと扉を開けた。眼鏡ギャルは、興味なさそうなテレビをつけながら、近所のスーパーでよく売られている小さなお弁当を食べていた。

「帰ってくるなら連絡しろよてめー。」

 「ごめん。忘れてた。なんかさっきさ、ギャル男、俺と一緒に歌舞伎町でホストやらないらしいっぽい。」

「は?」

 「いや、営業後に急に言われてさ。この店で頑張るって。」

「きも。糞どーでもいいわ。」

 「俺に負けないって。」

「で?アタシに頑張れと?お前は言っているのかな?」

 「いや、そんなつもりは、、」

「これ食う?お腹いっぱい。」

そう言って差し出された、もはやお弁当とは到底言えないぐちゃぐちゃしたものを頬張って、私は眠りについた。


『シャボン玉』


感情に照らされ光る水滴が氷の上にぽたんと落ちた



出鱈目な雨で濡れゆく脳内で冷えてしまった君の概念



呆然と君が作ったシャボン玉、私が食った、私は食った



さようならおやすみなさいまたあした、知らない塵が足に当たった



水溜り飛んで弾けろ厚化粧新宿着いて名前を捨てた

 

(写真:SHUN)

 

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。十九歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として二十三年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。

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SHUN

2006年、ホストになる。
2019年、寿司屋「へいらっしゃい」を始める。
2018年よりホスト歌会に参加。2020年「ホスト万葉集」、「ホスト万葉集 巻の二」(短歌研究社)に作品掲載。

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