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ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた

2022.05.12 更新 ツイート

「ロンドンのMBA金融ガール」から「上海の編集者・ライター」が受け取った“連帯の可能性” 東江夏海

30歳を前に日本を脱出した鈴木綾さんと同じように、コロナ禍の昨年、日本から上海へと移住した編集者・ライターの東江夏海さん。5月11日に発売された『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』をひとあし早く読み、厳しいロックダウンが続く上海よりエッセイをご寄稿くださいました。住む場所は違っても同じ時代を生きるからこそ響き合うこと。

上海・ロックダウン中の配達員。自宅に帰れずテントぐらしをする人も多い(撮影:東江夏海)

気づけば「席を離れて黙る」ことに慣れてしまっていた

MBAを取得してロンドンの金融業で働く方――とだけ聞くと、自分とはあまりにも“タイプ”が違う人だと思ってしまう。ミレニアル世代の私たちは、その人がどこの文化圏にいるのかに敏感だ。同じ社会に生きているつもりでも、ステージやグループが異なれば見える世界が違いすぎて、言葉さえ通じなくなってしまうから。

実際、綾さんと私とでは、いろいろと正反対なのかもしれない(どちらかというと、ビジネスの世界では生きづらそうなニックに共通点を見ていた)。でも、本書を読み進めると自分がこれまで感じてきたことや、考えてきたことが次々と想起される。彼女の文章と私自身とを照らし合わせて、語り合っているような感覚。同じ時代に生きているって、こういうことなんだって思った。

日本で6年間働くなかで女性としての生きづらさを感じ、逃げるようにロンドンへやってきた綾さん。しかし、ロンドンでもフェミニズム嫌いの男性に出会う。それに、恋人と公私ともに行動する「パートナー文化」や、イギリスの階級社会も窮屈そうだ。それでも、南アフリカ人のアルロとベハティ夫婦や“捨て犬”のような人を放って置けないアレクサンドラたちのもとに仮宿を見つける。そしてサボテンや金継ぎ、オートミルク……生活の中で出合うものから時代を覗き込む。

綾さんのことを知るうちに、日本を離れて働く同世代として、私は自分自身のことを振り返らずにはいられない。要領が悪い上に違和感をごまかせない性格で、日本を出る前は行き止まりに迷い込んだようだった。さまざまな選択を重ねるなかで、居心地の悪い場所から逃げていたら、駒が進まなくなってしまった感じ。

閉塞感を持て余していた私が「海外」に目を向けるようになったのは、綾さんが日本を出た2018年頃だったと思う。2018年っていうと、BTSがBillboard 200で初めて1位をとった年。それまで欧米や日本の音楽ばかり親しんでいた私も、徐々に彼らのパフォーマンスに夢中になっていった。本書にもあるように、韓国のポップカルチャーの快進撃は多くの人が知るところだけど、私も韓国のソフトパワーに圧倒されたひとりだ。常に世界が進んでいることを気付かされた出来事だった。

それから3年ほどたった2021年、コロナ禍に私は上海にやってきた。偶然だけど、私が日本を出たのも綾さんと同じ29歳。上海を選んだのはたまたま仕事を見つけることができたから。普段、リベラルな発言が目立つこともあって友人や家族には「意外だ」と言われたけれど、見識を広げるにはとても良い機会だと思った。なにより日本にいることに疲れ果てていた。自分自身がなにかに傷つきながらも、あらゆる場面でマジョリティに立つ加害者であることに混乱していた。少し目を瞑る時間が欲しかった。

意外なことに、上海に来てから好きなものがたくさん見つかった。ぶっきらぼうな店員や、大通りに干された洗濯物。電車で大股を開いて座る男性がいても、誰もが構わずその人に合図して横に座る。6人がけの座席にむりやり座ろうとする7人目も好き。朝の通勤電車がピリピリしていないだけで気持ちがラクになる。女性がふさふさとした体毛を腕や脇に生やしていたり、ノーメイクでも恥ずかしいことじゃない。朝、同僚たちはギリギリにオフィスに駆け込んで(何人かはコーヒーを片手に遅れてくる)、朝ごはんをデスクで食べている。それでいて仕事の効率はピカイチで、定時になったら早々に仕事を切り上げる。

