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ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた

2022.06.07 公開 ポスト

「欠点を愛そう」日本の"金継ぎ"がイギリス人に教える生の美意識鈴木綾

母国の大学を卒業後、日本にやってきた鈴木綾さんが日本語で文章を書くにあたって日本名のペンネームをつけたのは、「どこの国の出身か」への偏見を避けたかったから。ひとつの国だけに留まる生き方はしたくない鈴木綾さんは、東京を出て、ロンドンにたどり着きます。複雑さと孤独をたたえたロンドンという街で綾さんが見たものは――? デビュー作『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』より、イギリス人が憧れる日本の哲学についてお届けします。

(写真:iStock.com/Marco Montalti)

イギリスで広がる「金継ぎ」哲学

「綾ちゃんはキンスーグって知ってる?」

とシェアメイトのベハティちゃんにいきなり聞かれた。

「キンスーグ? って金継ぎのこと? 壊れた道具を金でつなぐ」

「そう! キンツギ。去年授業で勉強した」

知っている人も多いと思うけど、金継ぎというのは、日本の伝統的な陶磁器の修理法のこと。割れたり欠けたりした陶磁器を漆で接着して、継ぎ目に金や白金などの粉を蒔(ま)いて飾る。金継ぎしてあるところを「景色」と言って、骨董の茶碗なんかだと金継ぎしてあったほうが価値が高かったりする。

ベハティが金継ぎを話に出してから、金継ぎのことをあっちこっちで見たり聞いたりするようになった。気になっていろいろ調べてみた結果、イギリスでも他のヨーロッパの国でも、金継ぎが一つのブームになっていることがわかった。アマゾンUKで「金継ぎの本」を検索すると150件も出てくる。そのうちの一冊は表紙が金継ぎっぽくなっている聖書。ううう……。

イギリス人でも日本人でもない私は、こういう話が大好き。イギリスでどんな日本料理、どんな日本の商品が流行っているか、日本がどのように見られているか、に興味がある。なぜかと言うと、それが必ずしも日本人が考えている日本文化と一致しないからだ。思いもつかないような「日本文化に関する創造的な解釈」にたくさん出会ってきた(ロンドンのジャパニーズ・フュージョンのお店のど真ん中に置かれていて、来店者を見下ろしていた何十個ものキラキラ金色招き猫は、なかなかユニークだった)。

日本でもそう。日本人が考えたフランス料理やイタリア料理。アメリカのポートランド風のカフェ。北欧の家具屋さん。その国の人にしてみると必ずしも代表的なお店ではないけど、日本人のテイストには合っている。どれが正しいか正しくないかの問題じゃなくて、テイストの問題だ。

さて、ロンドンでは、日本は実際にどう見られているのか。まず、和食が大人気。ロンドンの居住者はお寿司とラーメンはもちろんのこと、トンカツ、日本のカレー、居酒屋などなど、さまざまな和食と日本の食事スタイルを知っているし、好んでいる。ロンドンには酒蔵だってある。本屋さんに行くと、村上春樹の小説と、最近で言えば村田沙耶香の『コンビニ人間』が外国人の作家の棚に普通に並んでいる。

北欧と日本のミニマリズムデザインの融合は最強

日本の美意識もイギリスで高く評価されている。モネなど印象派以降の西洋近代アートの大家たちの多くが、日本の美術に強い影響を受けたからかもしれない。今や一番評価されているのは日本の「ミニマリズム」。多くの人たちは彫刻家、イサム・ノグチの提灯っぽいランプを家に飾っている。形はシンプルだけど、はっきりしたデザイン性があってどんな空間でもそこをおしゃれにする。

最近、鋭い審美眼を持っているイギリス人のミニマリズム愛がもう一段進化して、日本のミニマリズムデザインと北欧のミニマリズムデザインを融合させるという、ドラゴンボールにたとえたらスーパーサイヤ人レベルのデザイン「Japandi(ジャパンディ)」(Japan+ Scandinavian)が生まれた。

