
8月2日(土)にひらりささんとともに「美容と社会、そして私たち」読書会を開催する鈴木綾さん。お住まいのロンドンから東京にいらっしゃいます。読書会を前に、鈴木さんの初エッセイ『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』から一部を抜粋してご紹介。ここで描かれた状況は、2022年のものですが、日本も似てきたのではないでしょうか。読書会の詳細は記事一番下をご覧ください。
政治と恋愛と分断と
歴史上、「悲運の恋物語」は文学作品の定番テーマだ。愛し合う二人を因習や社会階層、人種、宗教、政治、戦争が引き裂く。あるいは単に運が悪いだけで離れ離れになるカップルの話もある。自由に自分のパートナーを選べるようになった私たちにとって、そんな話は考えられない。
でも、私たちは本当に自由になっているのかな。ロンドンで知り合った多くの女性と男性の話を聞くと、私たちはむしろ「ロメオとジュリエット」的な時代に戻りつつあるんじゃないかと思う。「ロメオとジュリエット」は、敵同士の家庭に生まれた二人に恋愛が許されなかったっていう悲恋物語。シェイクスピアが描いた恋人たちと違って、現代の人たちは自由に相手を選べる。なのに自分と違う「グループ」出身の人とはあえて付き合おうとしない。宗教、人種、社会階層、国籍の違いより、「政治的見解」が現代の恋人たちを分裂させる壁になっている。

ロンドンの出会い系アプリでは年齢や人種、身長で「好み」を設定できるけど、「政治的見解」でも相手を検索できる。周りの人たちによると、直接会うとき、ときには会う前に政治的なことを聞く人が増えている。
「ファーストデートから政治の話をするよ。もちろん。それを母に言ったらびっくりされたけど、政治的見解が合わなかったらアウトよ。だって、一緒に子供を作るかもしれない。親の価値観が合わなかったら育児って大変じゃない?」と女性の友達に言われた。
30代半ばになった彼女は結婚願望があってアプリを使っているので、「ゆっくり付き合う」ことを考えていない。不仲の原因になりそうな何かがあれば、彼女はそれを早く知りたい。面白いことに、彼女の両親はユダヤ人で、両親の親たち(つまり彼女の祖父母)は自分の子供がユダヤ人じゃない人と結婚するのを許さなかった。一方で、彼女はユダヤ人じゃない人と結婚してもいいと親から言われている。彼女は前の世代と比べると自由になっているけど、自分で自分の選択肢を絞っている。
「政治的見解」というのは、「選挙で何党に入れたか」だけではない。地球温暖化をどう考えているか、移民政策をどう考えているか、女性やマイノリティの権利をどう考えているか等々、多くの「社会問題」や「時事問題」に関する見解も含まれている。政治的見解、というよりももっと広い、「価値観」とか「社会観」に近いかもしれない。
コロナウイルスに関するデマや「フェイク・ニュース」が飛び交うなか、政治的見解で相手を選んでいる人は、相手に「バツをつける」項目が新しくできた。
友達のニックはゲイでリベラルで、よくブラック・ライブズ・マターなどのデモに参加して、自分のようなマイノリティの権利のためにたくさん闘ってきた。先日、ある男性と初デートに行ったとき、ニックはデモの話を持ち出した。
「僕も最近デモに行ってるよ」と相手の男性が言った。
よかったよかった、この人も人権問題に興味があるんだ! とニックは一瞬喜んだけど、違うデモだった。
相手が参加したデモは、なんと、反コロナワクチンのデモだった。ニック曰く、デートの相手はワクチンに反対じゃなかったけど、ワクチン接種している人しか海外旅行を許可しない「ワクチン・パスポート」に反対。そんな制度は医療的な理由でワクチン接種できない人への差別だから。
日本とはちょっと違うかもしれないけど、イギリスだと、一般的に言って反ワクチンの人たちの多くは右翼で都市伝説や陰謀論を信じがちで、今回のワクチンは政府の陰謀だと思っている。一方で、ニックのようなリベラルな人たちの多くは、国民の命を守るのは政府の責任で、全国民にワクチン接種させるのは政府の義務。人の命、特に弱い人を守るうえで最優先されるべきって考えている。
