ロングトレイルを歩いたら、セロトニン症候群で、ダウンしてしまった宮田さん。体の老化を、嫌というほど感じているようで…。
* * *
これから私の体はどのぐらいのペースで衰えていくのだろう。
筋トレだのボルダリングだの言ってるけど、それで衰えに対抗できるのか心配になってくる。 これは以前にも書いたが、私は40代の半ばに、急激な体力の衰えを自覚し、愕然としたことがある。それまでも徐々に体力が下り坂なのは感じていたが、このときは坂ではなく崖を転げ落ちるようだった。
後に、45歳前後というのは体力が大きく衰える年齢だということを知り、男の厄年が42歳なのは、ちゃんと理由があることなのだと腑に落ちた。
男の厄年は、25歳、42歳、61歳と言われていて、25歳がどうだったか記憶にないけれども、たぶんそのへんの年齢で体力がピークに達し、そこから下りはじめる境目なのだろう。そして42歳というのは、体力が急激に失われ、真の中年へと移る変化の歳だったわけである。つまり厄年とは体力の境界を表す年齢と考えられる。
となると気になるのは次の厄だ。
61歳?
えええーっ、今じゃん!
厄年=体力の境界説によれば、ここにも崖があることを示している。
また崖から落ちるのか……。
聞けば、体力がガクンと落ちる年齢が、45歳と60歳というのは定説だそうで、知り合いの年配男性も、やはり60歳で急激に疲れやすくなったと言うのであった。
私は自分の体に意識をめぐらせ、45歳で恐怖を覚えたときのような減退が自分の身におきているか確認してみた。
実感としては、50代からゆっくりと坂を下っており、だからこそこのような連載を始めて状況を打開しようとしているわけだが、45歳のときに驚愕したほどの断崖絶壁感はないな、と思っていた。
ところへ、ロングトレイルでのダウン。
ああ、やっぱり崖はあったのだ。
気づかぬうちに私は崖から落下していた。
これはもう厄年的に仕方ないこととしてあきらめるしかないが、問題は今度の崖の落差はどのぐらいなのかということだ。
体力が下り坂だの、崖だのと言うとき、われわれはそこに階段のようなものをイメージする。だが果して崖の下にちゃんと次のステップが待っているのか。崖の下は平地だと信じる根拠はあるのか。もしかして60歳の崖は、ずっとずっとどこまでも崖なのでは?
まわりを見渡すと、世の中には高齢でもドシドシ山を登っている人がいる。街でも元気で働いている高齢者の姿を見る。テレビでもたまに90代の人がかくしゃくとして仕事しているし、なかには100mを走って世界記録を出してる超人もいるらしい。
参考までにググってみたら、現在90代で世界最速のスプリンターは100mも200mも日本人の田中さんだそうである。タイムは100mで16秒69。どんだけ速いんだ。
さらに補足すると、90代の4×100mリレーも世界記録は日本チームだそうだ。日本にはそんな90代が4人もいるらしい。もっと言うと、90代の4×400mリレーも世界記録を持っているのは日本人とのこと。90代で400mを走れるだけですごい。なんなんだ日本人。というか、全員青森県の人だそうで、青森県は、日本でありながら、別の惑星から来た宇宙人が住んでいる県かもしれない。遮光器土偶とか、見るからに怪しい。
とにかく90を超えても、話す内容がしっかりしていたり、体もよく動いていたりする人を見ると、うらやましい限りだが、誰もがそんなふうになれるはずはない。
運動とか食事とか健康管理に気を配っていても、そうなれない人のほうが多い気がする。遺伝的な影響も小さくなさそうだ。
私の場合、父や両祖父はみな60前に亡くなっているので、自分は長生きできないと思っている。一方で母や祖母は平均寿命程度には生きており、母は現在86で健在である。
母は2年前ぐらいまでは結構元気で、毎日縄跳びを100回跳んでいた。しかしこの頃急速に衰えて、今では歩くときは人につかまって歩かないと危なっかしいまでになった。たった数年で一気にそうなったのである。
頭も数年前からボケはじめ、昨今は私が訪ねていくと、誰? という顔をする。今はまだ、しばらくいっしょにいれば思い出してくれるが、この先はわからない。死んだ父の顔も名前も忘れたようで、写真を見せると、「この人が私の配偶者?」と不思議な顔をする。夫婦とはいえ片方が死んで四半世紀も経つとそんなものらしい。母は90過ぎて世界記録を出すような老人にはなれそうにない。
とすると、遺伝的に、私が働ける年齢は、父と母の間をとって最高でも70過ぎぐらいまでか。 私は生涯設計として、体力の続く限り、まず70歳までは必ず働いて、それ以降はもう働けないと感じるまで年金の受給を先延ばししようと考えている。
よく何歳から年金をもらうのがいいか、ネットなどでもシミュレーションしているのを見るが、いつ死ぬかわからないものを、一番もらえる額が大きくなるように調整しようとしたって、答えは出ない。
であれば、働けるだけ働いて、働けなくなった時点からもらうのが一番いい。すぐに死んでしまったら年金払い損とか、そんなことを気にする余地はない。損したっていいのだ。生きてる間、無事ならば。
それじゃあ余生がないじゃないか、という反論は当然あると思う。定年後は、のんびりしよう、趣味に打ち込もう、旅行しまくろうなどと考えている人は、それでは納得できないかもしれない。
ただ、私の場合は、仕事が趣味みたいな感じで生きてきたから、働けるだけ働くことに不満はない。
だがその働ける限界の年齢はいつなのか。
体力的にいつまでやれるのか。
よくわからない青森県的な謎の宇宙原理によって、100歳になってから100mを16秒で走ったり、平気でボルダリング中にジャンプしている可能性もゼロとは言えないが、たとえ完登しても高さ2~3mの壁からマットの床に飛び降りるときに骨折しそうではある。
母はあっという間に介護が必要な体になった。
ついこの間まで縄跳びしていたのに。
母にも崖が来たのだろう。何度目かの崖が。
私の今度の崖は、いったいどこまで落ちるのか。
せめて70までは健康で働けますように……。
とお祈りしていると、突然、妻から厳しい注文がきた。
(連載は「小説幻冬」でも掲載中です。次号もお楽しみに!)
衰えません、死ぬまでは。
旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか悶々。まじめに老化と向き合おうと一念発起。……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。
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