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衰えません、死ぬまでは。

2025.07.27 公開 ポスト

最終回「死ぬ!死ぬ!」「死にません!」 前半

散歩には、ものすごい効能が。1週間サボっただけで足は重く、コケやすくなり、3日続ければ元に戻る!?宮田珠己

ほんの少しずつ、そう、少~しずつ、筋トレが生活になじんできた、という宮田さん。このたび、散歩の”類稀なる効能”に気づきました!

*   *   *

先日わけあって1週間あまり実家に帰った。

実家には、だいぶボケてきた母と、独身の弟が住んでいる。

母は耳もかなり遠くなっており、できれば補聴器をつけてほしいのだが、本人は、聞こえなくても不便じゃないと強弁していて、いっこうに話は進まないでいた。しかしデイサービスに通うようになって、多くの人と接する機会ができたので、ここはやはり補聴器があったほうが日々楽しいはず、と補聴器作戦を進めるつもりで、帰省したのだった。

 

が、今話したいのは、補聴器のことではない。

私の実家は関西の某市の高台にあり、駅からバスで15分ほどかかる。そのバスも昼間は1時間に1本という少なさで、交通の便は結構悪い。弟が車を持っているが、それ以外に車はなく、私が帰省しても乗れる車はない。そうなると帰省中、日々の外出にとても苦労するわけである。

普段から散歩を愛好している私のことであるから、近所のスーパーに行って買い物をするぐらいのことは、雨でも降らない限り、たいして苦ではないのだが、問題は、この高台が周囲の町と隔絶しているということだ。

(写真:宮田珠己)

いわゆる造成ニュータウンで、家はたくさん建ち並んでいるわりに、家以外のものはほとんどない。坂を延々下って駅に出れば、そこからあちこちへ出かけられるものの、それ以外は背後の山を貫くトンネルでしか、他所へ行くことはできない。トンネルの先は山であり、集落もなく、どこかの町に出るまでには車で何十分も走らなければならない。

となると、実家から散歩に出ようとした場合、とりあえず駅方面へ下っていくことになる。駅までの距離は約3キロで、往復6キロ。それだけで結構な散歩になるが、それができるのは1回だけなのである。

というのも、私は同じ道を歩くと、途端にやる気をなくす性格であり、今日は昨日と必ず違う道を歩くというマイルールがあるのである。駅まで行けば、そこからは平地になり、道もたくさんあるから、バラエティ豊かな散歩道が約束されるが、往復の6キロは同じだ。6キロも同じ道を毎日歩くのは、いくら散歩好きの私でも苦痛でしかない。

そんなわけで帰省中1回しか散歩に出かけなかった。また同じ道を歩くと思うと、どうしても腰があがらなかったのである。

そうして1週間あまり、なんとか母を耳鼻科に連れて行ったりして、補聴器をつくる準備を整え、東京の自宅に戻った。

ようやく散歩ができる、そう浮足立ったのも束の間、歩き出して愕然となった。

足が重いのである。

散歩が億劫になるぐらい、はっきりと重い。

重いだけではなく、何もないところでコケそうになる。これまでもそういうことはあったけども、その頻度が格段に増した。

(写真:宮田珠己)

これはどういうことだろう。たった1週間散歩しなかっただけなのに、こんなにも衰えるというのか。

思えば、コロナのパンデミック下で散歩を始めて以来、1週間も休んだことはなかった。仕事の都合や猛暑や雨で数日歩かなかったことはあるが、それでも必ず3、4日に一度は、10000歩以上歩いてきた。

そうして私は今ようやく気づいたのだ。散歩の類稀なる効能に。

ドカドカ散歩しまくっていたおかげで、私はこれまで平気で歩き回れていたのであった。散歩していなければもっとはっきり老化していた。

1週間散歩しなかっただけで足が重くなったのが、その証拠だ。

正直、恐怖を覚えた。これは、歩かないと大変なことになる。

気を引き締め直し、帰宅から3日間ドカドカ歩いた。1日10キロ近く歩いたと思う。

そうすると、またあらたな気づきを得た。

3日間思う存分歩いたら、再び足が軽くなったのである。

散歩は、役に立っていた。それも、ものすごく。

全然健脚になった気がしないと思っていたけど、ちゃんと鍛えられていたのだった。というか衰えを食い止めてくれていた。

私は散歩が好きで、歩かない日も含めて1日平均にすると、だいたい7000歩ぐらい歩いている計算だ。これは楽しみであるから、用事がなければ毎日もっと歩いてもいいぐらいだが、その継続が今の私を成り立たせている。もし、たとえばお金が有り余っていて、海辺のリゾートや温泉なんかで豪遊でもしていたら、私の足はみるみる衰えていただろう。

そして私は思った。

このことは、これからの生き方にある示唆を与えてくれていないだろうか

(写真:宮田珠己)

暮らしにも同じことが言えるにちがいない。

私は還暦を過ぎたが、未だ同じ仕事を続けていて、休みたいとは思っておらず、ずっとこのまま仕事ができればと思っている。働くことで頭も回転し、多少記憶力の衰えはあっても、最低限の能力はキープできているわけで、もし今リタイアしてしまったら、衰えは加速するだろう。

衰えないために脳トレだの筋トレだのをやる人もあるが、トレーニングと思うときつくなるのは世の常である。散歩は続くのに筋トレはサボりがちになるのが、いい例だ。

やりたいことを仕事にしてきたのは幸運だった。仕事をするのが苦痛でない。

であれば、死ぬまで、というか、肉体的に働けなくなるまで働くだけだ。

それが自分を健康に保ち、心を充足させる一番の方法なのだ。なにか新しい老後対策をたてようとか、今までやってこなかったことをしようとか、敢えて考える理由はないのである。

もちろん今の仕事に充実感を得られない人は、さっさと引退して新しいことを始めたほうがいいだろう。でもそれはきっとリゾートでのんびり暮らすことなんかじゃなくて、没頭できる何かに取り組むことだ。取り組み続けることが、衰えを遅らせるのだ。

(後半へつづく)

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衰えません、死ぬまでは。

旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか悶々。まじめに老化と向き合おうと一念発起。……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。

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宮田珠己

旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追究している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。著書は『ときどき意味もなくずんずん歩く』『ニッポン47都道府県 正直観光案内』『いい感じの石ころを拾いに』『四次元温泉日記』『だいたい四国八十八ヶ所』『のぞく図鑑 穴 気になるコレクション』『明日ロト7が私を救う』『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』など、ユルくて変な本ばかり多数。東洋奇譚をもとにした初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』で、新境地を開いた。

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