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ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた

2022.05.09 公開 ツイート

ロンドンで働きながら日本語で文章を書く33歳女性の「国境を越える」生き方 鈴木綾

(Photo by Clarinta Subrata on Unsplash)

母国語よりも、日本語で書くほうがずっと楽しかった

何ヶ月か前から冷蔵庫に一本500ポンドもするシャンパーニュ、ドン・ペリニヨンが一本入っている。

前の会社の取引先にもらってから、開かないまま卵、豆腐、いちごなどの仲間たちの中で静かに眠っている。マンションを買ったり、転職をしたり、昇進したりして、飲む機会はたくさんあったのに。

それをちょっと前に友だちに発見された。

「これもったいないー」と酒好きの彼女が欲深く金色のラベルを睨んだ。「綾の本が販売されたら飲もう! 刊行日っていつ?」

無理やり、Googleカレンダーに、本の刊行日、5月11日の予定を入れられた。日本に行けないし、本一冊を手に入れても周りに読める人いないから、その日は普通に過ごそうと思っていたのに。しかし、その友だちとロンドンでドンペリを飲むことになった。

ドンペリをずっと飲まないのは、実はとても鈴木綾らしい。自分の成果を認めて、自分を褒めるのが小さい時から苦手だった。自分の達成を派手に祝うのは礼儀正しくないと思っていたから。常に前を向いて前進していくほうがマナーにかなっていて、次の達成に繋がる、というのが私の考えだった。

でも今回、友だちのアドバイスを受けて、ちゃんと本の発売を祝いたいと思った。デビュー作、しかも自分の母国語じゃない言葉で本を出したことはそれこそ、立ち止まって自分を褒めなければいけない時なはず。

だからドンペリを飲みながら、今回の本を出すに当たって、自分は何を学んだか、自分はどういう気持ちになっているかをゆっくり考えたい。

ドンペリを飲まない理由にもつながってるけど、私は、人に「本書いてるぞー」ってあまり言ってない。話してる人にも内容をどう言うふうに説明すればいいのか、いつも迷う。自分の人生についての本だけど、主人公は私だけではない。大好きな友達も出てくる。刺激を与えてくれて、考えさせてくれた人も出てくる。いろんな人との触れ合い、働いている人間として、他人の温かさを求めている人間として、私の考え方がどう変わったかについての本。

そして、もう一つ重要な登場人物は、ロンドンの街そのもの。私はいまだにロンドンを「愛していない」。渋々付き合っている。ロンドンは東京ほど優しくない街なので、ロンドン、あるいは他の海外の都市での生活を考えている日本人の参考になるといい。

まず、今回の本のゲラを読んで、自分の努力を実感した。8万字も書いたぞ! 2週間に一回、2000字のコラムを書くことと、一冊の本を書くプロセスとに必要なスキルとは相当違う、と今回分かった。

幻冬舎plusのコラムを書く前は、ひらめきがふっとノックしてくる、気まぐれに訪れてくるものだと思っていた。ハフポストで連載してもらった小説はまさにその通りで、日本の会社をやめたあとに自分の中にためていたことから湧き上がって来たものをその都度吐き出して出来上がった。

しかし、ずっと書き続けるために、大量の文章を生産するためには、ひらめきとか勢いだけじゃダメで、必要なのは「持続する創造性」。要するに、締切に間に合う形で一つ一つの作品を「クリエート」しながら、同時に全体を通じて一定レベルの「創造性」が持続できているような文章が書けてないといけない。いつでもポケットがアイディア満載で、面白い文章を必要な時に作れるようにならなければいけなかった。

そうするために、エッセイという形式を習得しなければいけなかった。まぁ、簡単にいえば、「文章の専門家」になった。本を出す人なら当たり前か(笑)。

あと、今回の本が出来上がって、外国語で本を書けた自分を褒めたい! 母国語で書くよりずっと楽しかった。

母国語で書く時、自分が「怠けて」書いている気がする。こういう気持ちはこういう言葉で表現する、と自然に出てしまう。一方で、日本語で書く時、この経験、この気持ちを相手に伝えるためにどういう言葉を使えばいいのか、と一所懸命考えなければいけない。より「意識的」な、「読者を大事にする」ような文章が書ける気がする。

結果が「ちょっとつたない日本語」(読者のお言葉を借りさせていただきますと)になっても、それはそれで構わない。私は日本人みたいに、完璧な日本語を書くのが目標ではない。個性があって味のある文章、読者を笑わせる文章、読者の心に響く文章。

それでも、今回は普通以上に難しかった。パンデミックで日本に行けなくて、ずっと日本文化と日本人の友達から遮断されていた。

有名なホラー小説家、スティーヴン・キングの言葉を借りると、物書きになりたい人はたくさん書かなければいけない、そしてたくさん読まなければいけない。

普段なら、日本語の小説だとか雑誌だとかを読んで、常に美しい日本語の文章を吸収して書くことができる。そうしたかったけど、パンデミック中はそういう材料が手に入らなかった。唯一耳にしていた日本語は、友達との電話での会話とYouTubeで見ていた「月曜から夜ふかし」の海賊版。

日本の世論や日常からも遮断されていた。もちろんネットで日本の時事ネタについてはいくらでも読める。でも、パンデミック中は、今住んでいる国のニュースばかり読んでいた。コロナは世界が共通で経験したことにもかかわらず、どの国の人もこの悲劇の普遍的なところより、自分の目の前にあることを見たくなっていた。「私の国のコロナ制限はどうなってる」「私の国では何人が感染している」とか。当然だけどね。

だから海外のコロナ状況に関するニュースには間違いが多い気がする。みんな自分の国のことばかりに関心がいって、国境の向こうを見る視野、っていうか能力をある意味で失ったように思う。

その中で、国境を越えて、ロンドンの話を日本に届けることは大事なことだった。

日本に行くことができなかった時でも、ずっと日本語で書いて、読者の声を読んで、日本との縁を維持することができた。

若い時から、私は海外に強い興味があって、自分の国と海外の間の架け橋になりたいと思っていた。日本語を勉強し続けた理由もそう。外国語を話すようになるのは一生の勉強だけど、使わないと能力を失う。だから続けるのが重要。

日本の外にいて、日本語で書いている人として、読者の皆さんの反応、感想が本当に楽しみ。外国人で日本語で書いている私のことをどう思う? ロンドンで働いている私の経験は、福岡や新潟、あるいは他の日本の地域で働く30代の読者たちとどう違う?

どんどんコメントを寄せて欲しい。

ただ、今回の出版は甘さとともに苦さがある。日本はまだ外国人観光客を入れてくれないので、刊行日に本屋さんに行けない。本名を明かしたくないのでほとんどの日本人の友だちに鈴木綾の存在と本のことを話していない。だから気持ちがちょっと複雑。

5月11日にドンペリを開けて、読んでくれる読者たち、私の才能を信じてこの本を実現してくれた編集者の竹村さん、幻冬舎のみなさまに乾杯をしたいと思う。

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ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた

大学卒業後、母国を離れ、日本に6年間働いた。そしてロンドンへ――。鈴木綾さんの初めての本『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』について

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鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。ロンドンの投資会社勤務を経て、現在はロンドンのスタートアップ企業に勤務。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。

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