2020年(パンデミックの真っ最中!)にロンドン西部にできた商業施設「パンテクニコン」は「ジャパンディ」の発信地。4階建てで1階がカフェ キツネという和風スイーツを出す店(日本に何店舗もあるのでご存知の方もいると思います)、2階が北欧と日本のグッズを扱う雑貨屋さん、3階が北欧のレストランで4階が北欧風のカクテルバー。

内装がシックでシンプルで茶色や濃い緑色が多い。木製の椅子やテーブルと木床があってほっこりする別荘にいるみたい。こういったミニマリストな雰囲気、自然を感じさせるインテリアや家具、シンプルに見えるけどとても繊細な工芸品は日本も北欧も通じるものがある。

訪れたときに入った雑貨屋さんに置いてあったものは、全てこういった美意識を感じさせた。上品で長い注ぎ口のあるドリップポット、檜(ひのき)の香りの香水や化粧品、フワフワな靴下、盆栽玄人くろうとしか使えないハサミ。みんなすごく綺麗で高かった。これがロンドンの大金持ちが憧れる日本のセンス。盆栽を持っている人がそんなにいるとは思えないけど、綺麗な盆栽バサミを買い、自慢げに家に飾る人はいると思う。世界に一つしかないモノこそ、今の贅沢。

日本の美意識への興味は、単なる「異国趣味」「異国の美への興味」ではない。実は私にはここのところがすごく面白い。冒頭に話した最近の金継ぎブーム、みんなの心を惹きつけているのは「美しい日本の金継ぎ陶磁器」ではない。彼らは「金継ぎ」という「美の哲学」に惹かれているのだ。

キーワードの人気度を調べられるグーグル・トレンドで確認すると、外国人は2013年ごろから金継ぎに興味を持ち始めたようだ。理由はよくわからないけど、ちょうど2013年に円安になって日本に行く外国人観光客数が急に増え始めた。外国人が日本全体に関心を持つようになったのに合わせて、金継ぎへの興味が高まったと言えるだろう。そして、ここからが大事なことなんだけど、金継ぎブームの牽引役は陶磁器オタクではない。外国人は金継ぎという技術に「哲学」を見出し、その「美の哲学」、もっと言えば「生の哲学」に惹かれたのだ。

外国人が考える、金継ぎの「哲学」とは何だろう。

ベハティによると、ビジネススクールの先生がリーダーシップのゼミで金継ぎの話をしたらしい。先生の説明によると、全てのリーダーたちには傷や過去のトラウマがある(リーダーじゃなくても誰だって忘れたい黒歴史がある)。いいリーダーになるには強くなるための教訓として自分の傷を金継ぎの美しいひびのように受け入れるべきだと。

『金継ぎ:自分の欠点を受け入れ、幸せを見つけよう──日本式に(Kintsugi:Embrace your imperfections and find happiness-the Japanese way)』という本を執筆したトマ・ナバロによると、手術の傷跡を気にせずにビキニを着てビーチに行く乳房切除者は「金継ぎ哲学」の典型的な実践者だ。

「マインドマップ(自分の心の地図)のように、金継ぎは教訓を教えるし、真実を明かす力がある」と日本人の母親を持つアメリカ人シェフ兼ウェルネス・ライター、キャンディス・クマイが話す。キャンディスは2018年、『金継ぎウェルネス:マインド・ボディー・スピリットを養う日本の伝統(Kintsugi Wellness: The Japanese Art of Nourishing Mind, Body, and Spirit)』という本を出した。

「自分の壊れている、難しい、辛い部分を、光や金や美しさを照らす部分として見ることは誰でも選択できる」

キャンディスによると、西洋の文化は均整を美徳とするのに対して、日本は不完全なものに美徳を見出す。今や、メンタルヘルスは、ヨーロッパとアメリカのマスコミの一大関心事だ。日本や東洋の哲学は、西洋ではとても尊敬されている。だから西洋人が金継ぎに心の平穏や生きる知恵を求めるのはよくわかる。