「まぁ、ワクチン自体に反対してないから大丈夫じゃない?」と私が楽観的な解釈を提案したけど、ニックはもう決意を固めていた。その彼にはもう会わない。
日本と違って、国民が政治に強い関心を持つイギリスでは、政治的見解によって恋愛相手を選ぶのは別に新しい傾向ではない。2008年に左翼のLGBTQ+支援政治団体が「Never Kissed a Tory」(Tory=保守党、あるいは保守党を支持する人のこと。「保守派の人とはキスしたことがない」)というスローガンのTシャツを作って爆売れした。今や同じスローガンのマグカップ、スマホケース、トートバッグなど、山ほどのグッズをネットで買える。日本で言うと、「自民党の支持者とはキスしたことがない」になるけど、なんか違う(笑)。
政治が今ほど二極化していなかった2008年にはこのスローガンは冗談半分で使われていたけど、今や本気で信じている人が多いみたい。EU離脱が決まった2016年の「ブレグジット」国民投票から、国の政治的二極化がさらに加速していて、政治的分裂が深まっている。移民の受け入れに寛容で、ヨーロピアンな多文化圏の一部でいたいと考えていて、街中に住んでいる「左翼」の人と、「古き良きイギリス」を取り戻したいと考えているEU離脱賛成派の「右翼」の人の間には、埋められない亀裂がある。
イギリス人は自分の政治的見解を開陳するのを怖がらない。この間、海辺の民宿に泊まったら、オーナーが「移民に感謝」というポスターを壁に飾っていた。彼女はおそらく「残留派」だな。
「ベタ」な解釈だと指摘されるかもしれないけど、政治的見解の違う人と付き合うのに抵抗感を持つ人が増えている背景にはネットの影響も大きい。日本と違って、西洋ではツイッターなどのSNSを匿名で使う習慣がない。人生の半分以上の時間をネットで過ごしている今日、みんな自分の名前で発言すること、どんなことでも後に残るように発言すること、つまり人前に自分を晒すことに慣れてきた。と同時に、微妙なニュアンスが伝わらないネット上では投稿が炎上したり誤解されたりするので、みんな自分のレピュテーション(評判)に傷がつくリスクを常に念頭に置くことに慣れた。違う意見・価値観を持っている人と付き合うことは自分のレピュテーションを傷つけるかもしれない。
もちろん、政治的見解の違う人と付き合う人もいる。筋金入りフェミニストの友達は、この前若干保守派のレバノン系フランス人男性と婚約した。政治的見解の違いについて聞いたら、彼女は冷静だった。
「お互いに違う国、違う文化で育ったから政治的見解が違うのは当然。私はあまり気にしない。大事なのは、落ち着いて、お互いの意見を尊重しながら話し合うこと。叫んだりするのは絶対だめ」
政治的見解がパートナーを選ぶ上で大前提となる時代になった、という観点から考えると、メーガン妃とヘンリー王子(サセックス公爵夫妻)の話が興味深い。2018年に結婚した二人は1年ちょっとで王室離脱を発表した。1000年以上の歴史を持つ英国王室を揺るがす展開は、全イギリス国民の話題をさらった。二人が2021年の3月に離脱以来初の独占インタビューに答えたとき、イギリス人の5分の1がライヴで見たらしい。
インタビューで、メーガン妃は自分が自殺を考えたこと、子供の肌の色を巡って王室内から人種差別発言があったこと、王室に入って苦しんだことを赤裸々に明かした。それを見て、バツイチ、黒人で自立心を持つ彼女がいかに王室で「よそ者、仲間外れ」だったのかがよく伝わってきた。
もちろん、二人が離脱を決めた背景にはヘンリー王子の母、ダイアナ妃の存在がある。ダイアナ妃は死の瞬間までパパラッチに撮影されていたと言われ、2008年にイギリスの高等法院で開かれた死因究明審問で、パパラッチの追跡が事故の原因の一つだったと評決された。メーガン妃もパパラッチの差別と卑劣さに相当苦しめられた。
でも、このインタビューで一番重要だったのは、メーガン妃が王室で受けた「人種差別的なコメント」だろう。インタビューで明らかになったことは、パパラッチから受けたハラスメントは彼女たちの王室離脱の理由の一つだが、最大の理由は彼女が新しい家庭の「政治的見解」に同意できなかったから、ということだ。これは「地球温暖化を信じない」「ワクチン反対」の人と別れるのとある意味一緒。