下着もふくめどこにでも洗濯物が干されてる(撮影:同)

上海に来てから、私はちょっと元気になった気がする。ここで出会った日本人たちの多くは「日本よりも働きやすい」と口々に言う。社会にはいろんなレイヤーがあるから一重に良い場所だとは言えないけれど、私が見える範囲においては多くの人が楽しく過ごしているように感じる。会社で女性がリードするのもあたりまえ。3月8日の国際女性デーには女性が半休をもらって、友人たちとランチに出かけた。男性だって仕事そこそこに趣味に打ち込み、当たり前に家事をして、生活を成り立たせている。

その一方で、もちろん居心地の悪さを感じることはある。上海女性たちも「適齢期」というものを意識しているようだし、男性パートナーにどれだけ尽くしてもらえるのかを気にしすぎているように感じる。また、普段の生活のなかで触れられない話題が多すぎる。

ひとたび日本人コミュニティに入ると、男性配偶者のことを「主人」と呼ぶ人の多さにも驚いた。日本にいたときは気の合う人だけと交流していたので、その言葉を躊躇なく使う人と久しく会っていなかったのだ。駐在員男性の帯同パートナーが「駐妻(ちゅうづま)」という言葉で呼ばれているのも少し嫌な感じがする(たいてい仕事を辞めて帯同するのは女性だ)。

社会のグループ化はどんどん進んでいて、“自分たち”が乗り越えようとしている価値観が、別のグループでは疑問視さえされていないことを知った。YouTubeでチャンネルが無数に生まれているように、私たちが見ている世界は細分化している。同じ世界に生きているつもりでも、語り合うことが難しかったり、そもそも口に出すことさえ許されないことだってある。本書では「右翼のロメオと左翼のジュリエット」と喩えられているけれど、分断は時代とともに広がって、私たちは席を離れて黙ることに慣れてしまった。

綾さんが日本を出た2018年、私にとって印象的な出来事がもうひとつあった。テイラー・スウィフトのテネシー州・中間選挙における共和党候補者批判。規範的な“良い子”として振る舞っていたテイラーの政治的発言は、大きな注目を集めた。それまで、彼女はレディーガガやマドンナとは違うって思い込んでいた私は、自分の早計さが少し恥ずかしかった。「音楽に政治を持ち込むな」は日本で長年言われてきた言葉だけど、欧米の“ポップスター”たちはむしろ政治的な立場を表明し、市民的でありながら、社会規範を広げる役割がますます求められているように感じる。テイラーの政治的発言に、私は時代の変化を見た気がした。そのことを示すように、彼女に続く若い世代はもっと自由に、軽々としがらみを超えていく。

いつかきっと、私は日本に帰る。日本でも新しい動きは起きているけれど、本筋的にはさらに保守的になるんじゃないかって見ている。未来を思うと少し憂鬱。だから、私はいつだって信頼できる仲間たちとの“おしゃべり”を必要としている。「今日はこんなことがあって、違和感が生じた」「こんな素敵なものを見つけた」「あなたはどう思う?」――取り止めもないことをひとつひとつ語り合うことが、私たちを強くする。

衝突は避けたいし、違うグループの人とは無難に過ごしたい。語り合うことはどんどん難しくなっているけれど、私たちはそれでも対話を必要としている。「ミレニアル」を名乗るのは、その時代を生きている連帯の表明。同じ時代を生きる私たちなら、この本を通してきっと語りあうことができる。

関連書籍

鈴木綾『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』

フェミニズムの生まれた国でも、若い女は便利屋扱いされるんだよ! 思い切り仕事ができる環境と、理解のあるパートナーは、どこで見つかるの? 孤高の街ロンドンをサバイブする30代独身女性のリアルライフ

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