ジャパンディ・デザインや金継ぎがロンドンで流行っていることから、日本の「ソフト・パワー」を分析する上で興味深いことが読み取れると思う。

ソフト・パワーは、相手に強制せずに影響を与えること、その力を示す。軍事力の反対。日本のように世界中でその文化が愛されて消費されている国は、ソフト・パワーが強い。しかし、今までは日本のソフト・パワーを行使する「道具」が洗練されていなかった。

私が2010年ごろに大学で日本語を勉強していたときは、まだ「クール・ジャパン」の時代だった。議論の余地はあるかもしれないが、この時代の概念は2002年に米雑誌「フォーリン・ポリシー」に掲載された「日本の国内総クール(GNC)」(Japan's Gross National Cool)という記事を契機に「クール・ジャパン」として生まれた。

筆者のダグラス・マックグレーによると、日本のポップカルチャーが持つ影響力は、日本の高度経済成長期より強かった。「クール・ジャパン」という概念は、実はイギリスが90年代に発表したソフト・パワー戦略、「クール・ブリタニア」からインスピレーションを得ている。スパイス・ガールズとオアシスが世界的な人気を誇り、音楽、アートと若者文化が栄えた。スパイス・ガールズのメンバーがライブで着ていた英国国旗の超短いワンピースがこの時代の代表的なイメージ。

「クール・ジャパン」時代に寿司、キティちゃん、アニメと漫画が世界中に売られた。日本の認識度が上がったという意味では良かったけど、海外で流行っていた日本文化は今より範囲が狭かったし、和食以外、多くの人にとって魅力的じゃなかった。

大学で日本語を勉強していた同級生たちの多くはアニメと漫画から入って日本に興味を持った。日本語は「オタク」が勉強する言語だという位置付けになった。私みたいに日本文学に興味を持っていた人は圧倒的に少なかった。だから本当の意味の「日本のファンたち」の人数は限られていた。他にも日本のファンたちがたくさんいたはずなのに、彼らは海外で流行っていた日本文化の狭さに「自分」を見つけられなかった。

より幅広い日本文化が海外に輸出され認識されている今では、日本文化はもっと多くの人たちの心に響きやすいと思う。もう日本はアニメとか漫画じゃなくて、日本はラーメン、日本は美味しいお酒、日本は優れたデザイン。この、よりニュアンスのある日本文化への認識は日本のソフト・パワーのさらなる強化につながっていると思う。そうでなければこれほど多くの欧米人がめっちゃくちゃに遠い日本まで観光に来ないに違いない。

海外で知られている、愛されている日本文化が増えれば増えるほど、日本文化は違う形に「進化」を遂げる。カリフォルニア・ロールやH&Mで売られる「キモノ」は日本にインスパイアされているけど、日本には存在しない。金継ぎ哲学もそう。外国人が自分たちの日本文化に関する意見や印象というレンズを通して金継ぎを見て、西洋に合わせたのものが金継ぎ哲学。

私が「金継ぎ」に見出すのは、ウェルネスでも傷跡でも金の輝きでもない。私の金継ぎ哲学は単純に、「持っているものを長く大事に使おう」ってこと。

先週、虫に食われたセーターを東ロンドンにあるバングラデシュ人の仕立屋さんに修理に出した。この仕立屋はバングラデシュ人が前からたくさん住んでいるブリックレーンから一本入った小さな路地にある。お店の中は古いミシンや洋服が乱雑に置かれているし、面積は6畳くらいしかないのに3人が働いている。修理に出して1時間も経たないのに優しい仕立職人さんからSMSが来た。

「修理ができました」

虫食いの部分がほとんどわからない。長く着よう。私の金継ぎセーター。

 

※続きも『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』でぜひご覧ください。

関連書籍

鈴木綾『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』

フェミニズムの生まれた国でも、若い女は便利屋扱いされるんだよ! 思い切り仕事ができる環境と、理解のあるパートナーは、どこで見つかるの? 孤高の街ロンドンをサバイブする30代独身女性のリアルライフ

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ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた

大学卒業後、母国を離れ、日本に6年間働いた。そしてロンドンへ――。鈴木綾さんの初めての本『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』について

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鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。ロンドンの投資会社勤務を経て、現在はロンドンのスタートアップ企業に勤務。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。

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