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衰えません、死ぬまでは。

2024.09.28 公開 ポスト

第19話 厄年=体力の境界説 前半

なるほどこれが還暦ということか。もはや自分が思うような体ではない…宮田珠己

前回、「散歩+ボルダリング+はちみつきな粉パン」で体調を整えていこうと決めた宮田さんでしたが…。

*   *   *

6月下旬頃から、7月8月とあまり散歩に行かなかった。

暑過ぎたからだ。

去年の夏も暑さがこたえ、歩く距離を短くしたり、歩く日数を減らしたりして対処したが、今年の夏はもはや歩けるレベルではなかった。

 
(写真:宮田珠己)

毎日1万歩とか歩いていたら、命が危ない。少し涼しくなるまで、散歩はやめてボルダリングで体を鍛えることにする。

と思ったのだが、ボルダリングジムへ通うのだっていったん家の外に出なければならない。バス停まで歩くか、自転車でジムまで行く必要がある。その間の暑さでさえ嫌だ。というわけでボルダリングにもあまり行かなかった。

はあ? なんじゃそりゃ。毎日会社通勤している人たちからの、厳しいツッコミが聞こえてくる。たしかに情けない。情けないとは思うものの、どっちかというと、現実はもう人間が通勤してはいけない暑さになってるのではあるまいか。命を守るための行動をとってください、と言いたいぐらいである。

こんなに暑さがこたえるのは自分が老いたからなのか。思えば昔から私は暑さに弱い体質だった。ずっと風呂嫌いだったのも、風呂に入るとすぐにのぼせるからだ。夏は湯船につからず、シャワー一択。それも結構水に近いシャワーが好きだ。

そんな私なので、この夏は命を守るためあまり外出することなく、家でオリンピックを見て過ごしたのだった。

(写真:宮田珠己)

興味のない種目でも、ついだらだら見てしまうのがオリンピックというものだが、重点的に見たのは、陸上競技とスポーツクライミングだった。スポーツクライミングを見たのは、ボルダリングを始めたからである。

男女とも日本人が大活躍ており、見ていて楽しかった。女子中学生ぐらいに若く見える森秋彩(あい)選手が、海外の並みいる強豪選手より高くまで登ったときは、胸が熱くなった。会場もスタンディングオベーションで彼女を称えていた。

競技を見ていて気になったのは、途中ジャンプしないとクリアできない課題が少なくなかったことだ。手を伸ばしても到底届かない位置へ、体を揺らしてジャンプしたり、高いホールドまで不安定な足をバネにして飛びつく。

ボルダリングジムでの私は、いまだ5級のルートで苦労しているけれど、5級程度でジャンプを求められることはない。これがどんどん上達していけば、そのうちジャンプ必須の課題も出てくるのだろう。ジャンプした先がよほど握りやすい棒みたいになっていれば別だが、ただでさえ持ちにくいホールドに一発でつかまるなんて、正直、自分にできる気がしない。それを若い女子がクリアしているのを見ると、勇気が湧いてくる。ムキムキの筋肉がなくてもそんなことができるのだ。

というわけでボルダリングのやる気がますます充填された。涼しくなったらガンガン登りにいこうと思う。

今すぐ行かんかい、とツッコんではいけない。私がこの夏すっかり家に引きこもるようになってしまったのにはわけがあるのだ。実は、ものすごく自分の体力に自信をなくす事件が起こったのである。

(写真:宮田珠己)

それは7月頭のことだった。

仕事でロングトレイルを歩いたのである。ロングトレイルというのは、文字通り長いハイキングコースのようなもので、私が歩いたのはそのうちの10キロ程度の区間だったのだが、想像以上にバテてしまった。

以前から散歩しまくっているので、10キロぐらいなんともないと思っていたら、アップダウンが激しい道で、登ったと思ったらすぐ下り、下ったと思ったらまた登って、平坦な区間は少ししかなく、累計で高低差にして1000m以上登ることになった。

それでも地図上は10キロだから、なめていたんだと思う。最後ゴールに到達する頃になって手足が震え出し、まっすぐ歩くどころか立っていることさえできなくなり、思わず同行者に頼んでそのまま病院に連れて行ってもらい、結果的に一晩入院したのである。

実は昔、カナダでトレッキングしたときも同じような症状に襲われ、そのときは20キロ以上の重い荷物を背負って2日間山を登ったら真にクタクタになって、下山中に全身が震え出してしまった。歩くこともままならず、同行者におぶってもらって下山、そのまま病院に運ばれた。

病院ではセロトニン症候群と診断された。セロトニンが過剰に出過ぎているという。どうも自分は本当に疲れると、そういう発作症状が出るらしい。聞いたことのない症名で、セロトニンと聞くと、精神を安定させたり幸福感を感じさせたりする神経伝達物質だから、いい奴という印象しかないが、それが出過ぎるとかえって体がおかしくなってしまうようだ。過ぎたるは及ばざるがごとし、とはこのことである。

一般的には薬の副作用でなるそうだが、私は薬に関係なく、ヘロヘロになり過ぎると症状が出る。常にリラックスを心掛けている私は、体がピンチになってくると、リラックスしようとしてセロトニンを出し過ぎてしまうのかもしれない。

そんなわけでカナダ以降、あまり厳しい山には行かないよう山断ちしていたのだが、たった10 キロのハイキングコースで同じ目に遭ってしまった。カナダに行ったのは10年以上前のことだから、その間に自分の体力レベルが大きく低下したのだろう。そのことに気づかず、このぐらい楽勝だと思って歩いてしまった。

鎮静剤を打ってもらい、幸い体はすぐに回復したが、それでも念のため一晩入院することになったのと同時に、自分の体力に対する自信が著しく低下したのは言うまでもない。

1000m登っただけで、ダウンするとは……。

(写真:宮田珠己)

なるほどこれが還暦ということか。自分では以前と変らないと思っていても、もはや自分が思うような体ではなく、中身は想像以上に退化しているのである。

もっと鍛えなければどんどん退化してしまう、と危機感を覚えつつも、一方で無理は禁物。この夏の猛烈な暑さのなか出歩くのは危険と判断した。

そんなわけで今年の夏は、様子見のため引きこもりに徹したのだった。

(後半へ続く)

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衰えません、死ぬまでは。

旅好きで世界中、日本中をてくてく歩いてきた還暦前の中年(もと陸上部!)が、老いを感じ、なんだか悶々。まじめに老化と向き合おうと一念発起。……したものの、自分でやろうと決めた筋トレも、始めてみれば愚痴ばかり。
怠け者作家が、老化にささやかな反抗を続ける日々を綴るエッセイ。

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宮田珠己

旅と石ころと変な生きものを愛し、いかに仕事をサボって楽しく過ごすかを追究している作家兼エッセイスト。その作風は、読めば仕事のやる気がゼロになると、働きたくない人たちの間で高く評価されている。著書は『ときどき意味もなくずんずん歩く』『ニッポン47都道府県 正直観光案内』『いい感じの石ころを拾いに』『四次元温泉日記』『だいたい四国八十八ヶ所』『のぞく図鑑 穴 気になるコレクション』『明日ロト7が私を救う』『路上のセンス・オブ・ワンダーと遥かなるそこらへんの旅』など、ユルくて変な本ばかり多数。東洋奇譚をもとにした初の小説『アーサー・マンデヴィルの不合理な冒険』で、新境地を開いた。

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