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本屋の時間

2020.08.01 更新 ツイート

第91回

まだそこにいるものとして辻山良雄

先日、はじまったばかりのドラマ『半沢直樹』を観てしまった。“観てしまった”というのは、様式の面白さはあれども、「銀行は人事がすべてだ」と言い切るドラマの世界観に気恥ずかしさを感じてしまうからなのだが、個人的にはそのセリフに、あるなつかしさも感じていた。

 

というのは、夫婦二人で行っているいまの仕事には「人事」そのものがなく、何気ない顔をよそおってはいても、会社勤めの人には心中穏やかでない季節があることを、ドラマを観るまですっかり忘れていたからである。

会社の人事は、それを決める人にとってみれば一大イベントなのかもしれないが、決められるものにとってみれば、過ごすのがこんなにもめんどくさい時期はないだろう(黙っていても、周りの人がそわそわして落ち着かないのが手に取るようにわかる)。そこから解放されたいまでは、仕事以外のことに気をわずらわせる必要はなくなり、相手の地位や役職を気にすることもなくなったので、落ち着いて仕事のみに集中できる。

 

まだ会社勤めをしていたころ、歳が三つほど上の、将来を有望視されていた先輩がいた。本の知識も豊富で、仕事に対しても熱心に取り組む人だったから、ゆくゆくは偉くなっていくのだろうと周りの誰もが思っていたが、ある日人づてにその人が会社を辞めたと聞かされた。

えっ、Mさんがなんでとその時には思ったが、会社というのは不思議なところで、それ以降も、優秀で、本や仕事に対する思いが深い人から順に、会社を離れていくような気がしてならなかった。

Mさんとはその後、池袋で一度会ったことがあるが、いまは医療機器メーカーで働いていると話してくれた。

そっかー。辻山さんはまだ現役なんですね。

彼はそう言って笑いながらビールを注いでくれたが、一般的に本を売る仕事はそんなに給料がよいという訳ではないから、仕事に対する愛着はあっても、何かの理由でそこから離れざるをえない人も多いのかもしれない。いまは別々の場所で働いている昔の知り合いの話を聞くと、心ならずも……といった気持ちが会話の端々からにじみ出ているようで、それを聞いたときなど、こちらからはなにも言えなくなってしまう。

 

なぜ、あの人たちではなく、わたしだったのか。会社を辞め独立したとはいえ、自分がいまだに本を売り続けていることを考えると、とても不思議でたよりない気持ちになってくる。

それはわたしでなくてもよかったのかもしれないが、たまたまこうして、いま自分の本屋を持って仕事をしている。自分の店が、わたし一人だけのものでない気がするのは、途切れてしまった行き場のない思いを、心のどこかで感じているからなのかもしれない。

 

今回のおすすめ本

『本の読める場所を求めて』阿久津隆 朝日出版社

本が「読める」場所とはどのような場所なのか。そしてそれを考えることは、他人の存在をどのように考えているかということでもある。そうしたモラルを、重くならない語り口に乗せて語りきるところに、この本の真骨頂がある。


 

◯Titleからのお知らせ
6月1日(月)から、書店・カフェともに店頭での営業を行います。短縮営業です。詳細はこちらをご覧ください。

 

◯2020年7月30日(木)~ 2020年8月25日(火)Title2階ギャラリー

台風と小旅行
石山さやか「Short Trip with Typhoon」原画展

新潟県寺泊への小旅行を綴ったzine「Short Trip with Typhoon」の原画と、旅行にまつわる新作ドローイングを展示。「ささいなもの/ささいなもの「これを覚えていたい」の連続/でも旅が終われば/朝見た夢のようにさらさらと記憶はうすれて/またいつもの生活に戻ってしまう」――。旅が遠い今たどりたい空間。
 

◯朝日新聞(耕論)2020.6.18
自粛要請と自由 新型コロナ 辻山良雄さん、戸羽太さん、青井未帆さん

◯nippon.com インタビュー 2020.5.4
たたかう「ニッポンの書店」を探して
本を自分で紹介し、売ることに賭ける-東京荻窪「Title」


◯『本屋、はじめました』増補版がちくま文庫から発売、たちまち重版!!

文庫版のための一章「その後のTitle」(「五年目のTitle」「売上と利益のこと」「Titleがある街」「本屋ブーム(?)に思うこと」「ひとりのbooksellerとして」「後悔してますか?」などなど)を書きおろしました。解説は若松英輔さん。
 

 

◯辻山良雄・文/nakaban・絵『ことばの生まれる景色』ナナロク社

店主・辻山が選んだ古典名作から現代作品まで40冊の紹介文と、画家nakaban氏が本の魂をすくいとって描いた絵が同時に楽しめる新しいブックガイド。贅沢なオールカラー。

 

 ◯辻山良雄『365日のほん』河出書房新社

春、夏、秋、冬……日々に1冊の本を。書店「Title」の店主が紹介する、暮らしを彩るこれからのスタンダードな本365冊。

 

 ◯辻山良雄『本屋、はじめました―新刊書店Title開業の記録』苦楽堂 ※5刷、ロングセラー!! 単行本

「自分の店」をはじめるときに、大切なことはなんだろう?物件探し、店舗デザイン、カフェのメニュー、イベント、ウェブ、そして「棚づくり」の実際。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

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辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂)、『365日のほん』(河出書房新社)がある。

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