自分と価値観が違うという理由でイギリス王室に背を向けたメーガン妃の行動は間違っていたのだろうか。自分の子供たちを黒人を差別する家庭で育てたくないのは理解できる。自分の存在自体を否定し、見くびる人たち(これはマスコミを含めて)の中で家族を作りたくない気持ちはよくわかる。私がフェミニズムを否定する男性と付き合いたくないのと一緒。
「政治的見解が合わない人とのお付き合いを断る」人たちは、大体「左翼」「リベラル」で、若い。イギリスの大手調査会社がインタビュー直後に行ったアンケートによると、18−24歳のイギリス人の61パーセントはメーガン妃とヘンリー王子が女王と王室から不当な扱いを受けたと感じた、と答えた。その割合は全世代で見れば32パーセントだった。
この層は存在感を増す「ジェネレーションZ」。メーガン妃がインタビューの中で言及したイギリスのタブロイド紙の報道姿勢を、「人種差別的ではない」と擁護したイギリス報道機関の業界団体「英編集者協会」の会長が身内の報道関係者から厳しく批判され、辞任した。メーガン妃の発言を「信用できない、自分は一言たりとも信じない」とテレビ番組の中で批判した有名な男性司会者が番組を降板した。彼の発言に対しては4万1000件を超える市民からの苦情が殺到した。
皮肉なことに、この人たちはより寛容で多様性を重んじる社会を求めつつ、自分と違う意見を持つ人に対して過剰に不寛容だ。
他方、この「文化的戦争」で形勢不利に見える右翼─保守派のロメオたちはどうなっているだろう。
友達の典型的なエリート白人イギリス人男性、イーサンは、会社の多様性を向上させるための具体的な取り組みをたくさん議論してきた。これはもちろんやったほうがいいと思う。イギリスでは差別の問題はすごく根が深い。建前上、市民としての基本的権利や就学・就労に差別はないってことになってるけど、差別は社会の中に厳然と存在していて、ある意味、社会の仕組みに組み込まれている。
でも、彼の会社のやり方は、中国の文化大革命時に開催された「自己批判告白大会」みたいに、みんなが自分が間違っている、偏見を持っていることを公の場で認めなければいけないものだった。マイノリティでもなく、差別を受けたこともない彼は、逆に自分が攻撃されているような気がした。追い詰められている彼は、最近もっともっと保守派になっている。民主主義はこうやって自分で自分の首を絞めてしまう。
でもイーサンや他の人たちが左翼からの圧力を感じているのは、今のイギリスで左翼が主流だからだとは信じがたい。そもそもイギリスの時代思潮は総じて見れば保守的で、今もそう。ボリス・ジョンソン首相のブレグジット政策はそれが顕著に表れている例。政治的見解で相手を選ぶリベラルなイギリス人が多い大都市から一歩外に出たら別の世界が広がっている。それに加えて、これから社会人に増える「ジェネレーションZ」の中で右翼か左翼、どっちのほうが強くなるかはまだ予測できない。
唯一はっきり言えるのは、この世代は長く繰り返されてきた「政治と宗教は話題にしない」という社会のルールを覆した。今や政治の話題はタブーどころか「その人を判断する重要な要素──その人らしさ──の一つ」になった。もしシェイクスピアがこの時代に「ロメオとジュリエット」を書いていたとすれば、どんな話になっているだろう。現代のロメオとジュリエットは愛し合う二人の自殺──後追い心中──で終わるんじゃなくて、二人がブレグジットを巡って口論になり、喧嘩の果てに撃ち合いになって終わるんじゃないだろうか。
ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた

大学卒業後、母国を離れ、日本に6年間働いた。そしてロンドンへ――。鈴木綾さんの初めての本『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』について
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