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ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた

2022.05.18 公開 ポスト

「鈴木綾の言葉」は“自分が人生の主人公”であることを思い出させてくれる井土亜梨沙(スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 コミュニティプロデューサー)

母国の大学を卒業後、日本にやってきて、6年間東京で働いた鈴木綾さん。その当時、ハフポスト日本版での綾さんの連載を担当していた井土亜梨沙さんが、『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』を読んでの感想をご寄稿くださいました。

(写真:iStock.com/Shaf Bdn)

マッチングアプリでパートナーを見つけるコツを教えてもらった。自分が相手に求めることをできるだけ具体的に書くことだという。趣味、価値観、お金の使い方、将来展望、子育ての仕方、などなど。

私は早速自分のプロフィールを見てみた。どこにでも誰にでも書けそうな平凡さ。右にスワイプしたとしても、誰も声をかけるまではしないようなありきたりな内容だった。「真剣な恋愛」以外は、相手に何を求めているのかわからない。

そもそも私って何を求めているんだっけ? どんな将来を描きたいんだっけ? 私の中の声がはっきりしないまま、アプリに登録している自分がいた。30を過ぎて、人の期待や人のために生きる方法ばかりに磨きをかけてきてしまった代償が大きい。

人生の主人公であることをもう一度思い出させてくれる鈴木綾の言葉を私は欲していた。

「鈴木綾」にまた会える!

鈴木綾と出会ったのは、2017年。当時私が働いていたウェブメディア、ハフポスト日本版のオフィスを訪れ、彼女は書き溜めた原稿を見せてくれた。20代女性が、自身の国籍を隠して「鈴木綾」として大都会東京の生きづらさと日常を綴っていく。目の前にいる人と育った背景が全く違うことを忘れさせるほど、彼女の文章に共感した。

ハフポストでの連載「これでいいの20代?」はすぐに人気コンテンツとなり、下品で高慢な態度をとるような日本の偉いおじさんを「ゾンビおじさん」と名付けた記事はネット上で大きな話題を呼んだ。

彼女がイギリスに引っ越し、そして新しいエッセイを書いているという。またあの「鈴木綾」に会える。人生はそんなに簡単じゃない、でもキラキラしている。だからキラキラしている。20代後半の私にそう教えてくれたのは、鈴木綾だった。マッチングアプリのプロフィールにさえ、ぼやけた輪郭しか残せなかった私は彼女の言葉をまた欲していた。

私たちは、「ここではないどこか」、「私じゃない誰か」に憧れる時がある。そこに行けば、あの人のように生きれば、全てが解決されるのではないか。素晴らしい旦那さんがいて、可愛い子供がいれば今の虚無感がなくなるのではないか。しかし、それはインスタやTikTokで一瞬を切り取ったような「幻想」だとわかる。それでも、憧れずにはいられない。

鈴木綾は一見すると、誰もが羨むキャリアと人生を送っている。MBAを取得し、ロンドンの一流企業でバリバリ働く。彼女の面白さはそのキャリアだけではなく、その奥に「多面体結晶」の鈴木綾がいることを全く隠さないところだ。日本では、セクハラされたり、ストーカー被害に遭ったり、彼氏からモラハラもされている。ロンドンでも、苦い思いをし続けている。彼女はフィルターなし(加工なし)の表現で、私たちの心に入り込む。

本当の自分はもっと複雑で見たくないことだらけ

彼女が会社のブッククラブに入ったエピソード。「社員向け交流会」として開かれたいわば読書会だ。しかし、そこで取り扱われる本は、ビジネス本や有名人の自叙伝。鈴木綾が苦手とするノンフィクションだらけだった。なんと3年間入って1冊も本を読まなかったことを告白している。

しかし、新入社員として参加した綾を社長は褒める。彼女はますますやめられなくなってしまう。最終的に彼女と社長だけの参加になっても、ブッククラブ会長に任命されてしまっても、彼女は参加し続ける。彼女の心の声ははっきりしているのに、会社のことを考えるとやめられない。間に挟まれる葛藤は、誰もが経験したことがあるのではないだろうか。

鈴木綾らしいのは、そこでどちらの気持ちも正直に伝えていることだ。(そして実際に参加しても本を読んでいない!)社長からの期待と自分の本への価値観、両方を理解しながら選択をしている。社長からの期待を自分の都合のいいように解釈をして、心の声を無視することだってできたはずだ。しかし、他者目線で形作られる自分に個性はもはやない。だからと言って、自分の心の声だけに従えるほど、私たちの社会はうまくできていない。

「社長に応えようとする自分」と「フィクションをこよなく愛する自分」。彼女はどちらも殺さないために、どちらの自分も認め、正直に描写している。相反するようなふたつの自分を受け入れていくこと。彼女の文章からはそんな自分への思いやりを感じることが多い。

ロンドンにいても、東京にいても

話は私に戻るが、30歳になったら、もっと楽に生きられるだろうか。コロナ禍で誕生日を迎え、30本のろうそくも乗り切らないケーキを前に考えたことがある。

ロンドンに飛び込んだ鈴木綾は、複雑で多様な自分を今も抱きしめ続けている。生きづらさはロンドンにいても、東京にいても、拭えない。その代わり彼女は、どこか不完全だけど愛すべき周囲との出会いを通して、自分を抱きしめる力やタイミングを学んできた。

彼女のエッセイをまた読み直し、自分のことをもう少しだけ好きになろうとする。もっと知ろうとする。そこから始めてみるのも悪くない。アプリはそっとしまっておこう。

関連書籍

鈴木綾『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』

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ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた

大学卒業後、母国を離れ、日本に6年間働いた。そしてロンドンへ――。鈴木綾さんの初めての本『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』について

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井土亜梨沙 スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版 コミュニティプロデューサー

一橋大学卒業。2014年森ビル入社。2016年ザ・ハフィントン・ポスト・ジャパンに入社。「Ladies Be Open」のプロジェクトを立ち上げ、女性のカラダにまつわる様々な情報を発信したほか、1か月間メイクしない自身の生活を綴った「すっぴん日記」なども担当した。2018年よりForbes JAPAN コミュニティプロデューサーとして雑誌の特集に合わせたコミュニティ作り・運営をメインに、ウェブや雑誌の記事を執筆。8社が参画した「#もっと一緒にいたかった 男性育休100%プロジェクト」では、第1回Internet Media Awardsスポンサード・コンテンツ部門を受賞。

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