「外国人」として日本に住んだことがあり、母国語ではない日本語で文章を書き、昼間は執筆とは関係のない本業をこなしながら、夕方以降は物書きとして「自分の居場所」を耕す――。『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』の著者である鈴木綾さんと多くの共通点を感じるというアメリカ在住で執筆や音楽コンサルなどを仕事にする竹田ダニエルさん。本を読んで揺さぶられた気持ちをご寄稿くださいました。
「私と一緒だ!」その共感の強さと胸の痛み
「日本なら理解されると思っていた」「アメリカなら自由になれると思っていた」
私は今までの人生、この二つの情緒を行き来しながら生きてきた。当然、自分にとって都合よく完璧な国など存在することがなく、最終的には環境や「居場所」をどのように作るかによって、人生の充実度や自分自身の自尊心の形成は任されている。タイトルを聞いた時点で、この書評依頼は受けようと確信した。
様々な国や地域を転々として生きることには、「自立」と「孤独」の双方が伴う。『ロンドンではすぐに恋人ができると思っていた』を読み終えて、この本のテーマは大きく分けて「孤独」「出会い」「対話」「経験」だと思った。
たくさんの場所でたくさんの人と出会うほど、別れも増えていく。「アウトサイダー」として生きていくにあたって、自分を完全に理解してくれる人はいないという前提のもとで人生を歩んでいくことになる。同時に、違いよりも共通点を見出せるようになるし、いっとき「別れ」たとしてもそのうちまた「出会う」可能性が十分にあるという意識を持つようになり、もっと楽にいろいろなものを手放せるようになる。
もちろんその「捨てる」行為や「失う」経験は毎回痛むが、その繰り返しによって失うことを少しずつ恐れなくなっていくし、失うことによって得るものもあると気づき、人生は豊かになっていく。
私は孤独や虚無感で押しつぶされそうな時、一生分かり合えるパートナーに出会えないんじゃないかと思って眠れない時、自分は愛されない運命なのだろうかと不安で身動きが取れない時、そんな苦しい瞬間を実は毎日抱えて生きている。そんな時に自分に言い聞かせているのは、「きっと今感じていることも将来の糧になるし、いいネタになる」「この出会いも、この別れも無駄じゃない」ということ。この本のラストを読んで、その考え方は間違っていないと、勝手に肯定された気分になって肩の荷が楽になった。
会ったこともない著者の鈴木綾さんだが、彼女の文章は自分の経験を言語化されているようで、読んでいる間はずっとページをめくる手が止まらず、息は止まったままだった。
「外国人」として日本に住み、母国語ではない日本語で文章を書き、昼間は執筆とは関係のない本業をこなしながら、夕方以降は物書きとして「自分の居場所としての畑を耕す」。私と一緒だ! とワクワクしながら、そしてその共感の強さに胸がチクチクと痛みながらも、切り取られたロンドンでの生活のエピソードから漲る生命力が、まさに今の自分が必要としていた「未来への希望」だった。
ミレニアル世代の女性やマイノリティが果敢にキャリア、恋愛、「自己維持」などのあらゆることに対して向上心を抱いていること、そしてZ世代が社会に変化をもたらしていることの説明なども、まさに私が執筆において大切にしている「世代と属性からみる社会」の視点を鋭く保っていて、陳腐な言い方になるがありえないほどインスパイアされた。
知らない場所で強く生きること、周りが「幸せそう」に見えても自分のやりたいことと自分自身にとっての「幸せ」を見失わないこと。みんな、なんだかんだで必死に生きていること。忘れがちなシンプルな視点を、優しさと温もりと、ちょっとばかりの俯瞰した冷静さで思い出させてくれる。仕事も恋愛も、資本主義に飲み込まれた「自分磨き」や文化の違う人との出会いで生まれる「新たな自分」という名の発見など。
誰もが経験できるわけではない環境やポジションから得られる「機会」と「ストーリー」を、もっともっと大切にしようという気持ちを胸に抱いて本を閉じた。
誰かと気が合わなかったからと言って、その人のことが嫌いになったわけではない。今の自分がいるフェーズに合っていなかったり、たまたまタイミングが良くなかったということだってよくある。国に対する姿勢も同じで、例えば私が「アメリカでは」という話をすると、「日本を下げている」「日本のことが嫌いならでていけ」などという言葉を浴びせられることも少なくないが、自分で「居場所」を作らなければならない人にとっては、「日本が嫌い」なわけでもなければ、「アメリカ(またはイギリス)」が完璧なわけでもないということを、肌で実感している。
先日、Twitterで「日本は住みやすいけど生きづらい」というツイートを見かけて、このメランコリーさこそが本質だと思った。どこに行っても、いろんな人がいるし、いろんなことが起きる。結局頼れるのは自分だけで、その自分と向き合って人生を充実させ、後悔をしない選択肢を取ることでしか、自分が納得いくような「幸せな生活」には出会えない。厳しい現実を見せつけながらも、優しく背中を押してくれる、そんな本だ。
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ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた
大学卒業後、母国を離れ、日本に6年間働いた。そしてロンドンへ――。鈴木綾さんの初めての本『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』について
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